#3 メトリックモジュレーションの話
前回に引き続き需要の無さそうな内容です。
市販の教則本や雑誌にさっぱり書かれておらず、周りのドラマーからも釈然としない回答しか得られず、苦心しながら色々調べ漁っていた過去の自分に贈ります。
いわば時を超えたアンサー。
簡単に説明すると、メトリックモジュレーションとはリズム遊びです。
あるリズムを違う角度から解釈することで、異なるタイム感を両立させます。
したがって何か具体的な理論があるわけではありませんが、ある程度のパターンが存在し、それらを把握することでフレージングの幅を広げる事ができます。
並一通りの奏法、引き出し、曲調に対応したテンプレートを身に付けた末、なお探究心を持て余したドラマーの為の終着地です。
では具体例を見ていきましょう。
3種類に分類しました。
①曲中で使いやすいタイプ
前回の記事で取り上げたChris Turnerが所属するバンドOceans Ate Alaskaから一曲抜粋します。
まずBPM140の4/4拍子からスタートし、00:14~でバウンスフィーリング(ハネる、3連系、スウィングなどと形容)に変化します。
ここからのドラムパターンを譜面に起こすと以下のようになります。
(10~21小節目について)
音源を聞く限り、全体のリズムは4/4拍子ですが、
ドラム譜は3/4拍子と記譜されているところがポイントです。
公式プレイスルー動画と譜面を見比べれば分かる通り、1・2・3拍目を強調するかのように下手側のクラッシュシンバルが打たれています。
これは4/4拍子の解釈では通常生まれない刻みパターンであるため、3/4と判断されます。
ここにメトリックモジュレーションが作用しています。つまり4/4→6/8×2→3/4と見方を変えてフレージングしていることが分かります。
…ややこしいかもしれません😕
10~11小節目を3/4と4/4の2パターンで表記してみます。
丸で囲んだ数字→ドラマーの脳内(3/4で解釈している)
通常の数字→他の奏者の脳内(4/4で解釈している)
いかがでしょうか?一瞬目を疑いますが、どちらも全く同じフレーズです。
シンバルは3/4であろうとキックのリズムはギターリフと合致しているし、スネアは4/4で解釈した時の3拍目にきちんと着地しています。したがって他の楽器隊は演奏に違和感を覚えることはありません。
異なるタイム感の両立とはこのことです。
また、3/4にすることによってBPMも140から210(×1.5)に変化しています。
しかしこれも解釈の違いに起因するもので、耳で聴く分には全く同じものとなります。
ちなみに、メトリックを使わず自然にフレーズを作ると以下のようになります。
1・2・3・4拍にシンバルを配置する至って基本的な形になりました。
これを元に、あえて複雑にしていることがわかります。
(22~25小節目について)
更にリズム遊びは続きます。
22小節目からスネアの位置が4分裏に変化し、3/4×4を4/4×3へと変換しています。ここで注意したいのは、これは元と違うフィーリングの4/4である点です。
元の4/4は大きいノリ(ハーフタイムなどとも言う)ですがこれは4分裏なので4ビート的に捉えるべきでしょう。
実はこのリズムパターンが次のセクションへの伏線となっています。
次のセクション(00:31~)はBPM140から210に正式に変わります。
つまり先ほどまでは単なるドラマーの脳内解釈に過ぎなかった4/4(BPM140)から3/4(BPM210)へのメトリックが、ついに現実のものとなって曲を支配しています。
また、伏線であると前述したパターン(スネアの位置)で進行していきます。
この曲は以上となります。
ドラマーが作曲に深く携わっているようなのでこの複雑さにも納得がいきますが、それにしてもこの構成で承諾する他のメンバーの気が知れません。相当リズムに造詣が深いものと思われます。
次は比較的易しめのメトリックです。
この曲は終始7/8拍子(3+4)で進行しますが、
まず2:03~からシンバルが表2分音符のみに変化する事で聴覚的なトリックが生まれています。
以下のように記譜できます。
通常パターン
2:03~からのパターン
シンバル(チャイナ)の位置が違うだけで、7/8ではなく4/4等の偶数拍子と錯覚する感覚があると思います。
なお、4小節分表記されていますが、これは2:03~からのシンバルパターンが4小節で1ループ(小節頭に帰ってくる)の周期になっているからです。
このように、
メトリックモジュレーションでは、2つのタイム感が揃う瞬間が各拍子(分子)の最小公倍数的に存在します。(いわゆるポリリズム)
一旦正規のルートを外れて脇道を経由し、再び帰ってくるというイメージです。
この回帰する瞬間に独特の気持ちよさ(緊張と緩和的な安心感)があり、これがメトリックの本質です。
続いて終盤4:08~のパターンです。これも同様に4小節で1ループとなります。
これは完璧に4/4に寄せに行っています。
4/4に書き換えるとよくあるパターンになります。
以上から分かる通り、7/8拍子は比較的4/4と相性が良く、耳にすることの多い変拍子です。
難易度の並びが逆になってしまいましたが、最もシンプルなメトリックモジュレーションの例としてもう一曲取り上げます。
先に述べた、
を体現しているフレーズです。
以下3:23~終までの16小節です。
4/4拍子で4のループ(4小節で一塊)の中、キックのパターンが3小節で1ループになっていることが分かります。
したがって4と3の最小公倍数は12、1小節目と12小節目が同じになっています。
本来はここで終わらせるのが美しい(と個人的に思う)のですが、
4/4の曲の体裁上16小節で締める方が自然な為、16小節目でやや強引にフィルイン化させて終わらせていますが、ポリリズムのループとしては多少はみ出る形になっています。
このようにドラムにおいては手は変えずリズムキープに徹し、キックのタイム感のみをズラすことがポピュラーです。
似た例がPeripheryやMeshuggahやVeil Of Maya、After The Burialなどの楽曲によく見られます。
②使途が限定されるタイプ
①では曲の元々のリズムが前提として存在し、その体裁を保ちつつ違うタイム感のアプローチを行ってきましたが、
②はドラムが主体となり、指定の拍数内を奔放に動き回ります。
以下の曲を例に解説します。
まず00:10~の4小節を譜面に起こすと以下のようになります。
(本来BPMは倍の240で取るべきですが小節数が増え煩雑な為半分の120に変更)
シンコペーションの効いた軽快なフレーズの中に突如現れる粘っこいクローズハットの刻み…これが②のメトリックモジュレーションです。
3連符を16分音符とみなし、16ビートを作り出しています。
よって15小節目は実質BPM90と考えることができます。
このようにテンポが落ちたように錯覚させるのもメトリックの効果の一つです。
なお、3連符を借用している以上拍数が足らなくなる(12個まで)ため、1小節のみだと最後が途切れます。
更には考えられたギミックが仕込まれており、16小節目の頭はスネア以外他楽器は休符になっています。
これは単にシンコペーションのモチーフを強調するだけではなく、前小節の偽16ビートにおける2回目のスネアも兼ねています。かしこい。
もちろんこれは他楽器にとっては大変演奏しにくい為、曲中では使い所が難しいです。(干渉されずに済むドラムソロで採用されるケースがほとんど)
特にフュージョン系のドラムでしばしば耳にします。
かの神保彰氏によるメトリックを含んだ練習風景ビデオです。
これからも分かるように、②はどちらかと言うとタイム感を養うトレーニングの側面が強いでしょう。
6連符を16分音符に見立てたり、8分音符を3連符に置き換えたりと自由にビートをいじりつつも、頭の片隅では正確にBPM130の4/4を刻んでおり、きちんと小節の節目で帰ってくる…脳を分離させる訓練です。
氏の教則DVDを一本所有していますが、その中に”753エクササイズ”というコンテンツがあり、そこでもメトリックを解説しています。
他にもルーディメンツを生かしたフィルイン集などが紹介されており為になります。
蛇足ですが、そもそも神保氏はフットクラーベに代表される神懸かりな手足独立で著名です。脳味噌が手足それぞれに計4つあるらしい。
メトリックとはまた少し違いますが、異なるタイム感を並行して手なずける必要があるという点においては似たところがあります。
③理論上は正しいが再現できるか微妙なタイプ
これはもう見たまま聞いたままですが…生演奏できるんでしょうか🙄
取り上げようと思いつつも採譜する気が起きなかった所、なんと既に解析されていました…物好きな先達に感謝します。
冒頭から続くインプロ風味のピアノとドラムイン以降のタイム感は明らかに異なるものですが、付点音符を駆使して帳尻を合わせています。
ドラムおよび21/16拍子を先に考え、後からピアノを当てはめたのか、その逆なのかは未知数です。
Tigran Hamasyanは必ずや今後の音楽史に影響を及ぼすでしょう。一押しのアーティストです。あとジャズピアニストなのにメシュガーが好きらしい。
おわりに
ここのところ和声・音楽理論を独習しており改めて気づくのですが、メトリックモジュレーションはまさに代理コードです。構成音が同じ/類似していることを起点にし、別の調性を持ち込む。
ノンダイアトニックコードでも前後の流れやメロディの付け方、そしてもちろんリズムパターン次第で不思議と整合性が取れる…
どちらにも共通するのは、音楽の成立において必要不可欠な技法ではないということ。
でもあったほうが音楽がより魅力的に感じられるし、何か尋常ならざるものに触れた気がしてワクワクしませんか?僕はそういう人間です。