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奈良クラブを100倍楽しむ方法#034 第34節対 カマタマーレ讃岐 ”光るとき"

『薬屋のひとりごと』の第二期の制作が発表された。この作品も、前回に取り上げた『葬送のフリーレン』同様、昨年のこの時期に初回放送があった作品だ。なかなかに面白いので、第二期までに見ておこうと視聴を進めている。この作品の主人公である「猫猫(マオマオ)」の声優は悠木碧さんなのだが、この方は僕の好きな作品でもたくさん出演されているし、印象的な役所が多い。一番有名なところは『魔法少女まどかマギカ』の「鹿目まどか」ではないだろうか。この作品と双璧をなすほどの名作が『アニメ平家物語』の主人公、「びわ」である。

『アニメ平家物語』は、誰もが学校で習ったことのある日本の古典文学「平家物語」を題材に、平家の栄枯盛衰を現代に甦らせる。しかし、この作品はただ「平家物語」をアニメにするのではなく、「びわ」という少女を主人公に据える。びわは「未来が見える」という能力があり、第一話段階では栄華の頂点にある平家がこの先滅びることを予見している。彼女だけが未来を知っているという設定だ。また、彼女は物語の中盤で「死者の姿が見える」という力を得る。これまで起こったことと、これから起こることの間で、びわは平家の人々、ひいては源氏の人々の生き様を見届ける。

今節、仕事の都合でこの試合はリアルタイムで見ることが叶わなかった。これから配信で見直すのだが、結果と展開は知っている。2−2。今期何度もみた後半アディショナルタイムでの同点という結末だ。結果を知った上で試合をみるというのは、どうあがいても変わらない結果を受け入れた上での視聴なわけで、感情の起伏は少ない。びわもこういう心境で平家の栄枯盛衰を見ていたのかと思いつつ、この試合を見ていこうと思う。


前半、形にならない攻撃

ここからはダゾーンの配信を見ながら書き進めている。先ほど再生ボタンを押したところだ。
先発メンバー。下川が控えスタートということは、大宮戦同様に”温存”という理解でいいだろう。つまりは前半は耐える展開は予想できる。控えには下川以外、本職のディフェンスは伊勢だけだ。他は酒井、田村、嫁阪、山本と攻撃のタレントがずらりと並ぶ。前半は0−0でOKという作戦だろうか。
試合開始。厳しい。0−0でもOKと書いたが、あまりにもボールがつながらない。あわやというシュートでゴールかと思われたがこれはオフサイドの判定。ことなきを得る。
前半はとにかく相手のコーナーキックが多い。奈良クラブは攻撃の形が作れず防戦一方という展開だ。讃岐は随分と前から押し込んでくる。奈良クラブは両サイドが高い位置まで上がる時間がないので、攻撃が単発で終わる。そこからひっくり返されての自ゴール前でのシーンが多いので、「決まらない」と知っていても攻撃に良い印象ではない。讃岐は奪ったらすぐに前線中央にボールを送り込んでここで勝負をしようという戦術だ。彼らはこのスタイルで降格圏内から挽回したわけだ。攻めに迷いがない分、フィニッシュまで繋げてくる。それがコーナーキックの多さに結びついている。そんなことを思っている間に時計の針は進み、40分、マルク・ビトがPKを取られて先制点を献上。苦しい展開だ。
ここからようやく奈良クラブの反撃。神垣のシュートは最初のトラップが中に入りすぎて蹴るまでに時間がかかりブロックにあう。さらにロングボールから押し込むもそこまでの脅威は感じない。そんなこんなで前半終了。後半の下川の投入からどれだけ攻めかかれるかが勝負だ。
この試合、パトリックと松本ケンはほぼ2トップだった。機能していたとは言い難いのだが、松本ケンを孤立させないような工夫としては面白い配置だと思う。ただ、パトリックはそこまで器用な選手ではない。「合わせる」より「合わせてもらう」ことで力を発揮するタイプなので、彼を主にしないと生きてこないように思う。松本ケンと組んだ場合、主になるのは松本なのでパトリックの良さがそこまで出なかった。前節は酒井と組んだのだが、酒井は主でも従でも良さを出せることから、パトリックの良さが出ていた。となると、センターフォワードのファーストチョイスはやはり酒井になるのだろうか。

後半、目まぐるしい展開

予想通り後半から下川が投入される。加えて酒井も投入。待望のロートフィールドの復帰だ。「攻めるぞ」という強い意図の感じる交代だ。
その意図通りに前がかりに攻めかかる奈良クラブ。そうそう、こういうのが見たかったんだ。酒井のポジショニングが抜群に良い。松本ケンとの距離感が素晴らしい。松本にボールが入ったときに、近くにいるべきなのか、先のスペースを狙うべきなのかをかなり理解している。またはっきりした態度を見せるので、相手のディフェンスもこれに対応せざるを得ない。こうして相手のディフェンスを押し下げて、岡田の周辺にスペースが空き始める。
奈良クラブには「大人のサッカースクール」というのがあり、それにも参加させてもらっているのだが、いわゆるエコノメソッドの初歩の初歩を学ばせてもらうことができる。コーチは「認知」と表現しているのだが、これは「見る」のではなく「見えている」状態を表している。「首を振るだけじゃなくて、自分がどこにいて相手がどうなってるかをわかってプレーしよう」というアドバイスをよくいただくし、実際それができないと回らない練習メニューが組まれている。頭もかなり汗をかくような内容だ。酒井選手のプレーぶりには、奈良クラブの目指すものがたくさん表現されていた。そういう選手が1人入るだけでこれだけ展開が変わるのだ。
相手のディフェンスの前でボールが持てるようになると、両サイドも上がる時間ができる。同点打は必然の展開だった。得点をあげたのは吉村だが、彼が上がる時間ができたことが得点の要因だ。また、松本、酒井が囮の動きで相手のディフェンスラインを押し下げ、彼のシュートスペースを作っている。これぞ狙い通りの展開と言えるだろう。
また、吉村のゴールは松本山雅戦での生駒のゴールと同じ展開でもある。おそらく、こういう形を奈良クラブとしては繰り返していきたいということだろう。西田がWBとして起用されているのも、こういうときにゴール前に入ってくる動きを期待されているのだと思う。
ここからはオープンな展開に。讃岐にもチャンスが来るがビトがセーブ。奈良クラブには松本ケンがGKと1対1に持ち込むも決めきれず。ただし、この時松本ケンが地面を叩いて悔しがっていた。これは良い反応だ。こういう状況で、シュートを外したときに照れ隠しに笑ってしまう選手がいる。そんな選手がいるチームは絶対に勝てない。展開にもよるが、今の奈良クラブの状況で「いつかは入るだろう。次は決めるから」みたいな態度の選手が1人でもいるとそのチームは勝てないのだ。嘘でも地面を叩き、「どうしてもゴールが決めたいんだ」という姿勢を見せなければならない。酒井が入ったことで松本ケンも自分の意図を理解する相棒を得たという感触があるのか、格段に動きが良くなる。躍動感が前半とは全く違う。流れというのはこういうものだ。
奈良クラブが待望の追加点。決めたのは岡田優希だ。下川が起点となり左サイドからチャンス。松本がゴール前に走り込む。こうなると相手は「酒井の影」がちらつきラインがどんどん下がる。(実際の酒井は岡田より後ろにいるのだが、これまでのプレーが効いている)。ディフェンスラインの手前でボールを受けた岡田はドリブルで仕掛けてわずかに空いたボール一個分のシュートコースにボールを流し込む。相手の股を抜いたシュートはゴールキーパーが反応できず。岡田にしかできない、岡田ならではのゴール。勢いづく奈良クラブ。スタジアムの熱量も最高潮だ。
しかし、試合はこれで終わらない。吉村のボールロストをカバーしようとした生駒が遅れ気味にタックルし、今日2枚目のイエローカードで退場になってしまう。これまで何度も奈良クラブの窮地を救ってくれた生駒の退場は痛い。奈良クラブは吉村に変えて伊勢を投入。鈴木が右サイドに出て4−4−1の陣形で逃げ切りを図る。残り10分。勝負の時間だ。
結果的に失点して2−2になるのだが、それでも奈良クラブはよく耐えて守っているように思う。もちろん、結果で勝負をするのがプロなので逃げ切りは失敗だ。それでも、パニックにならずに落ち着いて守り切ろうとする様子は、宮崎戦のときに見た混沌とした様子とはまるで違った。交代で入った伊勢は相手のロングボールをよく跳ね返していた。さすがである。同点打は神垣のクリアが赤星の足元に入ってしまったのでミスではあるのだが、後ろ体重になっている神垣があの体勢で遠くにクリアをするのは難しい。神垣には精一杯のプレーだったし、彼がクリアしなければやられていたのだから防ぎようがないものではあった。もし防ぎようがあるとしたら出所でもっとプレッシャーをかけられればという気がする。
むしろ、その後のピンチの方がかなりまずい感じがしたが、あれが決まらなかったというのはまだまだツキがあると考えるべきなように思う。この時は残念ながらパニックというか、同点にされたことで精神的に試合に集中できてない様子があったように思う。それでもここを乗り切ったのは大きかった。
ここで試合終了。勝ち点1を積み上げ、18位という順位は変わらないが、YSCC横浜に1の差をつけた。

小さな変化を見逃すな

試合終了後、奈良クラブの選手たちは一斉にピッチに倒れ込んだ。悔しそうにピッチを叩く岡田優希。失点の責任を感じているのかがっくりと肩を落とす神垣をカメラが捉える。落胆する気持ちはよくわかる。ただ、見ていて実はそんなに悪い気持ちにはならなかった。結果を知っていたからだけではないが、よく戦ったように思う。おそらくこれまでの奈良クラブなら負けていた試合だったのではないだろうか。立派に戦ったし、ツキもある。まだ何も終わってはいない。
残留争いは勝ち点の計算ができない。選手たちへのプレッシャーは優勝争い以上のものがるように思うし、この機に及んで順位はほとんど関係がない。対戦成績だとか、これまでの傾向もあまり意味をなさない。もちろん、そういったものを加味して戦術は立てなければならないが、試合が始まってみてわかることというのもある。出たとこ勝負の要素が非常に強い試合がこれからも続くだろう。今日はいろんな意味で相手に風が吹いていた試合だったと思う。それでも一時は逆転し、勝利目前まで近づけたことは、このギリギリの状況においてなお前に進もうとする気概を感じた。
一時期、自分がお世話になった小さな少年サッカーチームでコーチとしてお手伝いをしていたことがあった。この時に学んだことは、フットボールの指導者はゲームが始まるとほとんど何もできない、ということだ。先発メンバーを選び、試合を託す。フットボールは選手が主導権をもつスポーツだから、逐一プレーに指示を出すことはできない。プレーの切れ目でアドバイスを送るが、その時の言葉選びを間違えれば正反対のことを伝えてしまうこともある。ただ、ほどんど何もできないなかで、試合の流れをよみ、ここぞというところで選手交代や布陣の変更で活路を見出す。だからこそ、事前の準備やメンタルコーチングが重要になる。1人の消極的なワンプレーで試合を棒に振ってしまうこともあるのが、フットボールの怖さだ。
試合後の中田監督のコメントからは、そういったフットボールの監督という立場ならではの心境が素直に吐露されているように思う。中田監督はコーチングエリアに出てきて指示を出すとということはしない。常に試合を俯瞰的に捉えて、奈良クラブの足りないところを見定め、次の試合に積み上げている。中田監督は今年何度も見た展開の反復のなかにあっても、わずかな差異に注目しているようだ。

結果は繰り返しで変わっていないと言われたらそうなのですが、逆転できたことなどポジティブに捉えられるところがあります。中身がすこし変化してきました。もっと変化していかなくてはならないのはスタッフ陣の成長やクラブの成長。サッカーを探求していくようなチャレンジ精神がクラブに必要だと思います。

試合後の中田監督のコメントより

今回の試合後のコメントは、僕が感じたことをほとんどそのまま語っておられて驚いた。「またかよ」という気持ちになるのはよくわかる。おそらく現地で僕も見ていたら、同じ感想になったように思う。ただ、この試合はほんの少しだが何かが変わり始めた。以前にも書いた。「大事なことは小さな声で語られる。(村上春樹)」。選手の表情、佇まいには小さいけど、明らかな変化があった。それがもっと顕著になるのか、それが残留に結びつくのか、それはわからない。それでも、彼らが手をこまねいて何もしていないわけではない。試合後のスタッツを確認すれば、「よくこんな数字で一時逆転まで持っていけたなあ」と感心するだろう。つまりは、変化は確実に起き始めているのだ。

見届ける覚悟

この試合で奈良クラブは勝ち点1を得た。この勝ち点「1」の意味を僕たちはまだ知らない。もしかすると、ここで「3」取れなかったことが最後の最後に悲劇として降りかかるかもしれない。しかし、この「1」で首の皮が繋がるかもしれない。この試合の結果を知った上で配信を視聴した僕だけど、このシーズンの終わりを知っているわけではない。冒頭に挙げた『アニメ平家物語』の主題歌、羊文学による「光るとき」にはこのような一節がある。

何回だって言うよ 世界は美しいよ
君がそれを諦めないからだよ
最終回のストーリーは 初めから決まっていたとしても
今だけはここにあるよ
君のまま 光っていけよ

羊文学「光るとき」

「平家物語」には勝者も敗者もいない。平家を滅ぼした源氏も、その後三代で途絶える。誰もが時代のうねりに翻弄されながら、精一杯生きようとあがく様を書き残した文学作品だ。「諸行無常」というのは全てを放棄する態度ではない。良いことも悪いことも相対的に変わりゆく。だから「生きることは無意味だ」と言いたいのではない。むしろ逆だ。悪いことのなかに良いことがあり、その逆がある。大事なことは、見ているなかにある吉兆を見逃さず、希望を捨てないことだ。この試合、奈良クラブにはハードラックな出来事が多々あった。1点目のPKのシーンもファールかどうか怪しいところだし、生駒選手の2枚目のイエローカードにしてもその前の吉村選手のところで相手のファールを取っても良いように思う。失点後に再逆転されそうなピンチもあった。それでも、負けなかった。そう、負けなかったのだ。点差と経過で勝利への可能性を感じられたが、内容自体は負けていてもおかしくないものだった。それでも負けなかった。試合終了後の岡田優希の表情は、これまでのどの試合よりも悔しそうだった。そういうことの積み重ねが最後の最後に効いてくるはずだ。残留争いとは、こういう試合で負けないということなのだ。

「アニメ平家物語」に話を戻そう。物語の終盤、逆らえない運命に対し平家の登場人物たちは覚悟を決める。主人公のびわは、壇ノ浦の決戦に臨む平家の人々にたいしてこのように語る。

「平家の行く末を見届けようと思う。見届けて、祈りを込めて琵琶を弾く。びわにも出来ることが見つかった。」

「そなたらのこと、必ずや語り継ごうぞ。」

「アニメ平家物語」第9話より

私たちは選手ではない。だから、「見ていること」しかできない。びわも逆らえない運命と自分の無力さに打ちひしがられながらも、「見届ける」「語り継ぐ」ことが「自分にできることだ」と悟る。彼女の態度はある意味ではサポーター論に通じるものがある。「見ていることしかできない」のではなく、「見ている」ことそのものに価値がある。

この試合の翌日に行われた”エル・クラシコ”、FCバルセロナ対レアル・マドリーの試合では、バルセロナが縦方向へのロングレンジのパスの有効的な使い方を体現していた。奈良クラブが見習うべき理想の姿がそこにはあった。松本ケンの活用法のヒントが散りばめられていた試合ではあった。が、今回はそういうような比較は行わない。「こうした方が良い」と外から言うのは容易いのだが、現状そういう物言いが有効だとは思わないからだ。それができれば苦労はしてない。それができないから現状がある。「もっとこうしたら」という言い方ではなく、「とにかくスタジアムに行くから、全部終わったらお互いに大変だったねえと言い合おうよ」という声かけの方が、力を与えられると思う。きっと選手にはものすごいプレッシャーがのしかかっている。少しでも軽くできれば、と思う。全て引き受けた上で、それでも試合に臨む選手たちの姿を「見届ける」ことの方が、きっと後押しになると思う。

ロートフィールドで行われるのは残すところあと2試合。シーズン全体でも残り4試合だ。この日の落胆する選手たちのすがたを、僕はあえて目に焼き付けようと思う。そして、歓喜の瞬間を心待ちにしてロートフィールドに向かおう。きっと今期は奈良クラブが強くなるために必要な一年なのだろう。結末なんて誰も知らない。でも、どのような結末になるとしても、それをしっかり見届けよう。この日見せた選手たちの悔しそうな姿を絶対に忘れない。それが強くなるために必要なことなのだろうと思う。

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