奈良クラブを100倍楽しむ方法#024 後半戦展望 ”Whatever"
90年代の英国を代表すバンドのオアシス。このバンドを知っている人なら誰でも知っている、CMにも採用されたこともあるので聞いたことのある人も多いだろう名曲の「Whatever」はこんな歌詞で始まる。
オアシスの楽曲のコード進行は全く難しくない。非常にシンプルなコードでほとんど曲を弾くことができる。FとかBのバレーコードさえクリアできれば、あなたもオアシスだ。そんなシンプルなコードで構成されているというのに、どの楽曲も胸を鷲掴みにするような、「このメロディしかない!」というところを突いてくる。オアシスの楽曲をほとんど書いていたノエル・ギャラガー(彼は熱心なマンチェスター・シティのファンだ)にしてみれば、ここで歌われているとおり、何をするのも自由だったのだろう。
奈良クラブにおけるノエル・ギャラガーのような存在といえるのが、今回中心に取り上げる堀内選手だ。彼こそが後半戦のキーマンと言える存在である。古い言い方をすると、彼が奈良クラブの「司令塔」だ。しかし、それは役割においてである。ポジションではない。
いっとき、日本では「司令塔」なるポジションの呼び方があり、それは「トップ下」と同義だった。中田英寿、中村俊輔といった当時のスター選手のポジションもそこだったことも無関係ではない。また、セリエAにはまだギリギリ「ファンタジスタ」という10番タイプの選手がいたこともあり、「攻撃を組み立てるのはトップ下の選手だ」というのが日本のフットボールの理解だった。実はその頃からバルセロナ的な中盤の後方からのビルドアップというカルチャーもあったし、4−4−2でのチーム全体での押し上げ戦術もあったのだが、チーム戦術よりも個人の技術に注目しすぎる日本の風潮もあり、主流にはならなかったように思う。
グアルディオラとレドンドがリーガで活躍し、ピルロもポジションを下げることで新境地を開拓。グアルディオラが監督になってからはブスケッツやチャビ・アロンソといった最終ラインの前でゲームを作る選手が増えたことで、「司令塔」=「トップ下」というような言い方は日本ではされなくなったように思う。さらに、クロップが「ゲーゲンプレス」を編み出して以降は、誰かにボールを集めるという戦術自体が、自分で自分の首を絞めるようなことにもなり、特殊なチーム以外は特定の選手にボールを預けるというような極端な戦術は取らなくなった。それはそれでノスタルジックな感情に囚われるところもある。この先、90年代のコロンビア代表のようなチームを見ることはないのだろうか。
サッカーIQとは?
少し話が横に逸れたので、堀内選手についての話を進めよう。彼は間違いなく奈良クラブの「司令塔」だ。ただ、彼は華麗なドリブルをするわけでもないし、強靭なフィジカルを見せつけたプレーをするわけではない。自身のプロフィールでも書いている通り、彼の特徴は「サッカーIQの高さ」である。では、サッカーIQとは何か?それは「ここ」というときに「ここ」という場所にポジショニングし、完璧な正確性でボールを送り届けること、これだけだ。
フットボールというのは攻撃と守備が流動的に入れ替わるスポーツなので、正しいポジションというのは毎秒毎秒で入れ替わる。正しいポジションに最短距離で移動し、正しいポジションを取る相手にパスを出す。書いてみるとこれだけだが、このプレーがいかに難しいかは、少しでもプレーしたことのある人ならわかることだろう。これがサッカーIQだ。
おそらく、彼は望むなら全てのポジションでプレーできるはずだ。とにかくピッチ全体が彼にはよく見えている。「見えている」というのは視覚的に捉えているということだけではなくて、視野に入っていなくても誰がどこにいるのかをほとんど把握しているという意味だ。「見えている」のでどこにいても「ここにいたら良い」という判断ができるし、さらにその判断が早い。今年はアンカー、右サイドバック、左センターバックと三つのポジションでプレーしているが、役割はどこにいてもほとんど同じだった。彼の持ち味を最大限に引き出すためには中央に近い方が良いわけだが、ポジションがどこであろうと、やっていることは変わらない。どこにいても違和感がなく「堀内らしいなあ」という振る舞いをすることができる。まさに、「一家に一台」というキャッチフレーズのとおり、彼の陰日向に関わらない活躍によって、奈良クラブがチームとして成り立ってきたような印象を受けている。
良いプレーヤーは空間だけでなく、時間もコントロールする。こんなプレーが決まるとき、スタジアム全体が時間が止まったかのような雰囲気になる。今シーズンにスタジアムで目の前でみた「時間が止まった」瞬間は、厳選して3回だ。天皇杯京都産業大学戦の最後の鈴木選手のヘディングシュート、FC大阪戦での岡田慎司選手のスーパーセーブ、そしてYSCC横浜戦での堀内選手のスルーパス。彼がどれだけすごいかを、いくつかのシーンを取り上げて解説してみよう。
ピックアッププレー① 対YSCC横浜
まずは目の前で見たプレーということで、YSCC横浜戦の田村選手のゴールをアシストしたプレーを見てみよう。鈴木選手のロングボールを収めた國武選手が堀内選手へ短いパスを送る。まずはここの動き方だ。
動画をよく見てほしい。國武がボールを受けた瞬間、堀内は一旦下がるようなそぶりを見せる。つまり國武からの”落とし”をもらうようなフリをする。これに横浜の選手が釣られて國武と堀内の縦のパスコースを消そうとポジションを変えたところ、堀内が猛然と前線へダッシュ。そこにボールが通るというシーンだ。
堀内が2歩後ろに下がり、そこから前に出るだけで横浜のプレスは完全に無効化され、6人の選手が置き去りにされている。これが「いつ走るか」というプレーだ。ほんの数秒、数歩の動きだけで、試合展開を作ってしまうのが堀内だ。
そして田村へのスルーパス。これもダイレクト、つまりトラップをせずに走ってきたそのままの勢いで前のスペースに流し込んでいる。トラップもできたはずだが、それをするとタイミングが遅くなるのでややボールを流し気味にキープしてからのキック。この辺りの時間の使い方は堀内ならでは。なんとなくやっているように見えるが、振り返ってみるとそれは必要なプレーだったことがわかる。そう、彼のプレーには無駄がない。
ここでのゴールキーパーの飛び出しは完璧なタイミングだが、田村はコントロールしてキーパーを交わしてシュート。ただ、堀内のパスは「多分キーパーが飛び出してくるだろうから、ワンタッチ目で交わしてシュート打ってね」というようなメッセージを感じるようなスピードとコースだった。田村はその「思い入れのあるパス」の思いの通りにプレーするだけで良い。「だけで良い」と言ったが、かなり高度なプレーであることも付け加えておく。
おそらく、堀内は最初のバックステップの時点でここまで読んでいる。もちろん、他の選択肢も考えながらだろうが、思った通りの流れで得点にいたる流れをデザインしている。
見ている方としては、堀内のこのパスに関しては、最初は「誰に蹴ったの?」というくらい、キレとスピードが速すぎて追えないのだが、田村が走りこんできた瞬間に鳥肌が立つような感覚を覚える。おそらく、見ている方は全体的にそんな感じなので、堀内のパスが出た時はスタンドのファンの反応はほんの少しだけ遅い。「僕はわかってるぜ」っていうこともなく、堀内だけは本当にわからない。なので、「むむ!?」という一瞬の間がある。あの一瞬の間と、「そこを狙っていたのか!」という解放された瞬間のカタルシスと言ったら、他には味わえないものだ。
ピックアッププレー② 対FC琉球
次は記憶に新しいFC琉球戦での、先制点の場面だ。これも堀内の魅力が詰まっているプレーである。
中島が最終ラインまで下がってきて擬似的な3バックを形成し、そのおかげで少し前に出た堀内はほぼフリーである。彼を見るべき選手は下川や岡田が引っ張っているので、フォワードがプレスに行くのだが甘い。これくらいの距離感なら堀内には「いないも同然」の状態だ。
おそらく琉球としては岡田にボールを出されるのが最も警戒すべきプレーだったので、そちらへの気持ちが強かったのだろう。中央へのパスコースを警戒するようなポジションをとっている。それを察して岡田は囮のための動きで最終ラインの裏を狙って走る。これでラインが下がるので、オフサイドは取れない。そして堀内は「岡田に出そうかな。それともドリブルで運ぼうかな」というどっちともとれないキックフェイントをしかける。これに引っかかったのが琉球の右のウィングバックだ。体を反転して正面を堀内の方に向けると(おそらく岡田にパスが出た時のヘルプを考えている)、ここで堀内のパスが発動し、下川へと決定的なパスが通る。その後岡田がクロスを合わせて得点となる。
この堀内のパスについては、2点凄さを挙げておきたい。まずは下川へのパスを選択したことだ。ただし、下川はこの画面には映っていない。つまり、カメラマンも下川の存在にほとんど気付いていない状態ということだ。ほぼ全員が中央の岡田やパトリックを気にしているなか、堀内だけが下川へのパスコースを見ていた。
2つ目はパスを出すタイミングだ。普通だと、中島からもらってすぐに出したくなるところだが、彼はほんの数秒キープした上でパスをする。この数秒で相手を自分に引き付けるだけ引きつけた上で、「ここ」というタイミングでのパスだ。しかも、パスを出す瞬間に下川は相手ディフェンスからは死角になるタイミングなので、マークすることができない。ほんの数秒なのだが、彼はボールと空間、そして時間をコントロールするので、その一瞬が決定的なものになる。なかなか、こういう選手を間近で見れることはない。
今シーズン、J3の対戦チームのなかでも、フィジカルに優れていたり運動量で素晴らしい選手はいたが、堀内のような選手は見かけなかった。それぐらい、彼のフットボールIQは高い。一番敵に回したくないタイプの選手だ。
シンプルなプレーをするということ
両方のプレーとも共通するのは、インサイドでのパス、そしてタイミングの秀逸さである。インサイドパスというのは、フットボールを習い始めると一番最初に教わる技術だ。最もシンプルなプレーである。しかし、シンプルなプレーというのは簡単なプレーということではない。その気になれば誰にでもできるプレーを、誰にもできないタイミングと正確性で発揮する。これがシンプルなプレーの意味であり、堀内の真骨頂だ。
前回の岡田優希選手の魅力を伝えるなかで、「接続/切断」と「ボール有/無」という4象限から考えるという整理の仕方をした。堀内選手に関して言えば、どの象限にいても力を発揮できる凄みがある。彼はどんな環境でも自由にプレーもできるし、どんな状況でも最適解を編み出すことができる。まさにこうしたプレーのできる選手を「司令塔」と呼ぶにふさわしい。
堀内の縦パスに関して言えば、彼のパスは「切断」でもあり「接続」でもある。堀内選手が、北斗の拳が経絡秘孔を突くように、正確で無慈悲なパスをどれだけ出せるかが後半戦のポイントになる。
FC岐阜戦でのレビューでも述べたが、センターバックという名目の堀内だが、半分はアンカーでもある。彼が1mでも前に出て縦パスを送ることができるように後ろの組み方を工夫する必要がある。彼と前線とのつながりが確保できれば、相手を釘付けにできるのでラインをあげることができなくなる。そうすると奈良クラブも押し込まれることがなくなり、両ウィングに高い位置を取らせ自分たちの目指すフットボールを表現できる。FC琉球戦で見せたような中島が最終ラインに加わるダウン3であったり、森田とのコビネーションで性格なロングボールで相手の背後を狙い続ける作戦であったり、奈良クラブの持っている選択肢のなかで、相手に合わせて選択していくことが必要だろう。また、彼の相棒となる鈴木選手の安定感、集中力、牽引力がここ数試合非常に高まっていることも、堀内をあの位置に置いておける根拠でもある。成績は振るわないかもしれないが、個々人の能力は確かに上昇していることには一定の手応えを感じても良いはずだ。
好きなことを好きなように
奈良クラブの前半戦総括、後半戦への展望という自分なりのまとめを2回に分けて書いてきた。ここでは岡田優希選手、堀内選手の二名を中心的に書いてきたが、結局のところ他の誰でも同じ結論になる。楽しんでプレーをすれば、自ずと勝ちがついてくるはずだ。
奈良クラブは約束事の多いチームだ。新加入の選手は、まずはここで順応を迫られる。良い選手であればあるほど、この順応には得てして時間がかかる。今期加入した下川選手のように、いきなり大活躍というのは本当にレアケースだ。
ただ、そうしたシステムがあることを前提とした上で、奈良クラブの選手には自由にプレーをしてほしい。ドリブルが得意ならドリブルを、パスが得意ならパスを徹底して見せつけてほしい。前半戦のよくない時期は、チーム全体にどこか萎縮したような傾向があり、「正しいプレーをしよう」「間違えないようにプレーしよう」という消極的なところが見られた。それでも前に出ようとする頑張りも伝わってきたが、最初からそれを見せつければ良いと思う。選手一人一人の魅力は、大宮やJ1のチームにも決して見劣りしない。個性的な選手が揃っているのが奈良クラブだ。しかも、チームのプレースタイルも独特だ。今期何度も同じことを書いているが、現実的に勝ち点を取りたいのであれば、理想的なフットボールを徹底することだ。ハマった時の爆発力は琉球戦で証明している。あの沼津でさえ、奈良クラブの攻撃には、相当の対策をしてきていたし、それでも後一歩のところまで追い詰めることができた。奈良クラブのプレーに自信を持ってほしい。それでは、「Whatever」の最後のフレーズで今回の記事を締めよう。
また次回予告
次回は鳥取戦のレビューになるはずだったが、今回奈良クラブ主催のイベント「吉野郡川上村「家族の森プレゼンツ」林業学習・BBQイベント」に当選させてもらい、長女と参加をした。その時に伺った林業のお話が大変興味深かったため、「特別編」として近日中にまとめるつもりだ。奈良県の、ひいては日本の林業の陥った問題と、フットボールの選手育成の課題に同じ構造を感じた次第である。これもどこまで伝わるかわからないが、自分なりの忘備録という目的もあり、言語化してみようと思う。