奈良クラブを100倍楽しむ方法#025 第25節対ギラヴァンツ北九州 ”かすかな光"
久しぶりのホームゲーム。できるだけポジティブな言葉で自分を鼓舞し、「もしかしたら」「あはよくば」というかすかな期待を胸に臨んだギラヴァンツ北九州との一戦は0−2。完敗としか言いようがない内容と結果だった。メインスタンドから見える空には遠くに光る夕立の雷が時折見えた。雷鳴のない雷は、まさにロートフィールドで観戦した奈良クラブを応戦する人や選手たちの胸中を象徴的に表していたのかもしれない。
今シーズンの最も悪い時期が今だろう。前半戦にも苦しい時期があったが、今はわけが違う。なにせ終盤戦は勝ち点のひとつひとつの重みが違う。「ここから巻き返して」と言っている間に物事は終わってしまう時期だ。劇的に変えようとすると、かなりの荒療治が必要となる。それは時には成功することもあるが、全てを台無しにしてしまうことも起こりうる。今手の中に残っているものを見つめ直して、そこからかすかな光を見出すことも必要だろう。成功しなかったが、この試合の奈良クラブは何がしたかったのかを検証するところから、今日の話を始めてみよう。
保持のときのアイデア
この試合の奈良クラブは、ボールを保持している時にかなりリスクを背負った攻め方をしていたように思う。両センターバックがかなり離れてワイドに開き、真ん中をGKマルク・ビトで埋めるというシーンをよく見た。図で言うとこんな感じだ。
鈴木と伊勢がワイドに開く目的は2つ。サイドバックをより高い位置に押し上げることと、堀内をフリーにすることだ。事実、相手のCFの永井、CMの岡野に対して3人でボールを回せるので、堀内が比較的フリーでボールをもらえることは多かった。また、ビトはフィードが正確なので、ここから一気にサイドバックへ展開してクロスを入れるという攻撃もあった。おそらくこれが奈良クラブのやりたかった攻撃の方法の一つなのだろうと思う。
この攻撃を完遂するためには、バックパスをためらってはいけない。後ろでの数的優位をしっかりとつくり、相手のマークのずれを丁寧についていく必要がある。奈良クラブの攻撃は、相手の守備がセットされた状態(つまり、自陣に戻った状態)から始まるので、ダメなら下げるのは正解だ。なんとなくダラダラとした感じで後ろでボールを回している様子に見えたが、あれはあれで狙い通りではある。あの感じが「やる気がない」「攻め手がない」というふうに見えるのだが、徹底的にやらないと意味のないボール回しなので、そこは仕方がない。
このセンターバックの間を広く取る作戦を一番やっていたのは、ラファエル・ベニテスが率いていた頃のリバプールだ。トーレスやジェラードの在籍していた頃なので、ファンだった人も多いのではないだろうか。当時のリバプールにはレイナというキックの精度が高いゴールキーパーがおり、彼の足元の技術も動員したビルドアップをしていた。この時期の象徴的なゴールがチャンピオンズリーグでのチェルシー戦の先制点に現れている。おそらく、このゴールシーンを見ると、この日の奈良クラブがやろうとしていた攻撃の鱗片は感じられるのではないかと思う。
最初に前線へフィードを送るのはシュクルテル。この選手はそんなにキックの精度は高くない。体の強さで勝負するタイプのセンターバックだ。「おりゃあ」と蹴ったボールはトーレスへ。イーブンのボールはクリアされかけるが不十分である。それをカイトが拾ってアルベロアへ。ゴール前でフリーになったトーレスが冷静に右隅に流し込んでゴールという流れだった。選手の立ち位置や展開になんとなく既視感がないだろうか。なんとなく琉球戦での後半の得点の展開に似てるように思う。
ただし、上の図で見てもらうとわかるのだが、前線に選手を配置するまでは良いものの、お互いの距離が近すぎる、あるいは遠すぎるため、近いところへはパスの意味がなく、遠いところへは通らないというバランスの悪い立ち位置になってしまっていたことは否めない。また、リバプールの場合、センターバックからのロングボールにはそこまで精度を求めていなかったが、そのリバウンドは全力で回収して次の攻撃に繋げるという意図がチーム全体に浸透していた。例えばカイトが重宝されたのはボールサイドなら必ず競り勝つという運動量とフィジカルからだ。トーレスもそこまで空中戦に強いわけではないが、わずかでも前にスペースに飛び込まれると対応できないので、相手ディフェンスはラインは下げざるを得ない。そういう選手の特性においてこの戦術はかなり危ういバランスの上で成り立っていたというのが、僕の理解だ。かなりハイリスクな作戦だったように思う。
さらに、この日の奈良クラブは選手が前線に並びすぎているが故に、一番いるべき場所、ちょっと前の言葉で言うとバイタルエリア、に人がいないという状況が多発しており、ロングボールを跳ね返されるとほとんどが相手ボールになるという状態だった。先ほど後方でのボール回しは「徹底的に」と言ったが、後ろで回す割には簡単に蹴ってしまっているな、ということがなん度もあった。あれをするなら、もっと「繋いで繋いで」という展開にしないと意味がない。
変化をつけようというサインも見て取れた。奈良クラブの前線に高さはない。なので田村は「前のスペースに蹴ってくれ」という指示を鈴木に出していた。後半最初の岡田のチャンスも相手のディフェンスの裏をビトのフィードからついたものだった。高さがないのならスピードで勝負する、というのは悪くない方法だと思う。ただし、蹴ったあとのイーブンの状態のボールへの寄せがあまりにも少ない。そのために前線に人を多く集めてるはずなのに、それが全く生かされず、むしろ大きく空いたスペースを使ってカウンターアタックを食うこともあった。このあたりが、全体的にチグハグな印象をうけたところを言語化した部分になるだろう。ので、「やる気がない」わけでもないし、「勝つ気がない」わけではない。その批判は全くの見当違いだと思う。むしろ、「もし勝てるとしたらこの方法しかないが、それでも勝てなかった」という試合なのだ。だからこそ、サポーターも悔しかっただろうが、選手も悔しかったはずだ。そこはお互いに理解したい。
意図は意図として感じるところはあったものの、見ている方としてカタルシスを感じる部分が少なかったことも確かだ。また、それをするなら、パトリックや嫁阪といった高さのある選手を先発で使う方が「わかる」というところではないだろうか。足元で勝負をする田村に、高さでミスマッチの乾と競らせて「勝て」というのも辛い話だし、ボールがあってこそ輝く岡田優希にフリーランニングをさせるのも違う気がする。それだったら、田村のところには嫁阪を、岡田のところには西田の方が適任だっただろう。もっと言うと、高さもあって、足元にボールを収められる選手、森田が控えにすら入っていなかったことも、負けてしまうとより不満に感じるところではある。
洗練された北九州の戦術
サポーターのフラストレーションのもうひとつの要因は、北九州があまりにも狙い通りに試合をすすめていたことにあるだろう。メインスタンドから見ていても、「なるほど、そうしたら奈良クラブは息ができなくなるね」ということを忠実にしていたのがよく見えた。
僕がこの試合のMVPにあげるなら右の高選手だ。彼のプレーの強度の高さは対面する寺島を圧倒していた。なにより彼は「2度追える」選手だ。「バックパスを怖がるな」と書いていたが、山本につけたボールを寺島に戻す時、高は最初に山本にチェックに行き、その勢いで寺島まで追うシーンが前半にはなん度もあった。寺島は左利きなので、バックパスをしようとすると追ってくる高にボールを晒すことになるので、可能性が低くてもクロスを蹴らされているように見えた。寺島のクロスは正確だし、精度には定評がある。ただ、高の追い方はかなり強烈で、あの選手を前にして正確なボールをどれだけ蹴られるのは難しい。また、寺島ー岡田のパスコースを完全に寸断し、岡田を試合から消すことに成功したのは彼の功績だ。彼のところで、奈良クラブの生命線を寸断し、ゲームの流れを完全に北九州のものにしたと言っても過言ではない。
また、北九州は「イケイケ」に見えて、かなり周到な作戦を立てている。伊達に12戦負けなしでは来ていない。それがミスマッチを有効に利用するところだ。先は乾と田村とのミスマッチを紹介したが、前線はフィジカルの強い伊勢に足元のある岡野、逆に鈴木に対して永井がマッチアップするように配置。ここでもミスマッチを起こさせるような立ち位置を徹底し、かなりやりにくい印象を受けた。個人的には、それでも怯まずに攻撃を跳ね返し続けた伊勢の姿には頼もしさを感じたし、体を張った鈴木の守備も素晴らしいと思った。彼らが少しでも怯んだら、点差はもっと絶望的なものになり、怒る気力もなくなっていただろう。ビトのナイスセーブも含めて、相手の仕掛けに対して堪えた奈良クラブという側面もあることは記しておきたい。
攻撃時のパスワークの工夫としては、Xにも書いた通りで、「ひとつ飛ばしたパス」の有効活用があげられる。奈良クラブとの試合では先制点がまさにそれでだ。
攻撃の起点はディフェンスからだ。ここから一気に飛ばして永井がボールをキープ、そこから一列後ろのウィング(サイドバック?)にボールを”落として”、横へ展開。一度はクリアされかけるがやり直してさらに後ろの藤原がフリーで逆サイドへクロスを上げて牛ノ濱が合わせるという流れだった。最後は横方向のパスだが、基本的に前後で動いていることがわかると思う。カットされてもリカバリーしやすく、通ると全体が前に推し進められ、しかも前向きでボールが扱えるという、4−2−3−1の立ち位置のバランスの良さを最大限に活かした攻撃の形だった。これが決まると、止める方は最後のところで競り勝つしかない。下川がボールを見てしまったのは、あれだけ前後にボールが動くと、どうしてもそちらに注意がいくからだろう。あの攻撃をとめるのは、かなり難しい。ので、「させない工夫」が相手チームには試される。例えば松本がしたように肉弾戦に持ち込むというのも一つの手段だが、奈良クラブにはあの戦術はできない。あるとするならば、北九州を上回るボールのキープが必要だったというところだろう。
小さな声で語られること
これまでも何度か村上春樹から引用をしたような気がするが、僕は自他共に認めるハルキストだ。チアの音響が止まっても踊り続ける姿を見ただけで、彼の一節が出てくるくらい末期症状だ。この日は『ねじまき鳥クロニクル』が浮かんできて、結局はこれではないかという気がしている。
結果が出ない時、特に最近はタイパやコスパという言葉が跋扈しているせいで、すぐにどうにかすることが良いことだ、というように世の中が価値づけているように思う。とはいえ、物事はそんなに単純ではないし、すぐに解決できれば苦労はしない。タイパやコスパでいえば、フットボールクラブを応援することは最も適していないので、やめた方が良い。基本的にフットボールというのは失敗することが前提のスポーツだ。シュートは外れるし、パスは通らないし、ドリブルは止められる。試合中、ゴールという形で成功するシーンはほんの数パターンしかないし、それこそ奇跡を目撃するために観戦しているわけで、その奇跡をどうにか引き寄せようとするために応援がある。うまくいかないところから、幸運をどう引き寄せるか。誰が考えてもわかるバカみたいなことから始めてみるというと、僕が思いつくのは「身近な人と奈良クラブの話をリアルでする」ことなんじゃないかと思う。
夜の練習見学はなくなってしまうけど、見学をしながら話してみても良いし、あまり興味のない人に話題を振ってみても良いかもしれない。一人で悶々と考えていてもネガティブなことしか思いつかないし、犯人探しをしても仕方がない。
あるいは身体を動かしてみることも良いかもしれない。ちょっと走ってみるだけでも、「選手はこんな暑い中走ってるのか」と思うし、ボールを蹴ってみたら全然思い通りにいかないこともよくわかるはずだ。
それをしたら奈良クラブが勝つのか?そんなことはない。結果は変わらないかもしれない。でも、応援するというのはそういうことなのだ。「ダメだダメだ」と言いながら、気がついたらスタジアムに行ったり、遠征先の宿を探している。アウェーに行けなくても、Googleマップで検索して「こんなスタジアムで選手は戦うのか」とか「移動時間はこんなにかかるのか」など、考えてみるだけでも良いと思う。間違っても、すぐにどうにかしようとしないことだ。大事なことは小さい声で語られる。その声を聞き漏らさないためには、一度足を止め、耳を澄ましてみないといけない。
最後に、小谷キャプテンに向けて僕から村上春樹の引用で。
おまけ:加湿器さんがやってきた
さて、この試合はXで仲良くさせてもらっている加湿器さんが奈良にいらして、お友達とともに観戦となりました。「奈良クラブ観光がしたい!」ということだったので、まずはJR奈良駅から「焼肉丼はじめ」さんへ。
噛めば噛むほど味わいのある中落ちカルビ丼をいただいて、しばしフットボール談義。お店に居合わせた北九州のサポーターさんも誘って、皆でロートフィールドへ。奈良なのに北九州サポーターに囲まれる僕。奈良なのにアウェー。ここは奈良ぞ。
ロートフィールドからは歩いて「喫茶バルドー」さんへ。レトロな雰囲気の中でいただく名物「醤油をかけていただくアイス」はかなり美味しかったです。言うなれば「みたらし団子をアイスにした」という感じ。しっかり甘いけどさっぱりしている上品な味。お店を出ても北九州のファンに囲まれるわたし。またしても、奈良なのにアウェー。ここは奈良ぞ。
スタジアムについてからは僕の連れ達とも仲良くしていただき、「奈良クラブ大喜利」での記念品をいただきました。社長さんからも声をかけていただいて恐縮です。「お題を考えるのも難しかった」とおっしゃってました。色んな工夫をしながら奈良クラブを盛り上げてくださっています。感謝感謝。
なんやかんやと楽しい1日を過ごすことができました。試合後はみんなで「ゆららの湯」で汗を流して帰宅。この流れは夏のロートにはぴったりですね。試合は負けたけど、フットボールが取り持つ縁でいろんな人と関われることは喜びです。これからも、「楽しい偶然」に開かれていきたいなあと思いました!
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