バトルショートショート ――『苦痛の歓声』VS『蒼海の果実』――
下は地平線まで広がる白いタイル張りの床。
上は異様なまでに高く広い、同様に白色の天井。
おおよそ10mの距離にて対峙するのは白い貫頭衣を着た2人の少女。
片方の名前は「ルクス」、片方の名前は「レノム」という。
ルクスとレノム。
両者がこの空間に召喚され、互いが互いの存在を認識した瞬間、2つの思考が同時的に成された。それすなわち。
───似ている。
そしてもう一つ。
───全く違う。
外見で似ているのは、容姿、恰好、表情。
長髪、白の貫頭衣、殺意を湛えた顔色……しかしそれは『彼女達』なら大なり小なり共通すること。
対して異なるのは、態度と表情。
目を輝かせ、心機充溢といった様子のルクス。
対し、レノムは最初一瞬だけ目を見開いたかと思うと軽く顔をしかめ、そして気だるげに首を振った。
「めっっっずらしいなオイ!? オイオイオイッ!! お仲間、だよな? 同類、ご同類だよな!? 初めましてだぜご同類! お初にお目にかかりますご同類!」
興奮した口調で語り掛けるルクス。
「ごめんなさい、でも貴方と一緒にしないでもらいたいのだけど……」
心底面倒くさそうに答えるレノム。
「そう言うなって! いやー噂には聞いていたけどマジでいたんだなぁ俺以外にも『この系統』が! 全っ然見たこと無かったからよー。いい加減都市伝説かなんかかと思い始めたところだったんだぜえ!?」
「……あの、」
「みなまで言うなわかってるッッッ! ああっ!!」
ドバァ、とルクスの両目から涙が溢れ出す。
「悲しいんだろォォォ!!? 俺も悲しいッッッ!!! 俺たちはせっかく巡り合えたのにッ、それでも戦いは避けられないッッ!! 戦い死合うことこそ我らが使命! 避けえぬ因縁! 抗えぬ運命!」
「いや、」
「しかし、俺はッ、だからこそッッ!!」
破顔したまま、号泣しながら、彼女は拳をギチリと握り。
「全力でお前とぶつかり合いたいッ! 肉と肉、骨と骨、命と命の潰し合いでッ! 濃くッ! 深くッ! お前を知りたいッ! お前を喰らいたいッ! 俺の血肉としたいッ! 殺し殺されそして生くッ! それがきっとこの世界の至上命題!! わかるか! わかるだろう!? そう、わかるッ! お前も同じ気持ちだとッ!! ゆえにッッッ!!」」
獰猛な笑みを浮かべ殺意を滾らせ。
「これ以上の言葉は不要、いざ尋常にッ、勝負!!!」
身に宿す爆発的な感情を地面に叩きつけ、駆ける。
哀しみながら、喜びながら、満面の笑顔を晒しながら。
「人の話を微塵も聞かないタイプ……まったく、嫌になるわ」
一気に詰められた距離と共に、唸る右拳が放たれる。
それをレノムが冷静に捌く、直前。
───世界に顕現するは、新たな法則。
バキィ、だったか。
ベキィ、だったかもしれない。
兎にも角にも人体から鳴るには余りにも痛々しい音が響き渡っていた。
発生源はレノムの右手首、その関節。
ルクスの攻撃を右手で受け止めたその瞬間、異音と共に圧し折れた箇所からだった。
「ギッ……!?」
悲鳴を何とか抑え、続けざまに放たれる左拳を大きく身体をのけぞらせて回避。そのまま蹴撃を相手の鳩尾にぶち込み、反動によって垂直に回転しつつ距離を取った。
「ぐぼっ……!」
ルクスが唸る。
(ッ!? 今の感触は……!?)
右手を庇いつつ相手を見る。
追い打ちを警戒するレノムの目の前で───ルクスが血反吐を吐きながら膝から崩れ落ちた。
「……は?」
「ぐぼォ……げぼォ……ガハッ……ッッ……! ぃ~い蹴り、じゃねぇかァ……効いた……ッ。効いたァッ……! 効いたッッ……!! ぜぇぇぇ!!」
明らかに致命的な量の血塊を吐き出すルクス。
バシャバシャと地面に血を撒き散らし、白の貫頭衣を真っ赤に染めながら立ち上がる。
「なっ……!」
爛々と目を輝かせる彼女の鳩尾は、くっきりと、足形に陥没していた。
「やっぱこいつは、ゴハッ、最高に、効くゥ……! お前の一撃が、文字通り、ガフッ、心の臓まで伝わってくるッ……!」
「……よくわからないけど、そのまま死ぬのかしら」
「まさかッ!」
ズボッ、とルクスが右手を自分の胸奥に刺し込む。
そして押し潰された肋骨をまとめて鷲掴みにし、一呼吸で引きずり出した。
「い、いィイイイッテエェエエエエエエ!」
胸元から噴水のような血潮が迸る。
大胆に解放されたルクスの胸元からは、彼女の白いあばらさえ見えた。
どう見ても即死の致命傷。そうでなくても失血死は免れない血液量。
「フゥ、フゥ、ハハァ、痛ってえ……! だが、死ぬわけは無え……ッ」
「……なるほど、大体わかってきたわ。理解に苦しむ法則ではあるけれど」
噴き出す血液が急速に勢いを失っていく。
胸が裂けたと言って過言でない傷口がみるみるうちに塞がっていく。
「心臓握り潰されたって、足りないぜ」
びしゃり、と胸元の血を拭うと、その下に覗くのは少女の健康的な肌だ。
血にまみれてわかりにくいが、恐らく傷跡は既に微塵も残っていないのだろうと推測できた。
「私自身も、この有様だしね」
レノムはいつの間にか、完全に治っていた己の右手を見て呟く。
くいくい、と動かしてみるが、違和感さえ残っていなかった。
「最ッッッ高にッ! 刺激的だろうッ!?」
血だらけの少女が踏み込み、戦いは再開された。
激痛と興奮で視界がまぶしく、
脳内麻薬が荒れ狂う濁流の如く溢れ返っている。
人体が本来許容できる刺激を大きく上回る一撃に、ルクスは苦痛と快楽で破裂しそうになる身体を動かしながら思いを馳せる。
全てを鮮明に感じる解放感、喜怒哀楽を駆け巡る疾走感。
激しければ激しいほどに、熾烈であるほどに、苛烈であるほどに。
(生きているッ! 俺たちは、生きているッッ!!)
曖昧になる時間感覚の中、実感できる。共感できる。
生と死の感覚を、共有できる。
それでもより貪欲に、なお強欲に、刺激を求め、求め続けた。
刺激が好きだった。
好意は心地よく、敵意は楽しくて。
『足りない』
自他の命は大切で、自分達の使命はより大切で。
『足りない』
だから鮮烈に感じたい、細胞の隅の隅まで全身で感じたい。
───故に。
語り合うだけでは。
『足りない』
殴り合うだけでは。
『まだ足りない』
殺し合うことさえも。
『全然足りないッ!』
───Stimulate-Rule『苦十快百』───
与えるダメージを本来の十倍、ダメージ回復量を百倍にする法則を具現化する。
「そして俺は今でさえもッ! まだまだッ全然ッッ! 満足できねえッ! この程度ではッッッ!!」
ダメージが十倍、回復量はその更に十倍。
齎されるは一撃一撃が凄惨なまでの打撃の応酬と、その中でも生き続ける驚異的な生命力。
ルクスの蹴撃がレノムの脇腹をゴッソリ吹き飛ばした。
爆発したように飛び散る肉片を尻目にそのまま殴り掛かり、カウンターで下顎を豪快に抉り飛ばされた。
衝撃で断続的に飛ぶ意識と記憶。
ずっと昔から殺し合っていたかのような錯覚。
このまま能力を解除したら両者共すぐさま死ぬだろう大怪我で、しかし二人は意に介さず殺し合う。殺し合える。しかし、それでも、両者の間には徐々にハッキリと、戦闘能力の差が露になっていった。
「ゴフッ……! アンタ、あたま、おかしい、んじゃないのッ!」
「ギャハハハ! 良ィぜェエッ!! お前、ガハッ、最高だッッ!!」
『苦十快百』の作用は両者に区別なく。
ただ、ルクスにはこの法則を生み、そこで半生を過ごした経験があった。
内臓が零れても笑いながら殴り掛かり、手足の骨折程度ならもはや気にも留めない。身体の欠損によって動きが止まることは無く、むしろ傷を負えば負う程に動き自体は精錬され、気迫も増していく。結果、この空間における徒手格闘において、ルクスはレノムの一枚上を行く。
「オラァ!」
「ぐっ!? しまっ───」
頭蓋を陥没させる裏拳がレノムに突き刺さり、彼女は脳漿を散らしながら勢いよくカッ飛ばされる。
「ハハァ、脳への一撃はキツイよなあ。傷は回復しても、衝撃はなかなか抜け無えからなァ!」
痙攣しながら手を地面について立ち上がったレノムは、数歩歩いてすぐさま崩れ落ちる。
無防備なのは、明らかだ。
ルクスの口角が吊り上がった。
【続く】