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ドアの向こうに潜むのは

 ちょっと体の調子が悪かったので早めに布団に入り、ウトウトしかけたところで酔っ払いの声で目が覚めてしまった。2人か3人か4人か、はっきりわからない。互いに通じているのか、いないのか、呂律の回らない会話でいったい何を言っているのか分からないがかなりご機嫌な様子。足音もおぼつかないほどだから相当に酔っているらしい。
こんな時世にどこでそんなに飲んだのか。
 布団の中で聞こえた感じだが、もうほとんど酩酊状態ではないかと思う。回らない呂律に噛み合わない会話はお互いに言いたいことを言っているだけで、話の間がどこにあるのか分からない。会話になっていない。そして足音がとんでもなく危なっかしい。真っ直ぐの道をジグザグに、立ち止まったり、時には後退りもしているようで足取りにリズムというものが無い。誰か一人が立ち止まると他の一人か二人か判らんが同じように立ち止まる。立ち止まること以外に互いに協調を感じるものが一切ない。
 これだけ酔っぱらっていてもちゃんと自分の家に帰る。私も泥酔した際にはやっぱり最後はちゃんと家に帰ることができていた。どうやって家に帰ったかは記憶にないが、犬や猫や鳩、家畜と同じように帰巣本能みたいなものが働くらしい。
やがてドンドンとドアを叩く音。「開けろーっ!!」と玄関先で怒鳴り声。カチャと鍵が開けられる音と同時に男たちの声はぱったりと止み、バタンとドアが閉められる音。それまで晴れやかに発せられていた叫喚はハタと止んでしまった。七股池からはウシガエルの声。
この一瞬で訪れた静寂は果たして安堵の静寂なのか、緊張の静寂なのか。
ドアの向こうに潜んでいたのは・・・
深い闇の中、足音だけがひたひたと遠ざかっていく。
きっとこの人たちは明日の朝、ひどい頭痛で目を覚ますことだろう。どうやって家に帰ったのか永久に記憶しないまま。
 体の調子が悪くて早めに布団に入ったのだが表を歩く酔っ払いの様子を想像しているうちに面白くなってきてしばらくの間眠れなかった。


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