私の「手」は誰かとつながっている
この手をみると私は「命のつながり」を感じる。
私の両手の人差し指と小指は関節が1つずつない。これは母親の家系からの遺伝だ。そしてこの手は私の子供にも遺伝した。
血のなせる技、命がつながっている証拠だ。
だから私はこの手が好きだ。
今、アメリカでは黒人差別がまたヒートアップしている。
これだけ多様性、個性が尊重される世の中になったとは言え、偏見、差別の問題は根深い。終わらない戦争、内戦、いじめ・自殺の歴史がそれを教えてくれる。
いったい、いつまで続くというのだろうか。
肌の色、顔、手の形、足の長さ、全く同じ人間は絶対にいない。
私の手を見て皆が言う。
「不便なことはないの?」
あるわけがない。産まれたときからこの手だ。
この手が私の「普通」だから。
私は「二重まぶた」だ。
では「一重まぶた」の人に聞いてみたい。
「見えにくくないの?」
あるわけがないだろう。
「そんなこと聞くな」と怒る人もいるだろう。
私の肌の色は「濃くもなく薄くもない茶色だ」
では黒人に聞く人はいるだろうか。
「すごい日焼けしているけど、大丈夫?痛くない?」
そんなわけないだろう。
そもそも日本人の言う「肌色」ってなんだ?
皆がそれぞれが思う普通・基準を持っていて、それを持つがゆえ仲間意識がうまれ、コミュニティーや国、そして世界がつくられる。
その基準があるゆえに、それから外れるものは、はじかれる。
もうここらで争うのはやめよう。
私は人とは少しだけ違うこの手と一緒に、誰かのためになることをしていきたい。
医療者として誰かに触れることで心を癒してあげたい。
この個性をネタにして、誰かをびっくりさせてみたい、誰かを笑わせてみたい。
多様性を本当に理解するに至るまでに、一体どれだけの人がこれからも傷つけられていくのだろうか。
私はちょっとしたこの個性ある「手」が好きだ。