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奈良クラブを100倍楽しむ方法#029 第29節対テゲバジャーロ宮崎 ”あるく"

こうやって観戦記を書いていると「書きやすい試合」と「書きにくい試合」がある。「書きやすい試合」というのは、勝敗でななくていわゆる「因果」がはっきりしている展開のものだ。良きにつけ悪きにつけ「こうだったかああなった」というふうに記述できる試合は書きやすい。
この試合は一番書きにくい類の試合だ。因果はそれなりに見えているのだが、最後の失点シーンは何度見直しても納得できない。誰がどう見てもあのプレーは反則だっただろう。騒然とするスタジアムは、それぞれがやり場のない感情を抱え、「どうしたものか」という表情のまま、帰り支度をしていた。私もまだ釈然としない。ただし、試合後すぐに投稿された中田監督のコメントを読んで、ふと我に返ることができた。

技術や戦術の問題ではなく、勝利に値するメンタルにない。相手も必死にかかってくるので、勝つために必要な波や会場全体の機運も、選手・ベンチのスタッフも冷静にフットボールを捉えられていないように思います。

実際、このステージでサッカーをプレーすることを楽しめる状態にないし楽しめていないように思います。これまで何度もテーマに出していますが、「サッカーが出来ることを幸せに感じよう」と選手をはじめコーチグスタッフを含め常々伝えています。押し込まれたり、誰かのせいや、何かの問題にしたり、どこかでそのようなものが出てくる。自分自身で対処していくことをしっかり受け止めてやっていけば勝ちに繋がってくる。それぞれの役割・すべきこと、相手もそれも打ち壊そうとしてくるので技術の部分や冷静に相手をみること。感情にまかせて反応しているようなところがあるので、自分自身を普段から理解すること。これらをやっていかないと、自分自身の反応に対しても人のせいにしているようなところがみられます。

中田一三監督、試合後のコメントより

まさしく、というコメントだ。スタンドのサポーターの反応にまで言及されている。感情の起伏の多い試合だった故に、試合全体の様子が忘れられがちになるが、こういう試合こそしっかりと検証せねばならない。「応援しかできない」サポーターではあるが、その応援の質を高める上でも、この試合をしっかり振り返り、次へと繋げよう。見たいものだけ見る態度では、同じ失敗を繰り返してしまう。不運で片付けてはいけない。

輝く堀内、突き刺す岡田

先発メンバーはこのようになった。前節から比べて、澤田選手が復帰。飯田選手が外れて下川が左へ戻る。登録のポジションでの並びでこのように表記されているが、堀内はこの試合でも左のセンターバックだろうことは容易に想像できた。この2試合同様、3−4−2−1のフォーメーションだろう。
対峙する宮崎は降格圏内脱出を争う当該チーム。ここ4試合を4連勝で急浮上、その原動力になっているのは右サイドの阿野選手だ。前節では強烈なミドルシュートを決めて勝利に貢献している。小柄だがスピードとテクニックを兼ね備えた、南米っぽい雰囲気のする好敵手である。彼をどう抑えるかがポイントだ。
これまでの試合では4−4−2の中盤右サイドを務めることが多かった阿野。利き足が左なので逆足のウィング。タッチラインからペナルティーエリアの角に向かってドリブルし、そこから巻いてくる軌道でシュートやパスを繰り出すプレーが得意である。これにどう対応するのか、なのだが、この試合彼に直接対峙するのが堀内になるので、この日に関しては彼がここにいてくれてよかったと感じる。阿野という選手の特性上、高さでの勝負はありえないので、立ち位置などの駆け引きを仕掛けてくるはずである。そうなると、戦術眼の良い堀内だから、相性としては悪くないはずだという見立てだった。

松本選手の名前プレートも完成!
前のホームゲームではこれでした(笑)

試合開始。入りから阿野の位置が高い。奈良クラブの3バックに対して2トップの橋本、井上に阿野を足した3トップでそのまま当ててきた格好だ。後ろでゆっくり回させないぞ、という確かな意思表示。ただし、これはこれでリスキーではある。というのも、阿野が前に出ることで、下川は4バックの右、松本がそのまま対峙する。そしてここに岡田優希が張り出すと2対1の形になるため、左サイドから殴り放題という噛み合わせになる。事実、開始5分の岡田のシュートは、奈良クラブから見た数的優位を生かした形だ。
この数的優位から序盤は奈良クラブの攻勢で試合が推移。立て続けにコーナーキックを獲得。一度は跳ね返されたものの、拾った下川が右足でクロス、リフレクションに後方から猛然と走り込んだ堀内が右足を振り抜くと、ボールはゴールへと吸い込まれた。奈良クラブ先制!
このまま相手が対応できなければこの試合はこちらのものだ、と思っていたが、宮崎も黙ってはいない。ここから立ち位置を微調整し、攻勢に出る。阿野が堀内に封じ込められているとみると、立ち位置を奈良クラブのディフェンスとミッドフィールドのちょうど間に取らせる。いわゆるハーフスペースというやつだ。大柄な橋本と鈴木をマッチアップさせて、澤田と生駒に右ウィングの井上、サイドバックの辻岡の2枚で崩しにかかる。奈良クラブとしては阿野へのパスコースを切る形で中島が立っているので、彼に対して堀内、中島の2枚を使わざるをえない。ストロングポイントの阿野のサイドを囮にしてまで、井上のサイドから打開しようという作戦にでる。これへの対応に奈良クラブはかなり苦しんだ。苦しい中でも鈴木は体格に勝る橋本をよく抑え込んだ。ここがやられっぱなしになると、元も子もないという中で、彼の体を張った奮闘ぶりは書いておきたい。
保持においては、3バックにはマンツーマン気味に人が当てられているので、ここでゆっくり回してキープという時間が作れない。澤田がパスをミスしてあわやという場面が作られると、余計に後ろがばたつく。そして井上のキレのあるドリブルとスピード。走力でほとんど負けたところを見たことがない生駒がこの日は何度も裏を取られそうになっていた。そうこうしている間に「それを取りますか?」というところでファールを取られ、フリーキックから同点打を献上。試合は振り出しに戻る。(終了間際のことがフォーカスされやすいが、この試合のレフリングは終始安定しない)
奈良クラブは下川が絞って堀内をサポートし、その分中島や神垣が右サイドへサポートに回れるようになったおかげでやや持ち直す。また、左サイドからの展開は依然有効で、宮崎は後手を踏むシーンも見えた。前半でセンターバック黒木と阿野がイエローカードを提示される。攻撃自体は効いているように見える。
これでハーフタイムかと思った前半終了間際、左サイドから奈良クラブがチャンスメイク。宮崎のディフェンスはバタバタした感じでやはりここがウィークポイントだな、と思っていたところ、混戦の中から奈良クラブの選手が抜け出す。「岡田だ!」そう叫んだ瞬間、ゴールを一切見ずに体をひねって右足一閃。キーパーの手を掠めたシュートはサイドネットに突き刺さる。奈良クラブ勝ち越し!沸き立つスタンド。今日こそは!というそれぞれの決意のような叫びに、拳で答える岡田と都並。その興奮も冷めやらぬうちに前半は終了。ハーフタイムを迎える。控室に引き上げていく岡田には大きな声援が送られていた。

そういえばゴールを決めた岡田と堀内は、中断期間に書いた「後半戦のキープレーヤー」の二人ではないか。やはり、彼らが活躍すると奈良クラブは一層輝く。この2ゴールは本当に美しいゴールだった。

後半、永遠の課題

さあ、後半だ。選手の交代はなし。
開始早々、チャンスを作ったのは奈良クラブ。國武、松本と繋いで最後は岡田!入ったかと思われたシュートはゴールキーパーが間一髪触ってコーナーキックへ。それでも期待させるには十分だ。
宮崎も反撃とばかりにシュートを放つが、ビトが跳ね返す。ビトは局面での球際が本当に強くなった。安心して見てられる。

ちなみに、スペイン人ゴールキーパーのマルク・ビトの魅力はボール捌きの良さなのだが、かなり相手を引きつけてからボールを蹴るので、日本人的な距離感でいくと危なっかしい雰囲気を感じるだろう。またたまにそこでミスをしたり、ボールロストしそうになることもあるので、「セーフティに蹴ってくれ」と思う感覚もわかる。が、スペインではあの距離感は「普通」だったりする。日本人がセーフティに蹴る場面で切り返して相手をいなす、というのはバルセロナの選手は本当によくする。ビトは多分周囲が思っているほど危ないと思っていないので(実際に危ないかどうかは別問題だけど)、信じて見守りましょう。

ここで奈良クラブにアクシデント。怪我で中島から森田に交代。ただし、怪我でなくてもこの交代はあったように思う。かなりの運動量を求められるポジションだけに、中島は疲労度も高かっただろう。森田にも中距離のパスの精度という魅力がある。押し込まれても、彼から前線へのボールで打開できる。この交代は悪くない。
ちなみに、奈良クラブは交代で入る選手にサブの選手が全員で激励にいき送り出していた。たまたま今回はベンチ外の選手の近くで見ていたのだが、彼らも大きな声援で送り出していた。これまでは割と静かに見守る感じの雰囲気だったので、この辺りは本当に変わったなあと思う。チームの雰囲気は悪くない。
宮崎は後半の入りは前半と同様だったが、30分過ぎぐらいから選手を交代し、前線への人数を増やしていく。宮崎のスタイルからすると、これは良さを消してでもパワープレーという感じで、怖さはあるものの有効な攻撃とはあまり思えなかった。落ち着いて跳ね返せば大丈夫と思っていたし、中盤がスカスカになっていたので、セカンドボールを奈良クラブが拾ってカウンターというシーンもあった。特に生駒が前線へと走り込んだシーンは、相手がファールで止めたようにもみえた。あとで見返すと、イーブンのようにも見えるが、足が入っているようにも見える。
さて、後半40分。ここから下川の退場、コーナーキックからのドタバタの同点打で試合終了ということになる。この10分間に関しては、個人的な感情がありすぎるので詳細に書くことはしない。が、もしあのゴールが有効だということなら、FC大阪戦での嫁阪のゴールも認められるべきだし、天皇杯での百田のプレーも同様だ。このプレーよりももっとソフトなプレーでもファールだった。宮崎の選手たちは必死にプレーしているので、ああいうふうになることは仕方がない。奈良クラブが逆であってもそうするだろう。ただし、主審や線審がこのプレーをちゃんと追えていたのかは微妙だ。
ただし、後述するように、こういう展開にしてしまったことが課題だとするならば、審判の責任にするだけでなく、自分たちにも矢印を向けなければならない。「それ」と「これ」は切り分けて考えなければならない。
騒然とする中で試合終了。絶対に勝たないといけない試合は、2−2の引き分けで幕を閉じた。

矢印を自分に向けること

冷静に見てみると、確かに熱い試合だったのだが、奈良クラブが試合をコントロールできていたかと言われると、4:6くらいで宮崎の試合だったと思う。宮崎も捨て身の作戦ではあったが、奈良クラブがそれを完全に跳ね返し、相手を打ち破るところまでは持っていけなかった。決めるべきシュートが決まらないというよりも、もっとシュートの場面を作らなければならないし、奈良クラブがボールを握り、支配する時間が必要だ。この試合はそれができなかった。ああいう結末でなければ、引き分けという結果そのものは妥当なのだと思う。宮崎を最大限リスペクトした上で言えば、もしここから上昇していこうとするならば、もっと圧倒的に勝たなくてはいけなかった。そのチャンスはあっただけに、こういう展開にしてしまったことがまずいのだろう。
特に試合の終わらせ方については、フリアンのときからの課題である。これを中田監督はメンタリティが足りてない、というふうに表現した。一番集中力を高めなければならない場面で、力が足りない。これを克服しなければ、これからの成長はない。監督は「試合会場も」と言った。この宿題は僕にも突きつけられているのだと感じる。

この言葉が刺さったのは、言い訳するわけでもなくここでもそういうニュアンスの言葉をたくさん書いた気がする。「内容よりも勝利を」というマインドが間違っていたのではないか、と思うからだ。「とにかく勝ちさえすれば良い」とどこかで思っていた。かなり自覚がある。「とにかく勝ってくれ」と思っていた。それが最後の最後に出たのではないか。だとすると、中田監督という人の見ているものは、僕よりもはるかに遠く高いところにあるように思う。
この記事の冒頭、僕は「因果のはっきりしない試合だ」と書いた。本当か?もしかすると、それは逆ではないか。この試合こそが「因果のはっきりした試合」なのかもしれない。足りないところが全て出てしまったのかもしれない。
強いチームは試合の終盤、ほとんどバタバタしない。そもそも、相手に反撃の機会を与えない。自分たちでボールを握り、相手を走らせるだけ走らせて、反撃する力を削いでしまう。ロングボールにもちゃんと対応し、セカンドボールを回収してゴールから遠いところでキープする。そうやって奈良クラブは試合を終わらせることができたかというと、そうではない。もっとも冷静さを求められる場面で、冷静さを保てなかった。選手が、ではない。自分がだ。自分ができてないことを人に求めるわけにはいかない。

勝ち切ることができないのが、いまのチームの弱さなのだと感じました。失点をした最後のシーンだけでなく、そこに至るまでに何かできたのではないかということにフォーカスしなければいけないと思っています。自分たちの弱さについてもう一度チームで話をし、この試合での学びを生かして次に勝てるようにしていきます。監督が代わり、選手の個性は発揮されている。選手も感情を露わにプレーするようになった。明らかに雰囲気は変わっている。だからこそ、それをどう使うのかを考えないといけない。

堀内選手の試合後のコメント

次節に向けて切り替えることは大切だが、この試合を忘れてはいけない。何がどう駄目だったのか、何が有効で何が足りていなかったのかを今一度検証する必要がある。でないと、今シーズン仮に残留が叶ったとしても、同じ問題を抱えたままだと、同じことがまた必ず起こる。どこかでそれを変えていかなければならない。変えるなら、今ここで変えよう。見ている方も、どういうものを要求するのかを考えないといけない。

「楽しむ」とは?

しかしながら、中田監督はすごい。ここで「楽しむ」というキーワードを出してきた。大人になると「楽しむ」ことが苦手になる。「あれをやってこれをやって」とか「これに勝てば」とか、つい先のことを考えてしまう。中田監督は「サッカーが出来ることを幸せに感じよう」と語った。そう、もちろん降格が怖いとか、勝ってほしいとか、色々あるけど、今を楽しもうではないか。
「楽しむ」ことは、「楽をする」ことと混同されがちだ。「楽しむ」ことは結構大変だ。ちゃんと「楽しもう」と思うとそれなりに準備をしないといけないこともある。お金もかかる。体力もいる。そして、なにより、その瞬間だけに意識をフォーカスしないといけない。これが難しい。難しいけど、僕たちの記憶の中にはちゃんと「楽しんだ」ことが残っているはずで、そのときのように振る舞うことでそれに近づけるのではないかと思う。
この夏に公開された山田尚子監督の映画「きみの色」は、高校生のバンド活動をテーマにした作品だ。山田尚子監督でバンド活動といえば名作中の名作「けいおん」シリーズがあるが、提示の仕方は変わっても、テーマは同じだった。「今を楽しめ!」というメッセージは時代が変わっても、全くぶれなかった。むしろ、当時よりも「楽しむ」余裕がないなかで、それでも「楽しむ」ことをちゃんと主張しているから、意義は高いのかもしれない。

灯りを燈すの 誰かの夢
ここにある時とふれる鼓動は
途絶えず芽生える しずかな解放

しろねこ堂「あるく」

この日は連れて行った長女が、普段よりも感情を解放して非常に怒っていた。「え?そんな奈良クラブ好きだったっけ?」と思ったが、試合中もゴール裏のコールに乗せて声を出し、声援を送っていた。試合終了のキレ散らかしようまでふくめて、総じて彼女は楽しそうだった。「またスタジアムに連れて行ってほしいと」言われるとは思っておらず、なにか感じるところがあるのかもなあと思う。そういえば、富山戦は隣で「おお、ゴール前3人作戦が効いている」などと、変化についても敏感に対応していた。
自分のところだけでなく、ロートフィールドは本当に子供達が多い。彼らの存在がこの雰囲気を支えている。子どもたちのリアクションには、いつも「あるべき姿」というのを教えられる。「明日の仕事が〜」という打算をせずに(しますけど)、精一杯応援をする姿勢は、とても尊いものだ。

そういえば、この連載のタイトルは「奈良クラブを100倍楽しむ方法」だった。「楽しむ」と言いながら、本当に楽しめていたのか?目の前の試合に、プレーに集中できていたか?「誰かに何かを言う前に、お前がちゃんと楽しめよ」と、子どもたちに教えられているような気がする。まだまだ、僕たちも成長できるはずだ。

ゆっくり歩け、たっぷり水を飲め。まだ何も終わってはいない。

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