僕が見た魅惑のチェロ弾きは 彼女の記憶を風船にして何処か遠くへ飛ばした。 どうしてそんな事をするのかと尋ねると チェロ弾きは何も言わずに透明な瓶を僕に 手渡した。 中身はベラドンナだ。 チェロ弾きは言った。 「瓶の中身は彼女が持っていたものだ。 ただの花ではない。 いわば彼女の哀愁と希望。先程の風船みたく飛ばされたくなければ、これは君が持っていくといい。」 受け取った瓶を持って、僕は歩いた。 ぽかぽかとした陽だまりが交差する銀杏の並木道を行く 陽の光に反射
空を見上げ 今日初めて世界と目が合った。 心が月明かりに溶かされた。 刹那 僕は瞬く間に夜に染まったんだ。 君の胸に沢山の惑星を注ごう。 星屑の花束を片手に洒落込んで 天の川を眺めよう。 夜空はいつだって僕らの味方だ。 星々に紛れて不完全の輝きを奏でたい。 きっと美しい。 嘆きを語り宇宙に想いを馳せた。 誰が何と言おうとね 僕の幸福とはこれなんだ。 願わくば 今すぐこの柔らかな夜風に 僕の全てを掻っ攫っていってほしいと思った。
あどけない。 あけなどしない。 あいなどない。 あいをどけない。 あなどれない。 あけどない。 あなたなどいらない。
今まで諦め身勝手に手放してきた好奇心を追うには気球がいる。 正しき道を照らす月もいる。 拗ねた好奇心を宥める為の謝罪の言葉。 それより何よりまだ諦めたくないという 希望の一雫がなければ 柔軟に焦らずゆっくりと確実に。 何も見ず心にあるものだけ。 夢を唱える。 喉で弾けた言葉が気泡となって 口から溢れた瞬間 炭酸になった。 気泡がこのまま私の代わりに 世界を旅してくれたらいいのに。
空虚な微睡の中で僕と遊ぼう。 望みも希望も強制されない廃れた我が家で。 貴方は空を信じ 僕は夢を喰らう。 時が全てを支配しているなど僕は信じない。 貴方が涙を流し 雫が頬をなぞる瞬間のみ この世界に生きる意味を痛感出来る。 「どうか2度と目を覚ましませんように」 そう願い眠りにつく夜をもう味わいたくはないのだ。 あわよくば海にふわふわ漂う海月になりたい。 孤独も理想もない そんな海月に。
僕は真っ白なキャンバス。 人生という名のこのキャンバスに添える色をいつも探している。 あれでもないこれでもない。 試し書きをしているうちに 何が何だか分からなくなる。 整えなければと強く思えば思うほど理想から遠ざかる。 自分の無力さにほとほと愛想が尽きて ぐちゃぐちゃになりかけた時 あぁ それならばもう一度真っ白な絵の具で塗り潰して描き直せばいい。 そう思った。 上手くいくかは分からないけど試してみよう。 塗り潰したからと言って消えるわけではない。 そ
疑惑と世界を旅してきた。 中途半端と好奇心を探したが 僕の心は知らぬ間にもぬけの殻だった。 昔海で拾った貝殻に耳を当て 君の歌声を探した。 もう今は別の誰かが住んでいる 旧宅へ足を運び 幼い頃の自分の心を探した。 学校の通学路をなぞって歩き 後ろからあの時のように君が声をかけてくれるのを待った。 僕の探し物は過去にしかない。 一体過去の何処を辿れば 僕の望みは見つかるのだろうか。
惑星にふーっと息を吹きかけ 地球を惑わせてみる。 規則正しさに支配された者達よ。 不規則の面白さと理不尽さ愉しむ猶予を思い出せ。 我は何者かと言う固定概念は全く面白くない。 いついかなる時も何者にでもなれる準備をしておかなければ。 安心と自由と安定を操ろう。 不安定ばかり嫌っていては 安定ばかり好いていては 世界は廃って行くばかり。 結局は勢いが全てを決めるの。 私こそが世界の調和の安定剤だと空に叫んだ。
僕は君に翼を与えた。 けれど それは間違いだったと気づいた。 思ったんだ。 翼で飛び回る無邪気な君を見て 本当に翼を欲していたのは僕の方だったんだと。 だから君から奪い返した。 仕方ないよね。 よく考えたら 初めに僕の良心を利用して翼を奪おうとしたのは君だ。 善意もさ 立場が変われば 憎しみや嫉みに変わるんだって 初めに教えなかったっけ。 危惧しなかった君の失態は 僕に飲み込まれたね。 あぁ どうか君に神の御加護が在らん事を。
花びらを雨のように浴びよう。 一片一片が自我を持ち 私に触れる度に傷をつけてゆく。 そっと渡される傘を 見て見ぬふりをした。 この傷はただの無差別の痛みではないのだ。 私の過ちと傷付いた者達の悲しみの言葉。 この花びらを無視すればいよいよ私は私ではなくなってしまう。 尊き者よ。 どうか私を赦し 悔い改める機会をお与え下さい。 私は私で貴方は貴方でいる哀しみを 幸福を屈辱を憐れみをそっと刹那に思い合いましょう。
希望の球体に群がる無数の手を 神はひとつひとつ丁寧に引き剥がす。 私の番が来るまでじっと苦痛を待つ。 貴方の番が来た。落ちてゆく。 それを目にし神に手を触れられる前に 自分から手を離した。 どうせ同じ結果ならば自らで選択したかった。 私は貴方と同じ運命とやらを神などではなく 自らの意思で創り上げたかったのだ。 断言したかった。 これこそが本当の運命だと。
記憶の断片から送られた神が 大口を開けて目の前で待っている。 我が子よ、こちらへおいでと。 私は沈黙のダンスを続ける。 皆を惑わすべく あどけない笑みを浮かべた天使が 世界を疑惑のヴェールで覆った。 私は不完全な悲しみを吐き出す。 命の次に大切な涙を あるいは大いに泣く事をお前に奪われる前に。
君が織りなす言葉の花は いつか僕を殺すだろう。 華燐な病に罹った僕は いずれ一輪の花となる。 その時は 君のコレクションに そっと僕を加えてくれれば幸いだ。
朝5時 新鮮な空気を取り入れようとカーテンを開ける。 ほんのり朝に染まった空を眺めていると 上から下へ一瞬人が通った。 向かって行ったのは下だったけれど きっと彼は上へ上りたかったはずだ。 先程通ったあの人は 今頃上手く空を飛べただろうか。
薄暗い空に朝日が登り始めるのとほぼ同時 さっきまで屋上にいた僕の魂もたった今 空へ昇った。
清く清くと心掛け 哀れみばかりに愛された。 世界の端へ端へと案内されて 「どうかここではない何処かへ」 そう願えど 案内人は感情の読めない顔で微笑むのみ。 「あぁ。貴方は僕に絶望を見せるまで案内を止める気はないのですね。」 ここから抜けださなければ。 目眩しの意味も込めて まやかしの絶望を探しに足を進めた。