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バトルショートショート      ――『急襲主義』VS『アトラスガール』――

 目次 次

下は地平線まで広がる白いタイル張りの床。
上は異様なまでに高く広い、同様に白色の天井。

おおよそ10mの距離にて対峙するのは白い貫頭衣を着た2人の少女。

片方の名前は「レツ」、片方の名前は「ハン」という。
レツは手に木刀を、対するハンはを所持している。

2人の容姿は持ち物以外、まさに瓜二つ。
レツは手にした木刀を静かに構える。
ハンは……頭上に掲げていた身の丈すら越える巨大な黒い大岩を、小石でも放るように降ろす。

――ズゥンッッッ……

地面を伝わる鈍い振動とバキバキにひび割れた床がその岩が発泡スチロール製ではないことを示す。
細身の少女が今の今まで持ち上げていたと信じるには、明らかに不釣り合いな重量。しかしよく見ると、少女の足元の床も僅かに凹み、割れていた。

(……『変異』系統の、肉体強化系か)

レツは木刀を正眼に構えたまま、ゴクリと唾を飲み込む。

『変異』系統の一種、肉体強化系。文字通り肉体を変異させ、強化する能力系統の総称だ。
ただ、その種類は非常に多岐にわたり、全ての能力を一概にまとめることはできない。唯一の共通点を挙げるとすればそれは、

(攻撃の手段は物理的接触に限る)

精神干渉や法則改変による初見殺しが無い上、比較的戦闘の間合いが予測しやすく、他系統に比べて穿った性能を持たない。色々な意味で単純な能力の系統だ。
しかし、それはシンプルに強いという意味でもある。明確な弱点を持たず、タフネスでは他の追随を許さない。つまり――

「己が、負ける相手ではない」

不気味な笑みで口角を僅かに上げ、レツは走り出した。

★★★

一方、みるみる内に距離を食いつぶすレツの健脚を見て、その迷いのない姿勢にハンの目が僅かに見開かれる。

(クロちゃん(大岩の名称)を持ち上げていたあたしが肉体強化系――近距離戦闘型の能力者であることは明らか……それなのに前に出るということ……その意味……ッ)

通常、肉体強化系の相手には距離を取るのが鉄則。
にもかかわらず、相手が迷いなく近距離に突っ込んでくるなら考えられるパターンは2つ。

・相手も肉体強化系である。
・肉体強化系ではないが攻撃手段が近距離に限られる。

(系統を絞る。消去法で考えて『創造』はない。『放出』もない。『操作』もない。『例外』は考える意味がない。残りは『移送』『法則』『変異』『作用』だが……『移送』にしては持っている武器に殺傷性がない。『法則』が真正面から肉体強化系に当たるには分が悪い、あたしの情報が出きってないこのタイミングで来るのは不自然。『変異』なら同じ肉体強化系が考えられるけど……ここでも武器の問題ね。並みの肉体強化系なら木刀よりも殴った方が威力がある。ということは一番可能性が高いのは……)

殺し合いに際し緊張で研ぎ澄まされたハンの脳内で、相手の能力を看破するための思考が閃光のように瞬いた。

ハンは横の大岩のてっぺんに手を置き、そのままゆっくりと手を握る。
発動されたのは至極単純な、それでいて強力な、自身の能力。


――Hand-Mutation『アーム・ブースター』――
自身の『腕力』を強化する。強化の度合いは能力の練度に比例する。


――バキッ

「『作用』、か。しかも近づいてくるということは近距離で発動するタイプ。恐らくトリガーは物理接触。仮に能力が精神干渉系なら、接触即敗北の可能性も大。うわぁ、相性最悪なんですけど……」

――バキンッ! バキガキゴキバキバキゴリゴリゴリゴリゴリ……

手の中で砕いた岩の破片を更に細かく磨り潰しながら、真っ直ぐに突っ込んでくる相手を見やる。相手は此方がなにをしようとしているのか理解したのだろう。斜め後ろにかわそうとするが、構わず投げる。

「本来なら、ねッ!」

肉体強化にも種類があり、筋力の増強が単純な速度の上昇に繋がらない者もいるが、ハンはそうではない。
相対するレツの視界で相手の右手が超速で振りぬかれ、次の瞬間、ハンが素手で握り潰した細かい岩の破片が散弾のようにレツを襲った。

「――くっ!!」

何かがへし折れる鈍く乾いた音と共にレツが僅かに後方に吹き飛ばされる。
それを確認するハンは、既に次弾を左手に握って振りかぶっていた。
ボソリとした呟きと上がる口角。

「あはは! クロちゃん持ってきて良かったわほんと。これなら……」

――触れられる前に、倒せる。

『作用』系統の能力には、発動したら最後、他者に直接的かつ致命的な影響を及ぼすものが存在する。仮に『触れた生物を即死させる』能力だった場合、肉体強化系特有のタフネスなどなんの意味もない。たとえそこまで直接的な作用ではなくとも、『相手を強制的に眠らせる』能力や『自分を相手に認識させなくする』能力だった場合、その後に無防備な自分を殺すのは赤子の手をひねるよりも簡単だろう。

「ホラァッ!」

振りぬかれる剛腕と舞い散る礫。
相手の肌に食い込み赤い飛沫を散らす。

実際のところ、風のうわさで聞く無敗の能力者達が保有する能力はその幾つかが『作用』系統だったはずだ。彼女らの無双に対する貢献に、ハン達肉体強化系能力者達の屍の山があったことは想像に難くない。

(――だからこそ! 仕合を重ねた能力者ほど対策をするッ!!)

慣れた動作で交互に大岩を握り砕いては間髪入れずに相手にぶん投げ続ける。
ハン付近一帯のタイルが、投擲の余波で機関銃の掃射でも受けたかのような有様に成り果てた。

クロちゃん(ハン命名)は、ハンが遠距離用の攻撃手段兼トレーニング用のダンベルとして日頃から持ち歩いている元3m四方の黒い立方体(大理石)だ。
度重なる戦闘でその体積をだいぶ減らして角も取れて現状では歪で巨大な卵のような外見を要しているが、今のように破片に砕いて敵に投げてもよし、砕かず本体を相手に投げつけてもよし、『放出』系への即席の盾としてもよしと戦闘において大いに役立ってきた。

「……はぁ、はぁ、」

砕いた岩の砂塵――というより投擲した岩の破片で粉々に砕かれたタイルの砂塵で隠れた相手の影を見据え、次弾を握りつつ一息を入れるハン。

対する相手は、無茶苦茶に破壊された床の中心で、片膝をついて額から血を流していた。木刀は半ばから折れ、貫頭衣はボロボロで、全身の至る所には大理石の破片が刺さっている。しかしその鋭い眼光からは、依然として戦意を湛えていることがありありとわかり、ハンもそれに応えるように目を合わ――――違和感を感じていた。


【続く】

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