奈良クラブを100倍楽しむ方法#010 第11節対YSCC横浜 “Man In The Mirror
フットボールを見るのは楽しい。しかし、最初はなにをしているのかわからないと言われることが多い。11人がピッチでごにょごにょと動き回りながら、ボールを取り合いしているだけに見えてしまうのも無理はない。ここに一貫性を持たせようとするときに必要となるのが「戦術」である。これがなかなかに難しいと言われるので、今回は奈良クラブとYSCC横浜の試合を題材に、「戦術」について見ていこう、という回である。スタジアムに行くと、どうしてもエモさに絆されてしまい実存としてのフットボールを書いてしまう。テレビ観戦だと、そこは俯瞰して「なにをしているのかな」と見ることができるので、戦術として見る分にはテレビ観戦はおすすめだ。ただし、テレビ観戦の場合に難しいのは「映ってない部分」があることだ。そこについては脳内での補完が必要なために、スタジアムでの観戦経験は必須になる。もし、この記事を読んで次の試合を見てみたとき、あるいはもう一度この試合を見てみた時に「なるほど、確かにそうだ」という感覚が得られたなら幸いである。
しかし、基本フットボールの解釈は人の数だけあり、僕の見立てが全てではない。「いや、それは違うんじゃないの?」ということは多々ある。そして、そういう部分で皆で盛り上がるのがフットボールの楽しみである。とりあえず、叩き台として使ってもらえると幸いだ。
「戦術」とは?
そもそもフットボールにおける「戦術」とはなんだろうか。経済学には「ミクロ(個人や小さい単位)」と「マクロ(国家レベルの大きな単位)」という区別があるが、フットボールにおいても同様に個人レベルの「戦術」とチームレベルの「戦術」がある。個人レベルの戦術とは、瞬間瞬間での判断であったり、パスコース、強さ、立ち位置、体の向き、トータルでのことを指す。前に紹介したヨハン・クライフの著作のなかで「戦術」として述べられているのはこの点である。判断力と言い換えてもいいかもしれない。フットボールは攻守が流動的に入れ替わるスポーツなので、「正しい判断」はどんどん変化する。その変化に常に正しい答えを示し続けることが個人における「戦術」と言える。例えばメッシのドリブルからのシュートが決まったとする。その時にフォーカスされやすいのは彼のボールタッチや華麗なフェイントなのだが、よくよく戻して見ると、すでにパスをもらう時点でゴールまでの絵を描けているように見えることも多い。メッシはそれをなぞるだけだ。パスを受ける時の体の向き、持ち出す方向、強さ、どちらの足でボールを止め、どちらの足で一歩目を踏み出すのか、そういうところまでも「戦術」と言える。
この記事で取り上げるのはそうではなく、マクロな視点での「戦術」である。チームとしてどのようなプランで試合に臨んでいるのか、という視点である。これについてもさまざまに言い方があるのだが、僕の表現でいると「数を多く見せる工夫」である。フットボールは11人対11人で行うが、ゴールキーパーという特殊な任務の選手がいるので、フィールドには20人が散らばる。ちなみに、フットボールにおける戦術は12人なら(フィールドに11人ということ)そのほとんどを解決することができる。一人少ない分をどうするのかが、チームとしての戦術である。
これが試合開始前の予想布陣である。アプリの設定で色を合わすことができなかったところはご了承いただきたい。青が奈良クラブ、オレンジが横浜だ。横浜は背番号までは合わせていない。こうしてみると、奈良クラブはお馴染みの布陣である。基本、フォーメーションは後ろから数を数えるので、奈良クラブのような布陣を「4−3−3」、あるいは「4−1−2−3」と表現する。そして、お気づきだろうか。その布陣に対して横浜はそのまま鏡に写したような布陣になっていることがわかる。
試合の前半、横浜がボールを握り試合を支配した。最初の布陣のままに横浜がボールを持つと、以下のような感じになる。
ご覧のように、綺麗に青とオレンジのペアが出来上がる。しかし、試合はこうはならない。特に奈良クラブのセンターバックのところを見てほしい。相手のフォワードの10番、11番に対し、澤田と小谷がマッチアップする形になる。その代わり、奈良クラブの前線は2、5、6番と岡田、百田、嫁阪が同じ数でマッチアップする。つまり、前と後ろが数的に同数になるわけだ。しかし、フットボールの世界には守備の安定のため、「後ろの人数は相手より一人多いこと」という約束がある。奈良クラブはこの約束のために、ボールを持っていないときは以下のような布陣に変化する。
奈良クラブは國武が前線に上がる代わりに、岡田、嫁阪は一列下がり、4−4−2という形になる。こうすると奈良クラブの前線が2人、横浜が3人と一人多くなる代わり、奈良クラブ側の守備が一人多くなる。こうしておくことで、もしドリブルで誰かが抜かれても、違う選手が止めに行く(カバーする、といいます)ことが簡単になるという仕組みが出来上がるというわけである。
ただし、奈良クラブの守備陣系は「ボールを奪う」よりも「嫌なところに出させない」という感じで、ボールを持っている選手に対してどんどん奪いに行くのではなく、パスコースの前に選手を置いてパスを出させない、あるいはミスパスを誘ってそこを奪うというような目的を共有している。ので、ボールを持っている選手に対してやや奈良クラブの選手の距離が遠いときがあり、後半体力が消耗したり、相手が「おりゃあ」と適当に蹴ってくるボールをあまり止めることができない。クロスや長いフィードに弱い理由のひとつがここにある。
もう一つは、そのフィードを誰が蹴るのかという問題だ。特に前線が2人に対して相手が3人という状況ではボールを持っている選手に対して「パスコースを消す」も「ボールを奪う」もできないことが多い。どちらをするにしても、かなり消耗する仕事になる。これに特化するなら、4−4−2の形を維持した上で、出場させる選手をかなり入れ替えないといけないことになる。あくまで4−4−2は仮の姿であるということなのだろう。
広島戦の大敗の理由
余談だが、大敗した広島戦、特に広島が前に出てきた後半はこういうような選手の立ち位置だった。
広島は3人のフォワードに2人にウィングバックが張り出してくるので、前線が5人となる。中盤の2人はバランスをとるために真ん中に残るが、前線のフォローをセンターバックが押し込む形でボールを保持するのが広島らしさだ。こうなると、どの場面でも広島の選手の数が奈良クラブの選手の数を上回り、奈良クラブの選手が仮にボールを奪っても、そのまま数的優位を持って広島は奪いにいくことができる。クロスを上げる時のフォワードとセンターバックがペナルティエリアのなかに侵入してくるので、マークする数が合わない。これへの対応がまったくできず、加えて退場者を出した奈良クラブは全く守備ブロックを構築することができなかった。
奈良クラブを攻略する正攻法
横浜がとった戦術は、奈良クラブを攻略するための正攻法だった。これまでも同様に対策してきたチームはあった。代表が開幕戦で対峙したFC琉球だ。琉球は3バックで奈良のプレスを回避し、センターバックの真ん中からサイドへ展開し数的優位をつくるという戦術だった。特にこれが前半どはまりし、奈良クラブはなにもさせてもらえなかった。この試合の、特に前半も同様に奈良クラブは何もできなかった(しないという作戦だったのかもしれないが)。
後半双方ともチャンスを作り、奈良クラブが先制するも、またもや「そんなシュートが決まるのですか」というシュートを決められてしまい、同点で終了。どちらかというと、ゴールに迫ったのは横浜のほうだったので、奈良クラブとしては引き分けは「負けなかった」という解釈になろうかと思う。
ちなみに、先ほどの広島の布陣だが、基本J3のチームはこうしたことは試合の最後のスクランブル状態以外はしない。焼け付き刃でするにはリスクが大きすぎるし、選手たちの共通理解がかなり深くないとできない戦術だ。広島の選手の目線をずっと見ていたが、時折「ここにいるだろう」という感じでボールだけを見てパスを出している様子がかなりあった。そして実際に、そこにパスは通る。ルックアップなしに早いテンポでパスが回るのでボールを奪うタイミングがない。こうして奈良クラブのディフェンスを振り回した上で、サイドを崩し切りフリーでクロス、あるいは中央で一対一をつくり、決定機に持ち込む。奈良クラブは手も足も出なかった。
奈良クラブらしさが出ているシーン
さて、ここからは「これから」を考えてみよう。これまでに何度かサイドの選手の立ち位置について書いてきたが、図を使ってもう少しわかりやすく説明しようと思う。奈良クラブのチャンスは基本的にサイドから作られる。そのときは、おおよそ、このような立ち位置であることが多い。
堀内選手がボールを持ち、サイドへ展開するケースだ。特に奈良クラブのストロングポイントである左サイドからの攻撃の準備段階の様子である。この時、岡田選手と下川選手の立ち位置を注目してほしい。下川選手が岡田選手よりも外側にいる。そもそもボールを持っていないとき、岡田選手はかなり中にポジションを取るので(「絞る」、と言います)、奪って展開しよう、というときはこういう立ち位置になることが多い。しかし、僕はあまりこの形が好きではない。この図でいくと、堀内選手のパスコースは3つ、國武、岡田、下川だが、このサイドにおいては数的同数だし、誰にパスを出すにしても、それが奪われたとき、澤田選手は相手フォワードと一対一になっている。この裏のスペースにパスを出されて失点することが今シーズン多々ある。パッと見た時はチャンスっぽい雰囲気だし、うまくいけば大チャンスになるのだが、実はハイリスクな立ち位置だ。これを改善すべきだ。
こちらが理想的な攻撃時の立ち位置である。岡田ー國武ー下川の三角形の形が逆になっていることにお気づきだろうか。もしこれなら、パスをカットされても下川選手が最初に止めにはいることができる。ちなみに、この立ち位置だと下川選手へのパスは絶対に通る。というのは、8番は岡田選手を、7番や2番は國武選手を気にするので、下川選手にはプレスにはいけないからだ。つまり、國武選手はここに立つことで相手のディフェンス2人を釘付けにすることができる。これが「一人多く見せる工夫」になる。ちなみに、金沢戦はこういう形で下川選手をフリーにし、クロスからのゴールを取ることができている。うまくいっている時は、自然にこうした立ち位置ができているはずだ。
もっと攻撃的になってもよいのでは
僕としては、守備時の4−4−2のハイプレスは諸刃の剣だと思っている。確かに見た目には安定する。しかし、我々は広島の攻撃を体験した。相手に合わすことをせず、自分たちのやり方を押し付ける強者の戦略だった。奈良クラブもそこを目指すのであれば、4−1−2−3の形を保持したまま守っても良いのではないか。ここで何度も言及しているが、非保持のときに両ウィングが中に絞るのが、非常に勿体無い。右サイドの嫁阪選手はまだしも、岡田選手はタッチラインを背にした時に最も輝く選手だ。彼が横にスライドする時間の間に相手は陣形を戻してしまう。ならば、奈良クラブの陣形を維持したまま、相手に「どうする?」と突きつけるような作戦でも良いのではないだろうか。
最初の陣形に戻ろう。相手の3バックに対して3トップをそのままはめ込む形でのプレスをかける。もちろん、後ろは同数だが前も同数だ。相手は選択を迫られる。このままにするのか?一枚下げてプレスを回避するのか?富山は一枚下げてのプレス回避をとった。そして、その試合は奈良クラブが優勢な試合運びだった。これをベースとしたい。
岡田と嫁阪の両ウィングはタッチラインいっぱいに開き、相手ディフェンスを引っ張る。すると、必ず相手はウィングバックか中盤がそのスペースを埋めるために一枚下げる。そうすれば奈良クラブのディフェンスラインの数的同数は緩和される。これで数的な問題は解決だ。
おそらくこうするとロングボールを多用する攻撃で奈良クラブのラインを下げ、数的な不利を回復しようとするだろう。そのために伊勢や吉村を使い、ハイボールにも負けないディフェンスラインにする。特にハイボールをサイドで展開することがあるが、吉村選手のフィジカルはこれを止めるのに十分である。生駒選手は一つ前で使っても良い。怪我人が多かったり、試合終盤の守備固めではこうした選手起用もあっても良いように思う。
4−1−2−3は選手の立ち位置のバランスは理想的だ。しかし、うまくいかないと「立ってるだけ」ということにもなる。カッコ悪くても良い、失点しても良い、奈良クラブのやり方を相手に押し付けるような、「これが俺たちのサッカーだ」というのを見せつけるような試合が見たい。そういうロマンチズムことが、奈良クラブの奈良クラブらしい一番の魅力ではないだろうか。「さあ、立ち上がるんだ。立ち上がって自分を引き上げるんだ。変化を起こそう」