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【短編小説】#6 深夜ラジオ

テレビよりも動画投稿サイトの視聴に時間を割くようになってからそろそろ両手の指が足りなくなるくらいの年月が過ぎた。日中の作業や仕事のときはBGM代わりに動画サイトを流すことも多いんだけど、私が毎晩楽しみにしているコンテンツは深夜帯のラジオだ。それこそチューナーラジカセやコンポで育った世代なので私にとってラジオは特別な存在ではない。

もっとも日中のラジオパーソナリティーは当たり障りのない話をだらだらするだけなので、それこそ単にBGMぐらいにしか感じないから聞くことはほとんどない。あれは騒がしくない程度のノイズに囲まれることで作業が集中できる環境をわざわざ提供しているのか、それともトラックドライバーの眠気覚ましにつきあう助手席の人みたいなコンセプトなのだろうか。とにかく番組内容がぼやけているので頭に入ってこないし、積極的に聞きたい番組も特にない。

いっぽうで深夜ラジオは、それこそテレビのバラエティ番組を見ているように好きなタレントが好き勝手にあれこれ話してくれるのが楽しい。学生時代、テストや受験勉強のときは紅茶を飲みつつ鉛筆の手を止めてゲラゲラ笑いながら、ちょっとだけ休憩と言いわけをしながら朝まで大の字で寝ていたっけ。寝落ちって言葉は当時なかった記憶があるけど、これはいまでも変わらない楽しみのひとつ。25時や26時などの特別な時間表記も雰囲気があってたまらない。

毎日聞いている深夜ラジオ番組でも唯一、日曜日だけは明け方まで放送は行わない。深夜2時~4時までの時間帯は放送機器メンテナンスのためにどの局も一斉に番組休止中になるのだ。なので日曜日の最終の深夜ラジオを聴きながら小説を書いていたりすると、あまりにも集中しているときは番組休止の時間になっていて部屋が無音状態になっていることに気づかないことがある。そしてときおり窓の外の遠くから低く唸るような音に気づいて、時計の時刻を確認するのだ。

2:15

昔でいうところの「丑三つ時」だ。

私はノートPCで再生しているラジオアプリをクリックすると、番組休止という文字が目に入った。ああそうか、もうそんな時間なんだ。そろそろ寝る支度をしようか、それとももうすこしだけ書いてからにしようか。若干の眠気を感じながらそんなことをぼぉっと考えていると、アプリには突然こんな番組名が表示された。

LIVE! 真夜中のあなたに伝えたいメッセージ

えっ?なに?なんの番組?

いまから何かの特別番組がはじまるようだった。しかも番組名にはライブという文字が冠にある。ラジオ番組表はいつもどおりこの時間帯は放送中止となっているし、放送中の番組でもこの番組を伝えるメッセージは何もなかった。眠気は一気に吹き飛び、ならばと紅茶の準備をしながらPCのボリュームを少し大きくしてみた。

ピー、ガガガ・・・

あっ!昔のラジオチューナーの音だ。昔のAMラジオはチューナーを細かく調整すると近隣の国の放送が受信できることもあった。その時のように細かくチューナーで周波数を合わせる音が、いまPCのスピーカーから聞こえているのだ。えっ?インターネットのデジタル放送なのに?

直後、ボコボコボコっという泡のような音が聞こえてくる。例えるならシュノーケルでフーっと息を吐きだしているような感じ。そして遠くの方で、といってもラジオは立体音響ではないので奥行までは表現されるはずはないのだけど、低い低い何かの旋律が聞こえてきた。

ギュイーン、ギュイーン。弓で弦をこするあの響き。そしてお腹の芯にずしりと響く低音。聞いたことがあるぞ。聞き覚えがある。これはクラシック音楽の演奏に使われる弦楽器、コントラバスの音だ。

ギュイーン、ギュイイーン。

ギュイイーン、ギュイーーン。

上手とも下手とも言えない、まるで演奏の練習をしているようなコントラバスの音が延々と繰り返される。特に興味を惹かれる音ではなく、かといって決して耳障りの音ではない。私はこれがラジオ番組であることを忘れて、とっくに沸いた電気ケトルの中のお湯のことも忘れて、気が付いたら体の中で心地よいリズムとなっていて、気が付いたら身も心もゆだねていた。

ギュイーン、ギュイイーン。

ギュイイーン、ギュイーーン。

ギュ・・・、ギュイ・・・ン。

・・・、・・・。

——私はこの音を知っている・・・・・・・・・・・

音は次第に遠ざかって、完全に聞こえなくなるとピーッと笛のような音に代わって放送は終了した。ハッと時計の時刻を見ると15分が経過していた。

2:30

丑三つ時の時間が過ぎたんだ。ラジオアプリを見ると放送中止の文字になっている。この放送はいったいなんだったんだろう。あのタイトル「真夜中のあなたに伝えたいメッセージ」と15分流れ続けた弦楽器の音の関連性がよくわからない。もしかして私はいつものように寝落ちして、中途半端に起きて寝ぼけていただけなのだろうか。あの音はいつも窓の外から聞こえてくる機械音だったんじゃないだろうか。それとももしかしたら丑三つ時の怪奇現象だったのだろうか。

電気ケトルの中でぬるくなったお湯をマグカップに注ぐと、白湯のままごくごくと喉に流し込んでちょっと不機嫌な顔つきで布団の中にもぐりこんだ。季節の変わり目の寒暖差でちょっとおかしくなているのかな。あと2時間もすれば東の空が白みはじめて朝がやってくる。私は空をくるくると旋回して飛びつかれた小鳥のように、ぐったりと布団の中で眠りについた。窓の外に見える夜空にはきらきら金の星が瞬いていた・・・・・・・・・・・・・


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