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無常命脈の誓い

「なぜって、仕事です。
まあ、そう言ってしまうと味気ないですかね。

貴方が聞きたいのも、そう言った意味ではないでしょう。
しかし、今は悠長に話している場合ではないのでは? 貴方、早く手当しないと死にますよ。ほら、もっと他にも考えることあるでしょう。

……仕方ない。では少しだけ。

まあ、発端が帝国の王位継承を巡る争いというのは貴方も察しがついてるでしょうが……うん?
ああ、帝都から飛ばされるだけだと思っていたのですか。流石にそれは考えが甘い。

でも、もしかしたら家臣の方は王国への亡命も考えて、この立地を選ばれたのかもしれませんね。結局裏目でしたが、隠し通路も王都方面の街道近くに……失礼、話が逸れました。

端的に。
帝国貴族から王国の暗殺者ギルドに依頼がありました。破格の値段です。それを勝ち取ったのが、僕。それだけの話です。

さあ、もういいでしょう姫様。
どうやらどうあっても、御姉妹の居場所は教えて貰えない様子。屋敷内にいることは分かっている以上、時間を掛けて探せば見つかるのですが……割り切れませんか?

今教えて頂ければ、お二人とも楽に逝かせて差し上げるのですが」

言外に、教えなければ妹も惨死すると、そう目で語り掛けてくる男の手から私の最後の爪が落ちた。
静かな口調に見合わぬ苛烈な拷問。相手はプロだ。やると言ったらやるだろう。
震える喉元に刃物の冷たさが添えられる。

「妹さんは?」

驚く程、優しい声。
いよいよ私を殺すのだ。

「……ッ」

逃がしてあげたい一心だった。
しかし、本当にこれでいいのか。

「い、妹は……」

逃げた先、より辛い未来が待ってるだけかもしれないのに。

「私の妹は──」

尽きたと思った涙が止まらない。
例え生きても地獄なら、共に死ぬ方が情とすら思う。

『──アウリア=フォン=フレスティアは、今後その生涯を貴方へと捧げる事を誓う!』

それでも、私はあの子に生きてほしい。

傾く視界の中、
金色の祝福が目前にいる男に殺到した。


★★★


オクトはマールム王国の暗殺者ギルド所属の暗殺者である。
暗殺者、暗殺を生業とする者。
普段は暗殺……つまり相手を不意打ちで殺すことが主だ。
正面切っての戦闘や、姿を現しての交渉は専門外。経験が無いわけではないが、それだけだ。確実性には欠けるだろう。

「……っ」

ゆえに、標的が自分の提案を却下する可能性については事前に十分考えていた。考えていた、つもりだった。
見方が甘かったと、自己評価を下す。

『──アウリア=フォン=フレスティアは、今後その生涯を貴方へと捧げる事を誓う!』


言葉半ばで既に首は刎ねていた。
落ちる生首が言葉を紡げる筈もなし。
しかし、不思議とその祝詞は空間に響き──。

成った。

直感した瞬間、オクトは反射的に窓枠をぶち破り、屋外へ脱出していた。
2階の高さから着地し、そのまま疾風の如く闇夜を駆ける。屋敷を囲む森を奥へ奥へと、音を立てることも構わず全力で走り続けた。
纏わりつく金色の燐光を払いのけるが、恐らく意味は無い。

(しくじった。発動させてしまった。知らない魔術を……!)

状況から考えて自爆も厭わぬ範囲攻撃と判断し、逃亡。
だが奇妙なことに背後からはなんの破壊の気配も感じなかった。今自分の周囲に漂う燐光からもだ。
とすると、オクト個人を対象にした術か。

走りながら首に下げていた高級霊薬の小瓶(金貨1000枚は下らない)を取り出し、中身を口に含む。
凝縮され液状になった凍気の如き、濃密な舌触り。
これで仮にオクトが生き残っても今回の依頼における赤字が確定したが、同時に今この瞬間、肉体を致命的損傷が襲っても生き延びる可能性は上がった。

ふと、気が付く。
周りの燐光が消えていた。

ゴクリ

口内の霊薬を少量飲み込み、その場に静止する。
目を瞑って体内へと意識を集中させ、荒い息を務めて無視しながら真っ暗な森の中、瞑想の境地へ。
自らを害する魔術的変化を特定しにかかる。

『流れ』だ。

流れの異常を見るのだ。
内上外下、広くから狭くを、観る
全身を巡る血の流れ、頭の天辺から足の爪先。
肺に取り込む呼吸の流れ、大きく吸い、深く吐き、その後息の乱れは納まるか。空気が正常に身体に取り込まれるか。
身体を巡る神経・魔力の流れ、眼球運動。右、左、上、下、斜め上、斜め下、一回転、瞼を開け、閉め、開ける。視界に異常は無し、閉じる。耳を澄ませ、匂いを嗅ぐ。木々のざわめき、草の匂い。踏みしめる地面に体表と接触する大気の感覚。周囲の空間は把握できるか? 空間内の情報を数値化できるか? 
身体機能を巡る詳細な流れ。各部位の残存体力を把握しているか? 確認動作は正常に行われるか? 経過時間は? 現在位置は? 現在の任務は? 思考の深度は? 

暫しの時が過ぎ……。

「っ、これは!」

カッ! と目を見開く。
オクトは焦る。動揺を隠し切れない。
予測された中でも、最悪の部類だ。自身で把握できる範囲内で、としか言えないが、現状彼のステータスはなんと……。

────万事異常無し

問題無し。
平時に比べ、心身共に一切の乱れ無し。

むしろ全力疾走の負荷と精神的動揺の負荷が掛かっているにしては、驚くほど安定している。肉体は健全、思考も明瞭。

つまり、かなりヤバい事態だった。
自覚した途端、滝のような汗が背中を伝う。

(魔術は、成った。確実に)

相手が絶命の間際に敵に放った魔術が、成立したにも関わらず何の効果も齎さない────訳が無い。

万一そうならば諸手を上げて小躍りするが、あまりにも楽観的に過ぎる憶測だ。まず、有り得ないと考える。

なればオクトが認識できない効果が、意識外で働いているに違いなく。
それを一切感知することができないとは、姿の見えない暗殺者を相手に無防備に喉を晒しているに等しい。

ゴクリ

再び霊薬を少量飲み下す。
定期的な摂取で、不可視の刃が止まっていることを祈って。

「……魔術の解析をするしかない。時間が欲しい。いや、時間は無い。それまで薬が持つかわからない。情報だ。せめて、手がかりがあれば……術の痕跡、魔術士の亡骸? 確証なし……だが、それしか」

ない。
オクトは決断した。
術士の死亡現場に戻ってなにか術の効能、その手掛かりとなるものが無いか調べるのだ。それまでに死ぬ可能性もある……非常に高い。
しかし、芽が薄くとも生き延びることは諦められない。

くるり、と振り返って来た道を戻る────オクトの視界に、明らかな異常が映ったのはその瞬間だった。


【続く】

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