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法学の旅〈6〉〜乱暴か、丁寧か。〜

年末年始のピーク時期が過ぎたというのに、東京駅は相も変わらず混み合っている。

ワイは帰省するため、東京駅のホームで、新幹線が来るのを待っている。混雑に巻き込まれたくないので、あえて帰省は年末年始の時期を避けた。にもかかわらず、指定席は満席で、自由席しか取れなかった。そのため、到着時間の30分前から最前列に並び、ただただ新幹線が来るのを、ただただ待っていた。1人での帰省なので、トイレに行こうにも喫煙所に行こうにも、身動きが取れない。これほど無駄な時間はないな、とワイは思った。

新幹線が来る10分前ぐらいになると、ワイが並んでいる列も、他の列も、長蛇の列になってきた。

すると、隣の列の方から、男の大声が聞こえてきた。酒に酔った客が騒いでいるのではなく、誰かに何かを言っているような様子だ。

「どけやオバハン! 俺らが先に並んどったんじゃい」
「変な言いがかりはやめてください。私が最初から、ずっと並んでたんです」

いかにもチンピラ風の若い男2人が、いかにもOL風の若い女性に対して、威圧的な態度で責め立てている。その女性は、おそらく前の新幹線にギリギリ乗り損なったのだろうか、ワイよりも先にホームにいて、最前列に並んでいた。何より、100メートル先にいても目立つ服装をしているチンピラ2人組を、ワイは見ていない。つまり、隣の列の1番目の客は、その女性ということになる。

「俺らが先や言うてるやろ! ええから、はよどけや」
「いやです。あなた達が先に並んでたっていう証拠でもあるんですか?」
「んなもんあるかい! こいつが、弟が腹壊したって言うから一緒にトイレ行ってる隙に、お前が順番抜かしたんやろがい」

その女性の後ろに並んでいる乗客たちは、関わり合いになりたくないかのように、目を閉じたり、スマホに目を落としたりしていた。さっきまで賑やかだったカップルやファミリーも、一世を風靡した芸能人が自殺した報道を目にした時のように、しんと静まり返っていた。

「とにかく、私が先に並んでいたので、順番はちゃんと守ってください」
「ごちゃごちゃうるさいねん! もうええわ。俺らの方が先やから、先頭に並ばしてもらうで。まだガタガタ抜かしてくるんやったら、しばき回したるからな」

そう言ってチンピラ2人組は、女性の前に堂々と並び始めた。まるで、自分たちは正当な権利を主張し、それを勝ち取ったかのような誇らしささえ感じられた。しかし、この2人がやったことは、立派な犯罪だ。

「軽犯罪法」という法律が存在する。それはその名の通り、軽微な犯罪が規定されている。例えば、公園で、つばを吐いたり、小便をしたり。他にも、今回のチンピラ2人組のように、新幹線を待っている列に、威圧的な態度を取って割り込む行為も、軽犯罪法違反となる。

ともあれ、駅のホームが平穏な状態に戻ったと同時に、もうすぐ新幹線が到着するというアナウンスが流れ、新幹線がやって来た。

新幹線の扉が開くのを待っていたら、どこから現れたのか、1人の老婆が、ワイの近くにやって来た。そして、「すみません、すみません」と言いながら、悪びれた様子もなく、扉が開いた新幹線の中に、ワイより先に入って行った。

苦虫を噛み潰したような思いを抱きつつ、同じ割り込みでも、チンピラ2人組と違い、この老婆は軽犯罪法違反にはならない。なぜなら、軽犯罪法1条13号には「威勢を示して」割り込む行為が規定されているので、この老婆のように、「威勢を示していない」割り込みは、犯罪ではない。

※軽犯罪法1条13号
「・・・威勢を示して・・・公共の乗物・・・の列に割り込み・・・」

苦虫を噛み砕いてやったワイは、早くコーヒーを飲んで、タバコを吸いたかった。久しぶりに新幹線に乗ったので、車内販売と喫煙ルームが共に廃止されていることを知らないまま、新幹線は東京駅を出発した。

(終)

【参考条文】
・軽犯罪法1条13号、同1条26号

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