見出し画像

天の尾《アマノオ》 第5話   ――『草獣少女』VS『凪和人』――

4話 目次 6話

★★★

草原の只中に一つ、離れ小島のようにある天幕。
その姿を遮るものはなく、小さいながらも確かな存在感を持つ。
街の喧騒からは遠く、この場を訪れるものは稀。
少し前までは多くのものが足を通わせていた。
しかし、今は誰も来ない。誰も……――

★★★

覚醒。
無意識の海から意識が急浮上する。まだ周りは暗い。夜だ。
体感時間で1時間も経っていないのではないだろうか。なぜ起きた?

ノシッ

理由はすぐわかった。何者かが俺の上に乗っかってきたからだ。
暗さに慣れた目で相手が誰かはすぐにわかった。

「ポポラ?」

「フゥー……フゥー……」

小さな少女が息を荒げながら腹の上に跨っていた。
身じろぎしようとすると身体が足で締め付けられる。

「ごめん、ナワトお兄ちゃん……ボクもう我慢できないよ」

!?

「身体が熱くて……切ないんだ。ごめん、ごめんよナワトお兄ちゃん」

!!?

なんだ。
なんだ、これは。
なんだこの都合のいい、ガキの下卑た妄想のような展開は。
そこまで飢えていた自覚はなかった。
思わず無い手で目を擦るも、毛布越しに感じる高い体温は夢ではない。俺の唇に触れる少女の指先も幻ではなさそうだ。

ポポラが、妖しい雰囲気を纏ってそこにいる。
肌を刺す熱い視線。
両手でガッシリと俺の顔を掴む彼女に、寝る前までの弱っていた影など微塵も見えぬ。

「ナワトお兄ちゃん……」

彼女の身体が前傾姿勢を取り、互いの顔がどんどん近づいていく。

「……ッ!」

今まであえて意識から外していたが、意識せざるを得ない。
それほどの至近距離。
整った顔立ち、健康的な褐色の肌、小さく形の良い胸に、引き締まったウエスト。加えてただでさえ肌面積の多い衣服を纏うポポラは現状、露出度が普段に増して高かった。

上半身が毛皮でできた灰色のビキニのような胸当て、下半身が何かの毛皮にも見える短い布で覆われただけ。その肌の大部分は、なんの惜しげもなく晒されている。外ではこの上に身体に巻き付けるようなローブをしていたが今現在は無論着ていない。

「ポポラ、なにを」

「ごめん、だめなことだってわかってるんだ。ごめん、ごめんなさい。でも、もう限界なんだ」

俺の顔にポタポタと液体が滴る。
偶然口に入ったそれはしょっぱかった。涙。

「ポポラ……」

彼女はもう完全に俺に覆いかぶさろうとしていた。
やばい。
逃げられねえ。
雰囲気と流れが完全にアレな方向に振り切れている。

くっ、まさかこのままワンナイトラブに突入しようというのか。
くんずほぐれつの熱い一夜が幕を開けてしまうと、そういうことか。
男女の決闘、その火ぶたが切られたと。敵前逃亡は認められぬと。
そういうことなのか。くそっ、満更でもねえ。
よしよしならば俺も覚悟を決め……。

――じゃねえ! いや待て待て待てナワト待て、それは……なんというか、なんというかというかもう絶対的に明示的にまずいのでは?
ポポラは可愛い。満更でもないし是非もないし罪悪感はあるがお相手からならそれも薄れるし状況自体は悪ではなくとも、でも、だが、しかし――。

「……ッ!」

これは……。こいつは、相手から。
相手からだ。なら、しょうがないか?

しかしだ。

ここまで世話になった相手に不埒な思いを向けるなど、許されるのか?
しかもこんな優しく、健気な少女を相手に。どんな理由があろうとも。
いいのか? 凪和人《ナワト》=アズグラード。
明らかに成人の年にも達していない齢の小娘に。
覚悟があるのか? 今お前に、この場所この状況で一線を越える覚悟が?

「落ち着け、ポポラ。大丈夫だ」

わからない。
でも一つ、他にわかることはある。

「ポポラ、大丈夫だ」

なぜかという理由はわからずとも、一つ確かにわかることがある。

「辛いなら、我慢しなくていい。それ以上耐えるな。俺のことも気にするな。何があっても大丈夫だ。俺がお前の助けになる。これでもお前には感謝してるんだ」

恩人が、ポポラが、泣くほどに追いつめられているということだけはハッキリとわかる。
ならまずは、彼女の助けになることだ。その後のことはその後に考えよう。

「……優しいんだね」

ポポラは一瞬ぽかんと目を見開いていたが、ふと泣き笑いするようにそう言い、掠れた小声で続けた。

「ありがとう」

薄暗闇の中で彼女の左腕が音もなく動き、背後に隠していた短刀を抜き放つのがわかる。
疾風の速度で心臓目掛けて振り下ろされたそれを右上腕で横から弾き飛ばし、腰を跳ねさせて体勢が崩れた彼女を振り落とす。ここはまずい。外へ――。
動きの反動で身を起こし、駆ける。
その瞬間右足の膝に何かが当たった。

「いッッッ……!」

激痛。
転がる様にテントの入り口から外出て、片膝をついた状態で体勢を整える。右足も失ったかと思ったが見ると存外傷は浅かった。しかし、この状況。
最初はクソみたいな勘違いをしていたが、何が起こったのか、ここまでくれば実感までいかなくとも流石に検討はついていた。ゆっくりとテントから現れた少女に問う目的は確認のようなものだ。

「昼間に聞いたこの世界特有の戦闘欲求、闘争心。戦いに飢えているのか、ポポラ」

いいなと思ったら応援しよう!

ビーバーの尻尾
近所のドクペ(100円)を奢ってくださる方募集中(*´∀`*)