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古代オリエント博物館が教えてくれたこと
先日池袋にある古代オリエント博物館に行ってきた。
古代オリエントというのは、現在の中近東や西アジアの地域が舞台となっている。
人新世の資本論に出てくる「構想と実体」の話を想起することがあった。構想と実体については今はめんどうだから書かない笑
今度改めて書けたら書く。人新世の資本論の5章、資本による包摂から専制へ、というところに書いてある。
なので「構想と実体」がわからない方はなんのこっちゃわからない投稿になる笑
そこで都市国家ができる流れを解説していた。大まかな流れは次の通り。
紀元前4000年頃、農耕牧畜がひろがり定住するようになり都市国家が誕生した。
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周辺地域からさまざまな物資が集まった。
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めずらしい物質を持つものがそれを管理するようになり権力が生まれた。
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そこから分業が進みさまざまな職❪奴隷を含む❫が生まれた。
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土器や金属器は専門職人によって作られるようになった。
ここで注目したいのは3点。
物資が増えモノの豊かさが享受できて、権力が生まれたこと。そこから職の専門性が高まったこと。そらにより奴隷が生まれたこと。この3点だ。
頭のなかで考えること=構想とそれを実際に実現していくこと=実体が解離した瞬間のその起点はモノが増えたからだということ。
そしてそれによって奴隷が生まれた。奴隷は今はグローバルの視点で見る低賃金労働を強いられる人々のこと。
それは発展途上国と呼ばれる国々も当てはまるし不安定な雇用の移民の人々も含まれるかもしれない。
彼らが奴隷と言うことではなく当時の奴隷制度というのは現在の世界の構造でいうと外部化された国であり人であるのではないかと構造的に解釈できるという意味で使っている。
つまり何が云いたいかと言うと人が集まるとモノが集まる。モノが集まると権力ができる。権力ができると貧富や身分に差が作られる。
こういうことが歴史が証明しているということ。つまり努力や意思で解決しようとするのは悪手であると思う。本来そうなる構造になっているから。やはりシステム、強制的に変えていく構造を作ることが必要だと思う。