バトルショートショート ――『指弾』VS『ノスタルジア』―― 2
いつからだっただろう、死合いに臆せず臨めるようになったのは。
己の能力である『指弾』を意のままに操れるようになったのは。
最初の頃は只々痛みが不快だった。
相手を痛める感触も気持ち悪かった。
しかしそれでは生き残れないのだ。不快な想いを抱き続けていては、僕は人生を活きて行けない。
ならば、楽しむしかないと悟った。
別にそれも悪いことではないのだろう。
肉を弾き、骨を砕く愉悦も、ままならぬ現状で足掻く経験も、きっといつかは糧になり得る。自分のため、相手のため、まだ見ぬ世界のためになる。
そうやって、何事も前向きに考える方が良いに決まっている。
何事も、何事かの為になる。
「だから、何事も経験って言うのだろう? つまり、失敗も成功も喜びも悲しみも快も不快も努力も怠惰も殺人も活人も、全ての経験はいつか自分の為になるってことだろう?」
カイナは指揮するように指を振るい、キュラに問いかける。
いや、問いかけの体を成すようにして独り言をぼやく。
「今から君は五体が裂けるように爆散して死ぬわけだが、仕合相手にそんな凄惨な死に様を強制する僕の経験も、なんらかの形でいつかきっと多分恐らく役に立つ可能性が無きにしも非ずということなのだろう?」
夏の夜に見る蛍の軍勢よりもなお多く強く無情に輝く光弾の群れは、とうとうキュラの周囲360°全方面をぐるりと取り囲んだ。
数は1000を超えている。万全を期した数。
その中心で立ち止まったキュラは肩で息をしつつ、周りに鋭い視線を巡らすが鼠一匹抜ける隙間すらない。
「こうして僕が無駄に言葉を弄する間も、特に何をするでもなく棒立ちするしかないのなら、本当に終わり……」
だが、それでは相手の能力が何だったのか、疑問が残る。
終始、カイナが相手を一方的に指弾で追い回して体力を削り、削り、削り切って勝利を収めただけでは……流石に歯ごたえが無い。
「違うなら、そろそろ能力を」
一応、指弾を増やす時間を稼ぐため、積極的に追い詰めはしなかったとは言え、ほぼ休みなしでカイナの『指弾』を避け続けたことから……身体強化の類と推測はできるか?
「使ったらどうかね」
カイナが己の両手を閉じた。
一拍を置いて光弾の壁がその中心目掛けて崩れ落ちる。
相手の反応は───ない。
「……ん?」
光に飲み込まれる最後の瞬間まで、棒立ちだった相手の姿だけが脳裏に残る。
「まさか、死んだのか」
無数の光弾が地面を抉り砕く打撃音を聞き、もうもうと立ち上る土煙を見ながら、カイナは思わず呟いていた。
もはや相手はミンチよりも酷い有様になっているに違いない。
終わりだ。
もう、終わってしまった。
今回はあまり学びが多いとは言えない仕合結果となってしまったか。
「……ははっ、なんてつまらない……いやしかし、これもまた経験。学びが乏しい仕合という経験」
「弱い相手に苦戦せず勝利し、もしくは自身の強さを認識したという経験」
「ああ、こんな事もあるのなら、次余裕がある時は戦闘能力を奪ったら、しばらく『指弾』の的にでもするか。生きた的ってのも得難い経験だ」
少女はぼんやりと正面を見つめながらぶつぶつと独り言を零す。
「今回みたいなB-M系だとありがたいな。耐久があるし、裏をかかれにくい……!?」
突如、退屈げに前を向いていたカイナの眉が驚愕と共に歪められた。
視線の先、土煙の中にゆらりと映る影がゆっくりと姿を露にする。
両手にナイフ。五体満足で、しっかりとした足取り。
「まったく、好き勝手言うじゃねえか……!」
怒りで引き攣った表情に、堂々とした態度。
「お望み通り」
右手のナイフを、真っ直ぐカイナへと突き付けた。
「使ってやる。そしてお前をぶち殺すッ!!」
その真上から連続した光弾が怒涛の如く叩きつけられる。再度舞い散る砂埃、再度光弾の輝きに包まれるキュラの姿。
「驚いたよ。どうやって避けたのか。考えられる方法は幾つかあるが……」
とどめの一撃に使った『指弾』は全体の半分、残りは不測の事態に備えて上空の天井を旋回させていた。今叩きつけた分はその更に半分。
そして残りは未だ天井で回っていた。その数現在約500。
「君はわかりやすく、『移送』系統という理解で正しいか?」
「……」
キュラはいつの間にか、瓦礫と化した床の向こうにいた。
苛立たし気に両手でナイフを回し、チラチラと天井の光弾の群れに視線をやる。
「しかし、わからないな。なぜ……?」
最初から、そうしなかったのか?
自他の移動を可能とする『移送』系統なら、最初から指弾を避ける事は容易なはずだ。それなのに、完全に追い詰められるまで能力使用しなかった。
「うるせえ……」
「今だってそうだ。なぜ僕の真後ろに転移しない?」
「お前は正面から倒すって決めたからだ」
「嘘だな。だからこそ不可解だ」
今だって不意を突くチャンスだろう?
不意打ちは『移送』系統の真骨頂だ。死角に転移してからナイフを振るわれれば致命傷を避けることは難しい。それを一番最初に行わない理由はないし、今行わない理由もない。つまり、”出来ない”もしくは”やりたくない”。
「ヒントは君の行動か? 確か、最初君は───」
「もう黙れ」
後ろから声。
驚きよりも危機感が先行した。
反射的に背後を向く、よりも早く投げられたナイフが肩を掠める。
「ぐッ……!?」
『指弾』を指先から放つが、その先に……相手がいない。
どこにも、見当たらない。
代わりに、後ろから、足音がする。
再度振り向くが誰もいない───否!
危機感から前方へ身を投げ出した瞬間。
背後から、切りつけられた。
(ッッ……! 辛うじて芯は逸らせたが───)
赤い飛沫が宙を舞う。
咄嗟に身体を捩った結果傷は軽微。
視界の端に映った相手の姿、それを目掛けて両手から『指弾』を放つ。
しかし……。
(これは、)
───姿の消失。
光弾が無為に空間を通り過ぎ。
───そして左前方に再出現。
一瞬で距離を詰められ、逆手に振り降ろされるナイフ。
「ッ!」
その致命的な軌道を避けるには、カイナの体勢は崩れ過ぎていた。
(まずいッ……!!)
とっさに左手を目の前にかざす。
強引な斬撃を受け止め……代わりに左手の指数本と掌を貫通する刺し傷を負う。
苦痛に顔を歪めつつ、カイナは構わずそのまま左手を貫く刃物を握った。
既に勝機は唯一ここにしか無く。
右手でもキュラに掴みかかり、動きを拘束しようとするが……。
(ああ、)
両手が虚しく虚空を掻く。
(まあ、そうだろうね)
直後、天井からカイナが下していた無数の光弾が降り注いだ。
彼女自身すら巻き込んで、落ちる流星の如き輝きが半径20m程の周囲一帯を万遍なく瓦礫野原に変えていく。
広範囲の一斉破壊に成功……しかし、
破壊した範囲、その外側に佇むキュラの姿。
(……詰み)
衝撃で吹き飛ばされ、仰向けに転がったまま、横目で遠くの相手を見つつ自身の死を悟る。
上空のストックは使い切った。
左手からの出血も酷い。指は2本千切れ飛んでいた。
加えて───下半身の感覚が無い。
身を起して視線をやれば、歪な方向に折れ曲がった両足が見える。
直撃は避けたとはいえ、自爆覚悟で降らせた攻撃だ。死ななかっただけましとはいえ、相手が今にも自分の真横に現れて止めを刺すことを思うとあまり喜べない。
敗因は、序盤まだ余裕があった時に勝負を決めなかったこと……相手が『移送』系統と勘づいた時点ですぐに『指弾』を降らせなかったことだろうか。
思考のために行動が停滞する悪い癖だ。そうでなければ幾らかのやり様はあったただろうに。
(でも……)
もう、自分はいつ死んでもおかしくない。
「それでもまだ……」
インターバルは既に過ぎていた。
カイナが伸ばした右手から5つの指弾が放たれる。
時速40㎞の光弾が、直線で相手に向かっていった。
相手は難なくそれを避けて、自分の元へ来て勝利を収めるのだろう。
「それでもまだ、僕を殺しに来ないのなら、」
キュラの姿が消失。ぐるりと見回すと、破壊された範囲の反対側に再出現していた。指弾を操って方向を修正。
「僕を殺しに、来れないのなら、」
インターバルが過ぎた。指弾を両手合わせて8個放つ。
13の指弾を操って自身を中心とした巨大な円周上に配置、破壊範囲の内側へ侵入しようとする相手を牽制する。
「理解したぞ、君の能力……!」
キュラは無言で能力を発動、転移した。
カイナから見て死角方向に現れた彼女───の目の前に、計っていたように迫る光弾。
「ッ!?」
咄嗟に身を屈めることによって、これを回避。
そのまま転移した直後、7つの連なった光弾が虚空を撫でる。
「仕合開始直後、君は円を描くように歩き回っていた」
カイナは自分の正面、右方向に現れた彼女に向って語り掛けながら、『指弾』を放つ。
「その後、僕の攻撃開始からは延々と『指弾』に追い回されて防戦一方」
29の光弾は、カイナを中心として回る衛星の様に再配置される。
キュラを牽制し、妨害し、隙あらば急所へ叩き込まれる破壊の意思だ。
「……そんな風に見せかけて、転移可能な範囲を増やしていたんだろう?」
───Foot-Transition『郷愁移動』───
足跡を残した場所に転移可能。インターバル1秒。
「背後からの攻撃時、若干のタイムラグがあったのは転移に条件があるからだ。恐らく、自身が歩行したことがある場所限定。そして僕が壊したタイルの上に転移して来ないなら、君の転移可能範囲は一定の破壊、衝撃、もしくは他能力の接触で上書できると見た」
「───関係、ねえな」
キュラは苛立ちと共に断言する。
「私の能力がわかったところで、何だってんだ」
彼女の姿が消失し、カイナを挟んだ対角線に現れる。
「お前がいくら牽制しようと」
光弾が迫る。
再び転移。
「私は徐々に近づけている。そしてお前は動けない」
最低限のインターバルで能力を発動、一秒ごとに転移して距離を詰める。
「テメェを殺すのは時間の問題だ」
「時間は僕の味方だよ、そして範囲が狭まるほど『指弾』の密度は上がっていく。ほら」
新たな『指弾』が放たれ、現在の数は45。
その半分でも重ねて叩き込まれれば、即死させるには十分な数だ。
「お互いの能力も分かったことだし、ここからは真っ向勝負といこうじゃないか」
「……ッ!」
一秒ごとに変化する景色を駆け抜けることは決して容易ではない。
一秒ごとに瞬間移動する相手を捕らえることも同じく困難極まる。
刹那、両者の表情が対照的に変化。
「───結局、いい学びになりそうだ」
「───クソがッッ!!」
片や楽し気に、
片や憤怒の表情で、
少女達の殺意と能力が目まぐるしく交差し───
───数分後、決着。
胸に深々と刺さったナイフを手で押さえつつ、
肉塊を前に笑う少女……カイナの勝利。