
奈良クラブを100倍楽しむ方法#043 第3節対 松本山雅FC -the Doors- "Break on Through (To the Other Side)"
あとで振り返った時に「あの試合がきかっけだった」とわかる瞬間がある。「人間万事塞翁が馬」とはよく言ったものだ。悪いことは良いことのきっかけになり、良いことは悪いことの前兆でもある。
先週のカマタマーレ讃岐戦は、スコアとしては0−2、ただ奈良クラブの良さがほとんど出ないままに喫した敗戦だった。端的に言って完敗だ。この敗戦を受けて、事前の監督のポスト、あるいは前日会見の内容は「この敗戦を糧にふっきれた。自分たちの良さを全面に出すフットボールをお見せする。」というような、かなり強気とも取れるコメントを多くみた。これは果たして額面の通りに受け取って良いものなのか、選手の発奮を促すものなのか、期待半分不安半分というような気持ちで試合の日を迎える。
第3節の対戦相手は松本山雅FCだ。今期の優勝候補の一角だ。昨年は昇格まで後一歩のところまで進みながらのプレーオフ敗退。それだけに今期にかける意気込みも並々ならぬものを感じる。絶対に去年のようにはならない。奇しくもそれは奈良クラブも同じ。昨年の反省を踏まえて、あるいは前節の反省を踏まえて、お互い負けられない一戦となった。
立ち位置と布陣の噛み合わせ
前半開始。奈良クラブの出足の良さが目立つ。積極的にボールホルダーへアプローチをかけて、ボールを奪いにいく。「前節とは違うのだ」ということをチーム全体で見せている。そしてシュートへの意識が高い。7分には田村がコーナーから強烈なシュートを放つも枠を捉えきれず。それでも、奈良クラブはチームとしてしっかりリアクションを見せられたことが大きな成果だ。
特に第1節、第2節は試合への入り方が良くなかった。やや相手の出方を見るようなそぶりが見受けられ、主導権をみすみす相手に渡してしまうような展開が続いていた。それだけに、この前向きな試合への入り方は松本山雅の面々にとっても、予想外であったように思う。
その7分の田村のシュートシーンで松本山雅にアクシデント。この田村のシュートシーンで安藤が負傷。この日ベンチからのスタートだった元奈良クラブのエース浅川が登場。このタイミングでの登場は誰も予想していなかった。ちなみに、松本山雅には安藤と浅川という二枚看板がいるわけだが、このふたりのキャラクターの違いについては昨年での対戦時にまとめている。
松本山雅はいろんな陣形を取るが、配置よりも属人的な要因が強いチームだ。もっと具体的に言うと先発が浅川か安藤かでかなりチームの性格が変わる。浅川が出場するときは、彼が得点を取ることに専念するため、ビルドアップにはそこまで積極的に参加せず裏を狙い続ける。得点への期待は高まる代わり、周囲の負担は増える。浅川が不発で終わる試合のほとんどは、浅川を除く周囲が彼への御膳立てをしきれない様子が見られる。浅川出場時、特に2ボランチの位置がいつもよりやや深めになり、その分選手間の距離が開いてしまうように見える。逆に、安藤はビルドアップにも積極的に参加し、周囲と連携しながらプレーするので、チーム全体の負担は少ない。彼は前線に時間をもたらすので、中盤の選手を前に押し出す時間を作ることができる。ゲームを支配したいなら安藤を使うべきだ。ただし、浅川には試合展開を無視した絶対的な得点感覚があり、内容が全くダメでも勝利へと導いてしまう神がかりな力があることは、奈良クラブのサポーターが一番よく知っている。どちらが出ても、厄介なことに変わりはない。
こうした内容を踏まえたうえで、この試合の奈良クラブの先発メンバーを確認してみよう。
DF登録の都並が中盤に入る、今期のスタンダードなメンバー構成だ。正直もっと選手を入れ替えてくるのではないかと思ったが、讃岐戦との変更は2点だけ。DFの中山→鈴木、2シャドーの一角が國武→田村△。重要なのは控えメンバーには中山が入っていることだ。前節前半での交代となった中山をちゃんとベンチに入れておくあたり、中田監督は厳しいだけの人ではないことがわかる。また、ルーキーの佐藤選手もベンチ入り。奈良クラブは若いチームだが、さらに若い力の台頭を感じさせるメンバー構成だ。
今日はここでフォーメーションの噛み合わせについて話してみようと思う。というのは、この試合はサイドでの攻防が主軸の試合になったからだ。大雑把にまとめると福島戦はピッチ中央でのプレッシングとパス回避の応酬、讃岐戦は讃岐前からのプレス対奈良クラブバックラインの対決、となる。この試合は両サイドの攻防が試合の主戦場となる。それは松本山雅の採用する4−2−3−1のフォーメーションと3−4−2−1の奈良クラブとの立ち位置の噛み合わせが必然的に、両サイドに集約されるからだ。
松本山雅のプレッシングのターゲットは鈴木である。鈴木はただ守るだけでなく、チーム全体のバランスをみながら中央に寄ったり、サイドに開いたりと重要な役割を与えられている。逆に言えば鈴木にきつい目のプレスをかけて機能不全に陥らせることができれば、讃岐戦のように奈良クラブの生命線を断つことができるというわけだ。具体的にはこういうことである。

3人のセンターバックの右を務める鈴木にとって、もっともリスクなくパスを送ることの相手は、右のウィングバックである吉村だ。もしここでパスをミスしても、場所がサイドなので即ゴールに繋がるという場所ではないし、吉村と協力して守ることで帰陣することができる。プレスをする側はこれを逆に利用することで奈良クラブからサイドの主導権を奪おうとする。鈴木にプレスをかければ、吉村は必ず鈴木の隣まで下がってパスをもらおうとする。すると、奈良クラブはボールを持っているにもかかわず守備の時のような最終ラインに4人、あるいは5人がいる状態になり、前に人数がかけられなくなる。その気になれば、相手は3人で5人に選手を相手陣内に釘付けにできるわけだ。ここから反転して奈良クラブが攻勢にでるのは難しい。また、4−2−3−1の布陣はサイドに2人の選手がいるが、3−4−2−1では基本1人なので、やはりここでも優位が出しやすい。3センターバックのサイドにプレスをかけるというのは、そういう意味で非常にコスパの良い戦術になる。
では奈良クラブはどうか。これは逆に、両ウィングバックをできるだけ前線に押し出して、相手のサイドバックに対峙させようとする。こうすると、「ここを突破できれば大チャンス」というプレッシャーを相手に与えるだけでなく、前線のサイドの選手をサポートさせる形でバックラインまで押し下げることがでる。先ほどとは逆で、1人で2人の相手を釘付けにすることができるのだ。

鈴木を重点的にプレスのターゲットにしたのは、彼の役割とともに吉村という選手の圧力もあっただろう。スタジアムで見ればわかるが、吉村が前線へ突進(そう、もうあれは前進という優しい表現ではなく突進だ)するときの勢いはとてつもない。目の前にいる全てのものを薙ぎ倒すような、芝生が焦げてしまうかのような印象をうける。そして、右足から繰り出す正確なクロス。こういう選手をゴールから遠ざけるには、本人ではなくボールの出所を抑えに行くのが一番だ。
奈良クラブとしてはここが仮に押さえ込まれたとしても、堀内が前線にボールを供給できるというプランも用意していた。都並の守備的MF起用で大事なことは、彼の奪ったボールを他の誰かが繋いであげることだ。讃岐戦にくらべてここのパスの交換が多かったような印象を持っている。松本はサイドに選手を置きたいのか、両サイドが攻められた時のサポートを守備的MFが担うことになっているようで、その分中央にはスペースと時間ができる。堀内にとってそれは「好きにして良いですよ」という状況が誕生したことになる。決定的なパスは出せなかった堀内だが、その前のところではボールを散らし、特に前半において相手をかなり走らせることができた。それが最終的な結果に結びついてくるわけである。
13分、鈴木へのプレスが甘くなったところからサイドの攻防で優位にたった吉村のチャンスメイク。狙い澄ましたパスは田村▲、田村△と渡って決定機。間一髪相手GKのセーブに防がれるが、田村のシュートへの意識の高さが出たシーン。その後のCKもかなり惜しく、都並のシュートまで押し込むことができた。このシーンは前述した立ち位置の優位性をよく表していると思う。
15分あたりから試合は落ち着き始め、一進一退の攻防となる。それでも奈良クラブの選手の出足が良い。相手よりもコンマ数秒であるが、反応速度が速いように見える。そのせいで松本の選手のプレーがややレイトタックル気味なシーンもみられる。こうしたシーンが多くみられるというのは、奈良クラブがボールを動かしているということの証左だ。これだ。明らかに讃岐戦とは違う奈良クラブのフットボール、このワクワクする感じこそが、今期の最大の魅力なのだ。
アグレッシブな奈良クラブ、その一瞬の隙
試合の流れは奈良クラブ。しかしながら、フットボールの神様は意地悪だ。この流れで先制するのは松本山雅。相手DFからのフィードに対し、奥田はややファール気味に強くあたりに行くが反転を許し前線へ。流れてきたボールに菊井が反応、対応する鈴木を振り切ってGKと一対一に持っていく。そのままゴール右隅に流し込んで先制。
この失点は松本を褒めるべきと思うが、今期の奈良クラブとしては致し方ないという失点の流れだった。前から前からプレスをかける奈良クラブとしては、奈良クラブから見て後ろの人数を同数にしてでも中盤より前に人数を割いていこうという戦術を採用している。失点のシーン、松本のFWは菊井と浅川に対し、奈良クラブは鈴木と生駒の2人だ。業界用語でいう「同数プレス」の代償は、こうした事故的なロングフィードであっても即決定機を迎えてしまうということである。恐らくこのリスクをヘッジするためにボール奪取能力、カバーリング能力に優れる都並が真ん中にいるのだと見立てている。

同数プレスを遂行するにあたり、重要なのは最初にボールにアタックする味方(ファーストディフェンダー)ももちろんなのだが、そこでカバーに入る選手のポジションだ。失点のシーン、奥田が振り切られた時点で、鈴木の判断はざっくり分けて2つ。①ラインを上げてオフサイドを取りにいきつつ、マークを捨ててボールホルダーへタックルに行く②数的不利を解消するために後ろへ下がりながら時間をつくり(リトリートと言います)味方の援護(GKを含めて)を待つ、である。おそらく鈴木は①を選択しようとした。が、一瞬躊躇した分ラインを上げるのが遅れてしまい、そのスペースを菊井にやられたという流れだろう。ファーストディフェンダーとの位置関係、前後左右のポジショニング、判断力と、鈴木にはかなり難しい仕事が課せられている。結果的に失点にはなってしまったが、「じゃあどうすればよかったのか」という話になると答えは難しい。そう簡単に「こうすればよかった」という類のものではない。ただ、フットボールをしている少年少女はああいうケースで自分ならどうするのか、チームの方針はどうなっているのか、ということは考えてみた方が良いだろう。かなり高度な判断を瞬時に求められるケースである。(ちなみに僕なら「なりふり構わずタックル」が選択になるが、その後あっさり交わされて失点するというところまでがテンプレである。。。)
先制後、松本山雅は試合のペースを落とす。これに奈良クラブがややお付き合いするような雰囲気となり前半は終了。内容は良いのに結果が伴わないことには慣れっことはいえ、やはりこの結果は「またか」というような思いを想起させる。いや、それでも今年の奈良クラブは違う!(はずだ)と自分に言い聞かせて後半を迎える。
ハートに火をつけて
リードした松本山雅はバランス重視。隊列をキープしながら、奈良クラブが前に出たところをカウンターで狙う。その中心にいたのは菊井だ。最初に述べた通り、浅川はビルドアップにはあまり参加できないので、彼が攻撃のタクトを振るわないと松本山雅は前進できない。バランスを重視し無理に前に出ない松本山雅の前のスペースを縦横無尽に走り、パスコースを引き出しつつゴールも狙う。彼のプレーする様はアトレティコ・マドリーのエース、グリーズマンの様だった。敵味方関係なく、こういう選手はめちゃくちゃ好きだ。彼がボールを受けることで全体が前に押し出されるので、松本山雅は無理なく試合を運ぶことができる。
そんな菊井のプレーから浅川が絶好機を迎える。ボールを引き出し、持ち出すと浅川へ鋭いクロス。ニアに飛び込む浅川。菊井はほとんど1人でこの決定機を演出する。そして、この形は奈良クラブが何度も浅川にお世話になった展開だ。やられた、と、他のスタジアム以上に皆が天を仰ぐ。しかしこのシュートを岡田慎司のビッグセーブ。ポストに嫌われたかと見られたシュートだが、岡田慎司が間一髪で掻き出していた。物凄い反射神経。こういう勝利につながるビッグセーブを見せることができるのが岡田慎司の凄みだ。
上手く言葉にできるかは微妙だが、これまで奈良クラブは、こうした試合展開においては焦って自分たちからペースを崩し、反撃する機会を放棄してしまうようなことが多かった。最近では昨年の奈良クラブホームでのFC大阪戦だろう。後半リードされて相手が守りを固めると、可能性の低いクロスを蹴るだけで有効な攻撃をすることなく敗戦を喫していた。こういう展開は奈良クラブでなくても、割と目にするところではあるのだが。
しかし、今期の奈良クラブはどこか違って見える。後半の深い時間になっても足が止まらず、球際までしっかりと詰めることができている。相手が疲れてくるとその差は歴然としてくる。奈良クラブの選手たちがどんどん元気になっていくような印象を受ける。また、パスがアップテンポに回ることで相手が着いて来れず、攻撃がシュートで終われるようになってきた。
そして一番の違いは、質の高い交代選手だろう。この試合、反転攻勢をかける奈良クラブのハートに火をつけ、攻撃を加速させたのは2人の若手選手だった。
奈良クラブのペドリ、戸水
【2025明治安田J3第3節】
— 奈良クラブ (@naraclub_info) March 1, 2025
⏰後半14分
選手交代
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まずは戸水だ。僕は彼を「奈良クラブのペドリ」と呼びたい。ペドリというのは、FCバルセロナに所属するスペイン代表にも選ばれる名選手だ。
戸水の良さを紹介しよう。まずはライン間でのボールの受け方だ。彼はいつもフリーでボールを受けることができる。相手の出て来れないギリギリのところで、ベストのタイミングで入ってきてボールを引き出しつつ、反転して前を見る。これが可能なのは、ボールを置く位置の良さだ。何でもできるボールの位置にボールを置いてプレーする。普通の選手よりもボールを近くで保持するような印象だ。その姿勢から常に相手の逆を取るプレーを選択するので、パスを出すタイミングが読めない。
ペドリは難しいプレーをするわけではない。クリスティアーノ・ロナウドのような圧倒的なフィジカルもなければ、メッシのような華麗なドリブルをするわけでもない。今のバルセロナならヤマルやハフィーニャの方がメディア受けは良いように思うが、彼のようにプレーすることこそ難しい。ボールを受ける、向きを変える、パスを出す、というプレーの判断があれだけ早く正確にすることは、常人には無理だ。
同点に至る得点機会を演出したのは戸水だが、彼がしたことはディフェンスとミッドフィルダーの間でパスを受け、反転して前にいる岡田優希にボールを丁寧にパスをした、それだけだ。しかしこのプレーに彼の良さが詰まっている。ボールを受けた時、戸水はフリーだ。周囲には3人の松本山雅の選手がいるが、その三角形の重心にあたるポイントに入り込んでボールをもらう。菊井が気がついて慌ててプレスに行くが、その間に反転し前方を確認。短いキックフォームから丁寧なパスを岡田優希に送る。このパスは見てもらうと、松本山雅の選手3人の間をスローモーションのように抜けていく。なんの変哲もないような、シンプルなパスだが、これだけの数の選手を一本のパスで無効化してしまう。このパス一本だけで、事実時「勝負あり」だ。華麗なドリブルや圧倒的なスピードでなくても、技術と戦術眼でこれだけのプレーができるとは末恐ろしい選手が現れたものだ。
戸水から繋がれたパスは岡田優希、國武、吉村と繋がり、右スペースへ。身体を入れられた岡田優希は一瞬右から回り込むような仕草を見せると相手は体を入れにかかる。そこを見逃さず、すぐさま相手の逆を取りボールを奪取(これも素晴らしいプレーだ)、ゴールラインギリギリでクロスを田村▲へ渡す。やや前へと突っ込み気味の田村▲にシュートチャンスは無いかと思いきや、これをヒールでボールの軌道を変えてゴールに流し込む。奈良クラブ、同点!もし田村▲に合わなくても、その後ろにはフリーで嫁阪も待っていた。リードして前に出る必要の無い松本山雅の背後を見事に取ったプレーに湧き上がる歓声。しかしこれで満足してはだめだ。同点で終わってはいけない。これは絶対に逆転まで結びつけなくてはいけない。
奈良クラブのガビ、國武
【2025明治安田J3第3節】
— 奈良クラブ (@naraclub_info) March 1, 2025
⏰後半14分
選手交代
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OUT #田村亮介#奈良クラブ 0-1 #松本山雅FC#新たなる挑戦 https://t.co/6Qhivt8zzi pic.twitter.com/7cVaYBUb3c
もう1人の重要な交代選手、それが國武だ。プレスの強度、ボールの受け方の良さは昨年からお馴染み。若干19歳にして脅威のパフォーマンスを見せる彼だが、今期は課題の得点感覚も出てきた。國武と戸水はセットで出した方が良い。國武はパスコースを引き出し、シンプルにつなぐことが上手い選手だ。彼の位置を素早く見つけてパスを出してくれる選手とをセットにすることで、お互いの良さを活かすことができる。國武と戸水のコンビは、またもやFCバルセロナで例えるとガビとペドリの関係になるかもしれない。(前にドルトムントのようだ、と言ったからベリンガムだろ!という声が聞こえなくもない)
ガビはサボらない選手だ。パスを出す、蹴った足で移動、フォロー、レシーブ…基本的なプレーの連続。そこに彼ならではのガッツあるプレーが入る。彼の高強度のプレーがチームに勢いを与える。バルセロナはトップ下にガビ、フェルミン、オルモの3人の選手を揃えているが、三者三様の良さを対戦相手、あるいは試合展開によって変えることができる。ガビの良さはどのプレーも強度が高いことだ。
國武の交代はチームに勢いを与えた。また、明らか足が止まり始めた松本山雅にとって、さらに「走らされる」選手の登場は悪夢だ。このために堀内が前半からパスを散らし、田村△が精力的に顔を出しながら相手を振り回していたのだ。この機を逃すな。監督から発せられる明確なメッセージに、画面越しでも伝わる応援の熱量。逆転打は時間の問題だ。ただし、決め切れるかどうかはわからない。押し込む奈良クラブ。もはやどちらが優勝候補なのか分からない展開だ。そして、もぎ取ったコーナーキックから逆転打は生まれた。決めたのは國武だ。
85分、もうボールを追えない松本山雅は防戦一方という様子だ。最終ラインでボールを回収した奈良クラブは、左サイドを攻略。田村▲を囮に一度ボールを奥田に下げ、裏のスペースに嫁阪がフリーラン。そこへ絶妙のボールが奥だから入れられる。嫁阪は中央に選手が揃ったところで田村▲へパス。田村は右足アウトで中に入れる。正確性よりもタイミングをずらすプレーで、松本山雅の選手がボールウォッチャーになった。ここでの対応の遅れがゴールに繋がる。岡田優希は流れてきたボールをトラップしようとするがこれが堀内への落としになる。ここでも松本山雅の対応は遅れている。右足を振り抜く堀内だがディフェンスがブロック。それが國武の足元へ。偶然か、あるいは呼び込んだのか。國武はリラックスして(いるように見えた)右足を一閃。キーパーからはブラインドになるコースで大内は反応できず。ゴール右隅にボールは突き刺さった。
戸水も國武も、まだ90分このパフォーマンスが出せるのかと言われれば、改善の余地がある。それでも、彼らに寄せる期待は大きい。また、川谷と代わって投入された嫁阪も、独特のリズムで攻撃に変化を与えていた。新加入選手に、新しい任務を与えられた選手、彼等が今シーズンどこまでやれるのか、是非見てみよう。
突き抜けろ!
この試合、ついに前に出た奈良クラブ。しかし、ここからが課題だ。昨シーズンの松本戦も追い付かれての引き分け。後半アディショナルタイムで追いつかれた試合を何度も見た。リードしてからどのように試合を終わらせるのかが奈良クラブの課題なのだ。今節はどうか。
リードする奈良クラブは交代カードを切る。投入するのはエースの酒井、百田だ。普通ならばディフェンスを投入して守りを固めるところを、前線の選手を入れ替えることでクロージングを狙う。ボールの出ところ押さえに行くことと共に、「引かずに前に出ろ」という監督からの意思表示だ。結局のところ、引くことで自軍ゴール前のシーンを作られてしまっていたわけで、「前に出る」ことは実は最も安全ではある。
アディショナルタイムも5分が過ぎて松本山雅のフリーキック。もう5分は過ぎているので、ラストプレーだ。審判には笛を吹くタイミングさえ与えれば試合終了。そのためには奈良クラブボールで試合を切ることが必要である。蹴り込まれたボールに反応したのはゴールキーパー岡田慎司。勇気をもって前に出てこのボールをキャッチ!そのままガッチリとボールを確保したところで試合終了。そのとき、岡田慎司は勝利を噛み締めるかのように小さくガッツポーズをした。エモい。あまりにもエモい。
劇的な逆転勝利に湧くスタジアム。応援の場所がバックスタンドに移ったことで、スタジアムの熱気が画面越しにも伝わる様になったように思う。「次はスタジアムで観戦したいなあ」と思う人も多くなるのではないだろうか。また、応援が選手の力になっていることがよく伝わる構図にもなっている。同点打のとき、吉村はスタンドに向けて大きくガッツポーズ、「もっと後押しをしてくれ!」と(珍しく)煽っていた。しっかりと応援が選手に伝わっていることが分かるシーンだったのではないだろうか。(因みに、普段の吉村選手はとてもシャイですが、試合になると文字通り豹変します)
現代スペインの風が吹く奈良クラブ
【J3第3節 独自レビュー|我々のフットボールを取り戻す】
— ICHIZO (@NAKATA_ICHIZO) March 1, 2025
今節に向けての4日間
チームが取り組んできたテーマは
「自分たちのサッカーモデルへの自信」
「選手が迷わず瞬時に判断できることに集中する」
ここで重要なのは
シンプルに自分たちのサッカーを取り戻すことでした
今節に向けた取り組み… https://t.co/l18nzxsI0y
福島戦ではクロップ時代のドルトムントのようだと表現した奈良クラブだが、もしかするとあの試合はかなりスクランブル対応だったのかもしれない。実は現代型のバルセロナのように、ハイプレスとパスワークをミックスしたチームを作ろうとしているのかもしれない。スペイン代表もティキ・タカと呼ばれた素早いパスワークのフットボールから、ハードワークとテクニックのフットボールに変化させてユーロを優勝した。都並を「奈良クラブのシメオネ」と評する声もある。紆余曲折ありながらも、エコノメソットを落とし込みながらラテンの香りを出しつつ、奈良クラブは進化している。
恐らく僕たちは、中田奈良クラブの完成形をまだ見ていない。勝った負けた以上のところで、追い求める理想があるのではないか。中田一三監督は、リアリストでありながら、実はフリアンに負けず劣らずのロマンチストであるように思う。やっている選手達はとてもキツそうだが、試合中の選手同士のコミュニケーションの量や試合後の表情には、今までにはない手応えを感じている様子だ。あくまで、まだ3試合終わっただけ。何も勝ち取っていないし、何も決まっていない。挑戦者という立場はどんな時も崩してはならない。それでも、「もっとやれる」「まだまだ強くなれる」という正のベクトルは確かに感じる。喜びだけでなく、これからへの意欲を確かに感じる選手たちの季節外れに日焼けした面持ちに、これからの試合に向けて期待しないことなんてできないのだ。
次節はFC琉球が相手。またしても難敵だが、もはやどこが相手でも関係ない。この試合で掴んだものが、まぐれでないことを示す試合になる。次節のことを考えると脈拍が上がるのを感じる。でも、それは不安ではなく、次はどれくらいワクワクさせてくれるんだろうという高揚感なのだ。是非ともスタジアムでご覧になってほしい。
(おまけ)東京に行きました
今週は所用で東京に行きました。試合の方は電車移動中にDAZNから観戦していました。まさか東京駅のホームで奈良クラブ勝利の瞬間を見るとは思っていなかったです。試合終了の瞬間、人目も憚らずにガッツポーズをして周囲の人がびっくりしていました。すいません。人生というのは、思いもよらぬところで、思いもよらぬことが起こるものですね。忘れられない一日になりました。
