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初めての明晰夢3

計算ができる。
言葉を発せられる。
極めて自主的な行動ができる。
周囲の夢を操れる(自由度は低いとはいえ)。

理性的にも、
感情的にも、
尻尾少年は夢の中で現実の自分を保てていた。
『自分を保つ』、言い換えると『思考・言動が普段と遜色ない』

見覚えのない景色、辿った最後の記憶と感覚器の異常から、自分が今夢の中にいると仮説を立てられる思考力。

仮説に基づいて感動、主体的に行動し(飛ぼう・タイルの色を変えよう)、その結果を客観的に判断して評価(微妙!)までを行える行動力。

尻尾少年の思考過程とその行動は、おおよそ彼が普段の日常生活レベルで発揮するそれと一致していた。彼は夢の中で『自分を保てていた』。

ここまでは。

飛ぼうとした結果が、ヘリウムガスの抜けた風船。
劇的に床の色を変えようとした結果が、小汚い赤錆を足元に発生させるようなものになった彼は、焦った。

これは後々分かったことなのだが、明晰夢においては焦りでも怒りでも幸福でも楽しみでもなんでも、特定の感情・事象に集中してしまうことはご法度だ。
一つの事柄に集中しようとすると、たちまちに思考力の全てがそこに注ぎ込まれてしまう。
明晰夢を維持する為に必要な最低限の思考、すなわち『自らが夢を見ているという自覚すらできなくなった時、対象人物の時間感覚は曖昧になり、明晰夢はただの夢へと変わるのだ。

「本物になれ!」

赤い飴ということは、赤いギャラドスになる筈だ。
飴よ成れ、赤い怪物に。

ぶん投げたギャラドスのキャンディーが部屋の端に落ちた瞬間、青い巨躯が出現。

尻尾少年は初めて望み通りの結果が出せたことに満足し、ニチャァ……と口角を歪める。この時点で、最初投げた瞬間に想像していたギャラドスの色が赤かったことは覚えていない。

(ギャラドスが泳ぐ水がいるな)

尻尾少年が念じると、部屋の端近くが音もなくドーナツ状に凹む。凹んだ場所にいつの間にか湧いた水。ギャラドスがその中を突き進んで部屋をグルグルと回り始めた。

少年はそれを見て笑っていた。
笑っていたと思う。ここら辺からは操作性に反比例するように明晰度が落ちてきたため、よく覚えていない。

寂しかったので手を振って友人を複数人出す。

ついでにこの場所はつまらないからべつのばしょに行こう。

「もん!」

門がしゅつげんした。中は虹がぐちゃぐちゃになったような色だった。

とびこむ。

どっかに向けてマシンガンを撃つ。

ただのモブとしてどこかのだれかの結婚式に参列。

夜の教会の上でバットマンを見た。

あと覚えていないなにかがあった。


…………そして起床まで、他にもとりとめのない夢がなにかしらあったと思うがもう完全に覚えていない。単語レベルでさえ覚えていない。明晰夢の部分以外は目が覚めた瞬間数秒で脳から剥がれ落ちたのだと思う。
こうして、ビーバーの尻尾の初めての明晰夢は終わったのだった。地の文は当時を思い出しながらの脚色だが、思考と言動は実際の体験とほぼ遜色ないだろう。

あまり派手な事も面白いこともしていないので、明晰夢としてはクソつまらない部類に入ると思うが、とにかくこれが俺の初体験だ。

これ以降しばらくの間、俺は明晰夢にハマって、再度見る為に色々と試行錯誤していくことになる。

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ビーバーの尻尾
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