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vol.3 安いものばかりが売れているのは、お金がないからではないはず。

私は、美しく、心地よく、気分を高揚させられるものこそ、自分らしく力を発揮できると信じています。

良いものを身につけると、気持ちが高まり、「よし、がんばろう!」と気合いが入ります。
昔から、そのときの自分にとって、少しばかり背伸びをしても、長く愛用すれば元は取れると思って、高価でも品質の良いものを長く身につけるようにしています。

社会人になって、一番最初に奮発して買ったものは、カルティエの時計。初めて行った海外出張のときに、パリのカルティエ本店で買いました。当時24歳だった私には、相当高価なお買い物でしたが、仕事でこれから頑張って行くんだという気合いを込めて購入しました。 

あれから20年近く経った今も、日々変わらず、これだけを愛用しています。全く飽きることなく、未だに身につける度に高揚感を感じます。もう十分に元も取れましたよね、きっと(笑)。

さて、話は変わりますが、私は、証券会社や経営コンサルティングの仕事を通じて、小売業を20年近く見続けています。この間、日本で大きな成長を遂げたのは、業態問わず「安さ」を売りにした店舗でした。皆さんお馴染みの郊外の幹線道路沿いやショッピングセンターの中などにあるチェーン専門店というと、イメージが湧きやすいかと思います。最近でも、ワークマンや業務スーパー、はたまた、ニトリの外食業参入など、安さが何かと話題になることが多いですよね。

これらの店舗は、消費者の日々の生活を豊かにすることに大きく貢献してきましたし、何より、消費者に受け入れられてきたからこそ、これほど大きく成長したのだと思います。

一方で、私はこのことによる弊害もそれなりにあったと思っています。
大量生産・大量消費の影にある廃棄に伴う環境への問題はもちろんですが、私がそれ以上に感じているのは、お買い物に「安さ」以外の要素でワクワクする機会が圧倒的に少なくなったことです。

売れるものはすぐに真似をされるようになり、どこでも似たり寄ったりの商品が増えました。また、ショッピングセンターなどの商業施設に並ぶ店舗群も金太郎飴のようにどこも一緒。

色気があり、気持ちを高揚させてくれるものが圧倒的に少なくなったと感じています。そして、お買い物がもたらす価値には、本来さまざまな要素がありますが、「安さ」に対する価値の比重が過剰に高くなり、エモーショナルな体験価値を感じられる機会がとても少なくなったことを残念に思っています。

皆さん、同じような商品であれば、当然安い方を買いたいと思いますよね?結局、売れているものを安易に真似することばかりが増えた結果、ものがチープになり、安さ以外の差別化要素が少なくなったこともまた、ワクワクする要素が減ってしまった要因なのだと思います。

衣服だけでなく住関連品でも、昔に作られたものの方が美しく細部にこだわりがあり、主張がありつつもトレンドに左右されることなく、長く使えるものが多いように思います。そして、美しく良質なものは、変わることなく、いつも気持ちを高めてくれます。

ところで、日本人はそんなに安いものばかりを求めるほど、お金がないのでしょうか?

OECDのデータによると、日本の世帯あたりの純金融資産(預貯金や株式、債券、投資信託、保険などから住宅ローンなどの負債を差し引いたもの)は、世界第5位の水準です。また、2019年の日本の世帯平均の貯蓄残高は1,755万円と決して低くはありません。ただし、50代から70代における貯蓄水準が1,700〜2,300万円と高い一方で、40歳未満は700万円程度と、大きな差があります。

そして、間もなく50歳以上が人口の半分を占めようとする中、金融資産の7割が70代以上に偏在するといういびつな状況にあります。

確かに子育て中の若い世代にとって、安さは重要な要素ですし、長らく続くデフレの影響により、若年層を中心に給与水準が上がらなくなっている事実は深刻な問題です。一方、金融資産背景から日本を見たときに、本来ならば、日々の生活を文化的、精神的に豊かにしてくれる付加価値の高いモノやサービスは、日本でも充分に育つ素地があったと思うのです。

本来その役割を担えたはずの百貨店やそれに付随する企業が自分たちの軸での革新を生み出せず、また、デフレにより消費マインドが冷え込む中、最も差別化が安易な「安さ」ばかりがフォーカスされることが増え、富裕層に対して、消費意欲を刺激するモノやサービスが正しく提案されてこなかったことも、貯蓄が消費に回らなかった一因ではないかと思うのです。

実際、2020年度(2020年1月〜12月)のエルメスの日本国内売上高は、コロナ禍かつインバウンドの大幅減少にも拘らず、前年に比べ僅か3.7%の減収にとどまっています。これこそが、ニーズに応えられる物があれば消費する意欲が旺盛であることの証左ではないでしょうか。

そして、日本において高揚感のある消費の多くは、欧米のラグジュアリーブランドが受け皿となっています。しかし、日本人が提供できる差別化の要素は、「安さ」だけではないと信じたいし、「安さ」だけが求められているわけではないはず。

私がHeading Southというブランドを立ち上げた理由のひとつに、お客様に高揚感を感じて頂ける商品・体験をご提供したいとの思いがあります。私にできることは限られていますし、今の世の中に対する小さなアンチテーゼかもしれませんが、もっと、高揚感のある消費体験が増えることを願って、チャレンジをしています。

コロナを機に供給過剰の時代が終わり、価値観がますます多様化することが予想されます。売上至上主義的な大量生産・大量消費一辺倒から、小さくてもそれぞれの役割を果たすプレイヤーが増え、共存する時代になることを、私は信じています。

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