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Healthcare Fraud and Abuse Laws①~総論、各論(False Claims Act)~


1. Healthcare Fraud and Abuseとは

米国では、公的保険に対する不正請求等(例えば、医療機関が実際には実施していない検査を実施したかに見せかけて保険償還を請求するといった行為)は常に大きな問題とされています。DOJ(司法省)によれば、1000億ドル以上の金額が毎年不正請求によって失われているそうです[1]。このように社会的なインパクトの大きな問題であるためか、この分野は「Healthcare Fraud and Abuse」といった名称で弁護士の一専門領域が確立されています。米国のロースクールではHealthcare Fraud and Abuseに特化した授業が提供されている例もあり、私自身、通っていたロースクールでこの授業を履修していました。

Healthcare Fraud and Abuse に対処するための法律は多岐に渡りますが、HHS(保健福祉省)のOffice of Inspector GeneralOIG、監察総監室)は、この分野の重要な法律として、False Claims Act(FCA、不正請求防止法)、Anti-Kickback Statute(AKS、反キックバック法)、Physician Self-Referral Law(通称Stark law、医師の自己利益のための患者紹介に関する法)、Exclusion Authorities(除外権限)、Civil Monetary Penalties Law(CMPL、民事罰金法)の5つを挙げています[2]。

今回の投稿では、これらの法律の概要、どのような行為が規制対象となるか、またどのような責任を負うかといった内容について紹介いたします。

個別の法律に入る前に補足ですが、上記の法律の執行は複数の当局が担当しており、上述のDOJ、OIGの他、これまでの投稿でも出てきているCenters for Medicare & Medicaid Services(CMS)といった組織がそれぞれ調査等を行っています。

このようなヘルスケア分野に特化した取締当局が存在していること自体日本とは大きく異なりますが、さらに興味深いのは、それぞれの組織は多くの弁護士を擁しており(2023年当時、OIGには130名の弁護士がいると聞いたことがあります。)、このような当局で経験を積んだ弁護士の中には、ローファームに転職してヘルスケア業界の企業を弁護する立場で活躍している方も多くいます。

なお、OIGは2023年11月に「General Compliance Program Guidance」という文書を発行しており[3](当該ガイダンスについては、「General Compliance Program Guidance~米国ヘルスケア業界のコンプライアンスプログラム~」にて概要を紹介しています。)、これはこれまでに発行されていたヘルスケア業界のセグメントごとのガイダンスを統合する形で作成されたものですが、従来のガイダンスにはなかった関連法令の概要説明が追加されています。本投稿でも同ガイダンスの記載を参照しています。

2. False Claims Act(FCA)[4]

概要

FCAの歴史は古く、その立法は1863年にまで遡ります。当時、米国内は南北戦争の真っ只中にあり、政府は大量の軍需品を民間から購入していました。しかし、民間業者の中には実際には政府に納入していない品物の代金を請求するといった不正行為を行う者もいました。そのような政府に対する不正請求に対処し、不正に支払われた代金を取り戻すために作られたのがFCAという法律です。この経緯からみて分かるように、元々FCAはヘルスケア業界を想定して立法されたものではなく、現在でも政府に対する不正請求全般を対象としています。

毎年FCAに基づく和解や判決で得た総額がDOJにより公開されていますが、2023年度(2022年10月~2023年9月)の総額は約26億8945万ドルでした。その内訳としてHHS関連(=ヘルスケア業界関連)の総額も公表されており、2023年度は約18億1765万ドルでした[5]。すなわち、2/3がヘルスケア業界関連ということになりますので、現在ではFCAの執行は主にヘルスケア業界に集中しているということが分かります。

規制対象となる行為

規制対象となる行為には多くの類型がありますが、一例として次のようなものが含まれます[6]。

  • 連邦政府に対して、支払いまたは承認を求める虚偽または不正な請求を、故意に提示する、または提示させること。

  • 連邦政府によって虚偽または不正な請求の支払いまたは承認を受けるために、虚偽の記録または陳述を、故意に作成または使用する、あるいは作成または使用させること。

  • 連邦政府への金銭や財産の支払いや送金の義務を隠蔽、回避、または軽減するために、虚偽の記録または陳述を、故意に作成または使用する、あるいは作成または使用させること。

上記でいう「故意に」(knowingly)とは、ある情報に関し、(i)その情報について実際の知識を持っている、(ii)その情報の真偽を意図的に無視して行動する、(iii) その情報の真偽を無謀に無視して行動することを意味し、不正行為の具体的な意図を証明する必要はありません[7]。

MedicareおよびMedicaidは連邦政府の資金が支出されていますので、MedicareやMedicaidに対する虚偽または不正な支払い請求には、FCAが適用されることとなります。

また、Anti-kickback statuteやStark lawに違反した請求も虚偽または不正なものであり、FCA上の責任を生じさせます[8]。

責任

上記の規制対象となる不正請求を行った者は、プログラムが被った損失の最大3倍の額に加えて、請求1件ごとに加算される罰金を支払う責任を負います[9]。当該罰金の額はインフレに応じて毎年改定されており、2024年は13,946ドル~27,894ドルと定められています[10]。ここでいう請求1件とは、ヘルスケア分野に関していえばMedicareやMedicaidに請求される商品またはサービスの1つ1つを指しますので、不正請求を行った者の責任(支払うべき総額)は容易に膨れ上がります。

Qui tam actions(ある種の公益通報制度)[11]

FCAが活発に適用されている背景には、qui tamという制度が関係しています(YouGlishなどで検索いただくと分かりますが、「クイ タム」ではなく、「キ タム」がネイティブの発音に近いかと思います。余談ですが、HIPAAもネイティブは「ヒッパ」ではなく「へパ」と発音しているように聞こえます。)。Qui tamとは、私人(政府以外の人、団体)が連邦政府に代わって訴訟を起こすことを認める制度です。実はnon qui tamよりもqui tamのほうが件数が多く、2023年の新件はnon qui tamが94件であるのに対して、qui tamは348件もありました[5]。

ではなぜ私人がわざわざqui tam訴訟を提起するのかというと、私人には金銭的なインセンティブが与えられています。Qui tam訴訟は、私人が申立てを行った後、政府がその訴訟に参加する(主導的に訴訟追行する)か否かを判断する機会があるのですが、政府が訴訟参加した場合は和解または判決で得た額の15%~25%の分け前を、政府が訴訟参加しなかった場合(かつ私人が自ら訴訟を継続した場合)には25%~30%の分け前を取得することができます。

2023年の統計によれば、qui tam訴訟により私人は総額で約2億ドルの分け前を得ています[5]。仮にこれを新件数の348で割ってみると、1件当たり57万ドルという大きな額になりますので、これは強力なインセンティブといえます。

刑事罰[12]

ここまでは民事に関する規定を紹介してきましたが、FCAに違反した場合、5年以下の懲役および罰金が科される可能性もあります。


FCAはHealthcare Fraud and Abuseの中で特に重要な法律であり、説明が長くなりましたので、他の法律は「Healthcare Fraud and Abuse Laws②~各論(Anti-Kickback Statute, Physician Self-Referral Law, Exclusion Authorities, Civil Monetary Penalties Law)~」で紹介させていただきます。
なお、日系企業に対してFCAが適用された事例もあり、「False Claims Actの日系製薬企業への適用事例」にて、いくつかの事例を紹介しております。


[1] DOJ(https://www.justice.gov/archives/jm/criminal-resource-manual-976-health-care-fraud-generally

[2] HHS(https://oig.hhs.gov/compliance/physician-education/fraud-abuse-laws/

[3] 「General Compliance Program Guidance」(https://oig.hhs.gov/documents/compliance-guidance/1135/HHS-OIG-GCPG-2023.pdf

[4] 31 U.S.C. §§ 3729 - 3733

[5] DOJ(https://www.justice.gov/civil/false-claims-act

[6] 31 U.S.C. § 3729(a)(1)

[7] 31 U.S.C. § 3729(b)

[8] 42 U.S.C. § 1320a-7b(g), 1395nn

[9] 31 U.S.C. § 3729(a)(1)

[10] Civil Monetary Penalties Inflation Adjustments for 2024(https://www.federalregister.gov/documents/2024/02/12/2024-02829/civil-monetary-penalties-inflation-adjustments-for-2024

[11] 31 U.S.C. § 3730

[12] 18 U.S.C. § 287

(写真:連邦最高裁判所)

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