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奈良クラブを100倍楽しむ方法#027 第27節対カターレ富山 ”Go Let It Out!"


愛ゆえの決断、さらばフリアン

9月4日のプレスリリースで、フリアン監督の解任が奈良クラブから発表された。JFLからJ3昇格の立役者でもあり、奈良クラブのファンなら人一倍思い入れのあるフリアン監督である。今シーズンの苦しい戦いぶりからも、「フリアンではない道」を模索するような声もあったが、中断期間を経ても監督の交代は発表されなかった。僕はそれゆえ「どうあってもフリアンと今シーズンを戦うのだな」と思っていた。
最終的なきっかけは前節今治戦の大敗だろう。中断明けの2試合も結果が出なかったわけだが、これほどの大敗では「もはやこれまで」ということか。こんなファンの端くれであってもフリアン監督との別れはかなり辛かった。濱田社長の胸中を察するにあまりある決断だったろうと思う。かなり痛みの伴う決断とともに、奈良クラブは再スタートを切った。

新監督は中田一三さんと発表された。かつて京都パープルサンガを指揮していた方だ。その当時の映像なども探せばあるのだろうが、今回はそれらを一切見ずに、真っ白な気持ちで彼の見せるフットボールに向き合おうと思い、前準備はしなかった。監督の交代、それは奈良クラブの価値志向的なフットボールを一旦封印してでも、なりふりかまわずに残留、あるいはプレーオフまで戦い抜く覚悟の現れだと受け取った。ならば、その決意は目の前で見届けなくてはならない。我が家は長女も「行くしかない」と意気込み、スタジアムへと駆けつけた。
相手は今年に戦術的にかなり高度な応酬を繰り広げ、お互い殴り合った上での引き分けとなった、カターレ富山。彼らは昨年本当にわずかな差で昇格を逃している。彼らのこの試合の目的は「最低でも勝ち点3」。あくまで自動昇格の2位を目指す富山にとって、監督交代をしなにをしてくるのかわからない奈良クラブは、やや不気味に写ったはずだ。
日中は真夏のような暑さにも、日が傾くと少し秋の気配も漂うロートフィールドは、不安や期待などがごちゃまぜになった感情の渦のようなものが感じられた。試合前に中田監督はゴール裏へ挨拶に行っていた。その意気込みは頼もしくもあり、「ああ、もうフリアンではないんだ」というような郷愁めいた感情もありで、僕自身も整理がつかない中で、キックオフの時間を迎えた。

新生、奈良クラブ

さあ、再スタート

注目のスタメン。誰が見ても3バック。生駒、下川を加えた5人で5レーンをケアする。あとのメンバーを見ても、最近Jリーグでトレンドの3−4−2−1の陣形だろうことは予想できた。なるほど。中田新監督は陣形から変えてきたわけだ。
フットボール業界にはその時々でトレンドなる言葉があるが、いつからか5レーンという縦方向でのフィールドの分割が分析の場で用いられるようになった。それまでは「アタッキングサード」とか「バイタルエリア」という呼び方で、横方向での分割が主だったのだったが、サイド攻撃の重要さが増したことで、縦方向での捉え方が重要になったということだろうか。3−4−2−1の陣形は、非保持のときは5−2−2−1の形になるので、事実上5バックだ。どれだけ攻撃的なチームでも、前線に5人以上並べることはないので、相手がどこであろうと、初期設定でディフェンスが足りなくなるということはない。フリアン体制では常に4バックだったが、特に今治戦で顕著であったように、奈良クラブのサイドバックとセンターバックの間のスペースに入ってきた相手を、隣のセンターバックが対応するとその分そこにスペースができ、そのスペースに相手が入ってくるので対応が後手に回るというシーンが多くあった。また、それを防ぐためにラインを高く上げると、今度は鳥取戦や北九州戦のように裏抜けされての失点ということもあった。こうして考えてみると、バルセロナ方式を採用する、本家バルセロナだったり、マンチェスターシティのセンターバックやサイドバックは、かなり広大なスペースをケアしていることがわかる。彼らは前提として、1対1には絶対に負けない強さと、横や後ろのスペースをケアするためのかなりの走力が要求される。さらにポゼッションのためのパスワーク、ビルドアップと役割は多岐に渡り、タスクはめちゃくちゃ多い。そこを整理するための5バックの採用ということだろう。これにより、一人一人の役割が明確化された。

このシステムで躍動するのが伊勢選手だ。対面するマテウス・レイリア選手に空中戦ではほぼ完勝。両サイドの澤田、鈴木選手のカバーリングも完璧にこなし、存在感を見せつけた。北九州戦でも、彼の集中力は高かった。もし奈良クラブに伊勢がいなかったら、あの試合はもっと大差で敗れていただろう。
それだけでなく、この日の彼はいつもよりも大きく見えた。「絶対にゴールは割らせない」というある種の覚悟のようなものがどのプレーにも見え、それが各選手へも伝播していったように思う。それほど、この日の彼は充実していた。JFLの時から彼のプレーを見ているが、この日がベストだったのではないだろうか。
後ろが安定することで、逆にディフェンスラインを自信をもって上げることができる。誰が誰をマークするのかが明確だし、必ず誰かが余るように組み合わすことができるので、ズレることがない。前半に関しては、「危ない」と感じるシーンはほぼ皆無だった。また、給水タイムでは鈴木選手が積極的に声を出して、修正点を出し合っていた。どちらかというと静かだった奈良クラブのベンチの雰囲気も一変したように感じる。濱田社長が事前にポストしていたとおり、チームの雰囲気は確かに変わった。

攻撃面においては、松本選手のポストプレーを軸とした縦に速い攻撃に完全にシフトチェンジだ。彼のところで空中戦に勝てるので、落としたボールを収めて堀内や神垣がキープ、そこでできた時間で両ウィングバックが上がる時間ができた。無理をして前に上がっているわけではないし、もしボールを失っても、ボランチとセンターバックの2枚がケアしているので、ここを破られてもディフェンスが破綻することはない。
サイドでポイントと作り、センタリングを伺うか、今まで散々奈良クラブがやられてきたサイドバックとセンターバックの間に岡田や國武が走り込み、何度もチャンスメイク。惜しくもゴールにはならなかったが、このやり方を続けていけばかならずゴールは奪えるという確信のようなものは全体でも感じたはずだ。
また、後ろが安定したことで堀内に自由が生まれ、かなり自由に動き回ることができるようになった。フリアンのシステムにおける堀内の役割は「真ん中からあまり動かないこと」なので、彼が飛び出していくのは「ここ」という場面に限られていた。この試合の彼の活動範囲はかなり広かったように思う。堀内は時折、前線まで飛び出してプレスをかけ、ボールを奪い取ろうとするシーンがあるが、この日はそれがとても多かった。また、ペナルティエリアのすぐ近くからラストパスを狙うシーンも何度もあった。
まとめると、システムでの一体感ではなく、個々人の能力の最大値を集結するような方針へと転換したということだろう。この変化はとても大きい。

前半は優勢に進めた奈良クラブだったが、かならず後半に修正してくるのがカターレ富山というチームだ。案の定、前線の枚数を増やし、ウィングバックの上がった後ろのスペースをしつこく狙い始めると、形勢はイーブン、もしくは富山ペースになる。特に注目していた碓氷選手が出てきてからは、前線でのポイントがマテウスだけではなくて複数できたことで、富山はかなり前がかりになっていた。碓氷選手は初めて生で見るが、画面で見るよりもかなりでかい。嫌な予感が脳裏によぎる。ダメだ、見ている方が怖気付いてはいけない。
後半の飲水タイムのあとあたりから何度も決定機を作られるが、この日はマルク・ビトが大当たり。ことごとくシュートを止め、ポストにも救われた。富山の選手はなにか魅入られたように、ビトに向けてシュートを「打たされている」ような感じがあった。この雰囲気は知っている。これは奈良クラブのもう一人のゴールキーパー、岡田慎司選手の持ち味だ。岡田慎司選手の一対一の強さといったら、奈良クラブのファンなら何度も神がかり的なシーンを見ている。岡田とビトはなんと同じ誕生日で、いつも彼らは切磋琢磨しながら練習に励んでいる。今年で岡田選手の足元の技術もかなり上がったのは、ビトのアドバイスがかなりあったと推測する。逆にビトの弱点だった球際の弱さについては、岡田選手から得るものも多いのではないだろうか。どちらが出ても遜色ないくらい、奈良クラブのゴールキーパーのレベルは高い。

お互い「負けられない」という意地と意地のぶつかり合いは、その熱量の多さとは裏腹に0−0、スコアレスドローに終わった。試合後のスタジアムには、「負けなかった」という安堵と「勝てなかった」という落胆の気持ち、そして、「それでも前を向いて行こう」という一握りの希望を感じているように見えた。

これからのために

非常に闘志のこもった試合だっただけに、「このまま突っ走れ」と言いたいところだが、そのためにも課題は明確にしておかなくてはならない。残留、さらにはプレーオフ圏内まで高く高くジャンプするためには、何を引き受け、何を求めるのかが大事になる。
センターバックを3人にしたということは、どこかの人数が削られたということだ。奈良クラブでいうと、右のウィングが削られた形になる。その分、生駒選手の走力に依存することになるが、後ろを気にしなくて良くなった分彼が不安なくオーバーラップしている様子は迫力があった。
ただし、これまで奈良クラブには「奈良クラブ」の形があり、横方向へのパスワークとサイドからの切り崩しが売りだった。「この形で得点をするんだ」という明確な意図のもとにチームがデザインされ、選手たちにも共通に理解されていた価値観、一体感があった。それがちょっと背伸びしたものだったから、奈良クラブは成長できた。それがフリアン監督がもたらしたロマンチズムだった。
3−4−2−1の陣形になると、悪くいうと「攻める担当」「守る担当」というふうに分けられてしまい、特に攻撃においては2のインテリオールと1のセンターフォワードの個人技への依存度が高くなる。この陣形をとるチームが前線に大枚を叩いて外国人選手を揃えている理由はそこにある。チームとして機能しなくても、彼らの個人技で局面を打開することができる。後ろに枚数を割いているので仕方がない面もあるのだが、それがあまりにも行き過ぎると、奈良クラブが目指してきたフットボールとは程遠いものになる可能性もある。特に奈良クラブはユースから同じシステムで育成することを強みにしている。バルセロナ方式というのは、フォーメーションが同じであり、ここのポジションの役割が明確にされ、誰がどこで出てもその役割を忠実にこなすことで結果を出すことをいう。属人的要素を極力廃し、「チーム」という全体性をもって相手に戦いを挑むのだ。トップチームだけがこのフットボールをしないというのは、チーム全体の方針にも拘る。ここについては、これからどのように解決していくのだろうか。
本家バルセロナで起きたことを振り返ろう。陣形は違うが、ルイス・エンリケが率いていた頃のバルセロナにはMSN(メッシ、スアレス、ネイマール)という強力な3トップがおり、彼らの個人技で相手を粉砕していた。彼ら頼みにならなかったのはイニエスタやセルヒオ・ブスケッツ、ジョルディ・アルバといった彼らにも負けないテクニックがある選手がいたからで、普通のチームなら「3人に攻めてもらってあとは守ろう」となるはずである。そして、彼らへの依存度が増したチームのなかでネイマールが抜けただけで、バルセロナはかなり苦労を強いられた。また、先にあげた選手たちのキャリアがピークを迎えていたことも無関係ではない。今期はやっとそのスパイラルから抜け出そうな雰囲気があるが、ここまで引きずったという事実は見過ごせない。あの中でもリーグ優勝を勝ち取ったチャビの手腕はもっと評価されて良いと思う。そう、この陣形はその時は良いのだが、個人への依存度を上げすぎると思わぬ副作用をもたらすことがある。
打開策は2点だ。まずはこの陣形を洗練させているサンフレッチェ広島に習うことだ。彼らはユースからこの陣形で統一しているようだし、誰がどこにいるかをほぼ全員が把握している。前線の枚数の足りない分をどう補っているかというと、センターバックのインナーラップだ。両ボランチはできるだけ真ん中をキープし、その脇をセンターバックが上がり擬似サイドバックのようにして中盤より前の枚数を増やす。そのカバーリングをボランチがする、というような循環ができれば、個人への依存度は下げることができる。ただし、この連携の実現にはかなり時間がかかるので、まだまだ奈良クラブができるとは思っていない。ただ、富山戦では前半に一回、鈴木がボールを中盤まで持ち出すシーンがあったし、後半ではそのスペースを神垣がしっかりカバーして下川の後ろをケアしているシーンもあった。このあたりはやっている選手たちの中での感触もあるはずだ。選手同士の精神的な距離感はとても近いチームなので、リスクの取り方を含めてもっと洗練できれば、もっと多彩な攻撃が見られるように思う。つまり、陣形ではなくてプレーの方針においてトップとユースを繋ぐ、という考え方で解決するという方法である。現実的にはこれがベストだろう。
もう1点は選手起用だ。前半は松本選手の高さを武器に前へ前へと攻め込んだ奈良クラブだが、嫁阪選手に同じことを求めるのは難しい。しかし、嫁阪には左足の精度、シュートセンスといった彼ならではの魅力がある。ならば、例えば嫁阪が出場するときには偽の9番として中盤まで降りてきてもらい、その横を田村や岡田優希、西田が2トップ的にゴールを狙うという形もあるように思う。おそらく、松本が先発し控えにパトリックというのが自然な流れなのだろうが、展開においては嫁阪の1トップも十分に効果的だ。「だれが出ても同じように」ではなく、むしろ彼らの良さを最大限発揮できるような形もあって良いだろう。相手に合わせてうまく組み合わせを変えることで、どんな相手からでも点が取れるようになることを期待している。

「等身大」の奈良クラブ

ということで、いくつかこれからのことを書いたが、それでもこの日のロートフィールドは熱量がすごかった。アウェー席で見ていた人からもそれは伝わったようで、ホームの圧力を感じたそうだ。
一番印象に残っているシーンは、実はゴール裏の通称「アッコちゃん」の様子だ。コールリーダーの掛け声から「アッコちゃん」の前振りが始まると、特に子供たちが「こうしちゃいられない!」「いてもたってもいられない!!」ばかりとに駆け寄っていき、集団のサイズが二回り大きくなる。そして始まる奈良クラブ名物「アッコの舞」。よくよく見ると、名物サポーター遣唐使の周りはたくさんのキッズに溢れている。そう、この感覚なのだ。「こうしちゃいられない」「いてもたってもいられない」と思ってスタジアムに来たサポーターは多かっただろう。選手たちの集中力が最後まで切れなかったのは、間違いなくゴール裏をはじめとするロートフィールドに駆けつけたサポーターの熱量だと思う。ある意味ではJFLへの昇格を決めた試合よりも、高い熱量を感じた。おかげでメインスタンドでもかなり声を出して応援してしまった。迷惑だったら申し訳ない。この試合においては、声を出さないという選択肢はなかった。
試合を終えてゴール裏に挨拶を終えた選手たちは、その後メインスタンドでも一列に並び歓声に応えていた。勝てはしなかったが、その表情は「自分たちはまだまだやれるんだ」という覚悟が見えた。まだまだ、勝負はこれからなのだ。

試合後の鈴木選手のスピーチはそれを証明するには十分だった。「たくさんの人のおかげでJリーグの舞台に立てた。それを自分たちで手放すわけにはいかない」と、いつになく力強く語っていた。

Paint no illusion, try to click with whatcha got
Taste every potion 'cause if yer like yerself a lot
Go let it out, go let it in, go let it out

(幻想を抱くな、今持ってるものでなんとかしろ。
あらゆる薬をためしてみろ、だってお前はお前が好きなんだろ
さあ外に出せ、さあ気を込めろ、そして吐き出せ)

「Go Let It Out」Written by Noel Gallagher

まだまだOasisの再結成祭り真っ盛りな脳内、この試合はもちろん車のエンジンをかけるとともに「Fuckin' In The Bushes」を爆音で流したのはいうまでもない。この曲は「Standing on the Shoulder of Giants」(このアルバムタイトルは鈴木選手のスピーチにリンクしてぞわっとした)という名前のアルバムの冒頭曲でもあるのだが、シングルカットされて先行リリースされたのが「Go Let It Out」だ。このアルバムはオアシスの初期メンバーが入れ替わり、新メンバーを迎えてのレコーディング、そのなかでもしっかりOasisらしい作品に仕上げてきたというところで、僕がとても好きなアルバムだ。この曲の入りはこんな感じだが、サビの部分はもっとメッセージ性が強い。

Is it any wonder why princes and kings
Are clowns that caper in their sawdust rings
Ordinary people that are like you and me
We’re the builders of their destiny

(王女様や王様がおがくずの舞台を飛び回るピエロだって不思議じゃないだろ?
だって、俺やお前みたいな普通の人間たちが、時代の担い手なんだから)

同上

フリアン監督は去り、新しく中田監督を迎えた奈良クラブ。価値志向型の、夜空の三日月をつかもうとするような、ロマンティックなフットボールはひとまずお預け。フリアンの「こうありたい」と高く高く志を持つフットボールが好きだった。正直、それは今でも変わらない。地元の奈良で、まさかバルセロナのようなフットボールが見られると思っていなかった。監督の名前を出身地を見てすぐに納得した。このクラブは本気で、バルセロナを目指していると思った。その思い出は唯一無比なものだ。最後がどうであれ、フリアンが名将であるという評価は僕のなかでは変わらない。
中田監督の率いる奈良クラブは、一言でいうと「等身大」だろうか。「こうありたい」ではなく「俺たちは俺たちだ」と主張を変えた。かなり大きな変化だが、この日のフットボールも、確かに「奈良クラブらしさ」に溢れていた。試合開始後すぐに、なぜか「これが奈良クラブだ」という決意のようなものを感じたのだ。岡田優希の切れ味あるドリブル、堀内のパスセンスやターン、澤田の献身的なディフェンス、下川のクロス、本文に書き切れなかっただけでも、この日の奈良クラブの選手たちの良さは確かに溢れ出ていた。それは紛れも無い事実だ。
以前書いた、ご近所のフットボールがめっちゃうまい兄ちゃんたちの、意地と情熱と根性にあふれたフットボールだ。僕たちと同じ地平の「等身大」の人がJの舞台で戦うというロマンのために、彼らは最後まで戦い抜くだろう。その様子を、しっかりと間近で見ていきたい。道は続く。

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