続 心の風景 やっぱり読み返して
--文章は、人と共に変わり、時と共に移る。ひとつが消えれば、ひとつがあらわれる。文体の古び方の早さは思いのほかである。
つねに新しい文章を知ることは、それ自身小説の秘密を知ることである。同時にまた、新しい文章を知ることは、古い文書を正しく理解することであるかも知れぬ--
…川端康成の「新文章読本」の前書きより…
ここまで文章を深く読めるかどうか私には自信がない。
若いうちは勢いに任せ、一気読みして「本を読んだ」つもりになったりするが、よく噛んで喰った方が味わいも深まり、栄養分の吸収がよくなるように、本もじっくり読んだ方が、文章の味わいは深まり、行間に隠れた旨味まで感じられるようになったりする。気に入った一節は何度も読み返すと心にシミルネー。
速読術なんて、読書の世界にまでスピード化が進んできているが、歳をとって頭の回転が鈍くなってきたら、ゆっくりぼちぼちでいい。
この歳で一気読みすると「のぞみ」が豊橋駅を通過するみたいに、どんな駅だったかさっぱり見えなかったのと同じ。カレーは飲み物とか言って、大して噛まずに満腹中枢が働く前に飲み込んじゃって結局必要以上の量を飲み込んじゃって喰い過ぎによる消化不良を起こすのだ。
自治会役員になる前の3年間でおよそ50冊の本を読んだ。今年に入ってぼちぼち読み返しているところだ。
五木寛之、遠藤周作、開高健、阿川佐和子、能町みね子、井上ひさし、角田光代、指原莉乃、芥川龍之介、司馬遼太郎、川上弘美、井伏鱒二、町田康、赤瀬川源平、東海林さだお、内田百閒、川端康成、永井荷風など。
純文学からユーモアエッセイ、アイドルまでいろいろ。じっくり読み返して、しっかり咀嚼して、味わって。
読み返すことの意義もあるが、実はその大きなもう一つの理由は金が勿体ないからでもある。文庫本とはいえ、50冊はかなりの額になる。金が勿体ないから元を取らなきゃ、500円払ったら、1500円分くらいは読まなきゃ勿体ない。