スタディプラスと博報堂若者研究所の調査からみる「若者と時間」の変容~企業が若者の心をつかむポイントを考える
“デジタルネイティブ”という言葉も登場して久しいですが、今、中高生や大学生、若年社会人など若者を取り巻く環境はかつてないほど大きく変化しています。生まれたときからスマートフォンが家庭にあり、触って育っている子どもたちには、たとえば受験勉強にしても「友達とZoomでつないでオンラインで一緒に勉強している」など、自分たちなりの使い方を編み出している状況もあります。
本稿では、2022年3月25日に博報堂DYベンチャーズ の出資先であるEd Tech系スタートアップ スタディプラス社が開催した「『若者と時間』の変容~企業が若者の心を掴むポイントを考える~」の内容をダイジェストにてお届けします。セミナーは、大学生を中心にリサーチしている博報堂若者研究所による解説、中高生向けにサービスを展開するスタディプラス島田氏からのプレゼンテーション、そしてトークセッションの3部構成で展開しました。
“タイムパフォーマンス”を重視する若者の意識
第1部となる博報堂若者研究所の解説では、リーダーのボヴェ啓吾より、「時間」を切り口にした若者の行動と価値観について紹介しました。同研究所は「若者と、未来の暮らしを考える」を活動指針に、20~30人の大学生と行う毎月のディスカッションやインタビューを通して、企業のイノベーションやブランディングのヒントを探っています。
彼らの最近の話からは「『時間感覚が変質している』ことがよくわかる」とボヴェは指摘します。「情報処理能力がとても高くなっていることを前提に、マルチタスクの“ながら”視聴や、倍速、まとめなどによる情報接触で、時間あたりの情報や体験量を最大化したい意向が見て取れます。“タイムパフォーマンス”という言い方もされますね」
マルチタスクの志向は、仕事観、さらには人間観にも影響しています。ひとつの仕事を追求するより、複数の仕事に並行して注力する価値観が広がり、人付き合いにおいても唯一の自分を確立するより、家族に対する自分、友人に対する自分など複数の自分を使い分ける傾向があります。
また自然災害やコロナ禍などの予期せぬ出来事や、あるいはひとつのイノベーションが生活を大きく変える体験も経ているので、その未来観が「非連続的で不安の中にある」ことも重要です。家族や身近な幸せを大事にする思考もありながら、守りの姿勢になるのでなく動き続けて自分を変化させたり、複数の居場所やコミュニティを持つことで安定や自分なりの幸せをつくりだそうとする意向が強くなっています。
タイムパフォーマンスを重視するという若者の傾向について説明すると、「それでは本質的な理解はできず、表面的になってしまうのでは」と危惧されることもありますが、実際の若者たちの様子からは、短期間に高速でたくさんの情報に触れていくことで身体に馴染ませるかのように、エッセンスを掴み取る力が際立っていると感じることも多いです。複数領域のスキルを次々と身に着けていく人も目立っています。一方、タイムパフォーマンスの反動で、たとえばキャンプでわざわざ火を起こしたり、香水の調合や指輪を自分でつくるなど、過程を楽しむ行動も出てきています。
そうした中で、買い物にはどのような傾向が表れているのでしょうか。博報堂が20年にわたり同じ項目で調査している「博報堂生活定点調査」では、2020年版に興味深いデータがあったとボヴェは話します。
「安く買うことより、時間短縮になるならコンビニなどで定価でもいいという人が、若い世代で劇的に増えていました。また“推しの文化”の影響もあり、正当な対価を支払うことで応援したいという意識もあるようです。一方で重要な買い物の場合は、自分が納得するまで、言い換えると自分の生活や時間が良いものに変わるという確信を得るまで、よく検討する様子があります。これを踏まえると、自社の商品がどのようなタイプなのかを考えることで、売り方やチャネルのあり方を変更する必要も出てくるでしょう」
学習はマルチタスク、趣味には没頭する中高生
第2部では、スタディプラス執行役員CPOの島田豊氏を迎え、「学びの環境変化から見る中高生の時間管理の変容」についてお話しいただきました。同社は、主に中高生向けに“学び”を可視化するプラットフォーム「Studyplus」を運営し、現在の会員数は約670万人。ほかに、学校や塾向けのプラットフォームなども運営しています。
はじめに島田氏は、今の子どもたちを取り巻く情報のひとつとして「AIによる仕事の代替可能性」を挙げます。「それ自体というより、『仕事がAIや機械に置き換わる』という話を聞きながら育っていることがポイントです。その前提で、勉強したり将来を考えたりしています」
仕事の代替性を受けて、経済産業省や文部科学省では「学びの自立化」「個別最適化」が重視され、自分で探求する力を伸ばす教育や、個々人に合った教育が模索されています。ですが、個別化は従来の一斉教育では成しえないため、ICT活用が不可欠になっているのが現在の潮流です。
デジタル教材は個人に合わせた学習をサポートする一方で、従来は教師が中心に担っていた理解度や進捗の確認、コーチングの機能が欠けてしまうことが起きている、と島田氏。「指導する側にはコーチングや学習管理がより重要になってくるとともに、生徒には自分なりのやり方で答えにたどり着く管理の仕方が求められます。これを『自己調整学習』と呼んでいます」
そうした状況下、スタディプラスでは2022年3月にユーザー対してアンケート調査を実施。約2500件の回答から、たとえば多くの生徒が学校や生徒同士でコミュニケーションできるアプリを使用し、YouTubeの学習動画も日常的に取り入れている様子がわかりました。スマホを使って、通学中やお風呂に入りながらなどマルチタスクのひとつとして勉強することが浸透し、回答者の3分の2が、第1部でも触れられた時間効率=“タイムパフォーマンス”を重視して学習していました。また、LINEやZoomで友達とつなぎ、オンライン自習室のようにして一緒に勉強する行動も約3分の1の回答者に見られました。
ただ、ここでもタイムパフォーマンスの反動とも言える行動がありました。回答者の約半数が、時間を気にしない趣味や活動に取り組んでいました。
「まとめると、勉強時間や勉強量の自己管理が求められる中、生徒はタイムパフォーマンスを追求し効率化に努力していて、さまざまなアプリやWebサービスを使いこなしていました。他方、自分の趣味ややりたいことに割く時間は効率を度外視し、没頭する状況がありました。その領域は、かつての同世代以上に多様化しており、昔よりも費やす時間や労力が大きくなっている様子もうかがえました」
情報処理の能力やプロセスが根本的に変化している
ここからは第3部として、視聴者からのご質問を交えながら、ボヴェと島田氏によるトークセッションが展開されました。
ボヴェ:私たち博報堂若者研究所は大学生中心に話を聞いていますが、スタディプラスのユーザーである中高生に関する調査を聞いて、思った以上に連動する部分が多かったと感じました。私たちも、中高生にも話を聞きたいとずっと思っているのですが、実現するのはなかなか難しい状況がありまして。その点でも、島田さんのお話はとても参考になりました。
中高生から大学生含めて共通していたのは「自分なりに」という姿勢だと思いました。多様性が認められる社会になりつつあるだけに、単一の答えやロールモデルがないので、他者の承認ではなく「自分で自分をどう認めるか」といったことが強く意識されている。経産省や文科省の動きも踏まえると、学習そのものが自己に軸足が置かれるように変わっているのは、本当に大きな流れだと思いました。
島田:そうですね。前提として、調査に回答するユーザーという点で一定の偏りがあること、さらにはスタディプラスのユーザーである時点で、学習意欲や学習の履歴にある程度の差が発生していると思っています。全体の傾向としては自分で学習管理する意識の高まりを感じていますが、皆がそうではないので、そうではない子どもに対して僕らのような事業者や、それこそ国がどう関与していけるかが問われる時代になると思います。
ボヴェ:ありがとうございます。
視聴いただいている方から「タイムパフォーマンスは“時短”とは何が違うのか。動画よりテキストのほうが内容理解の時短になるが、動画のほうがよいのはなぜなのか」と質問が寄せられています。とてもいい質問ですね、私も考えてみたのですが、テキストの内容を理解するには集中しないといけないので、じつはシングルタスクなんですね。一方、映像はマルチタスクで扱えるから映像のほうがいい、というのはひとつありそうです。
文字よりも映像で、直感的・体感的に吸収することに長けているのは、若い世代とそれ以上の世代の根本的な違いではないかと思います。ものを理解するプロセスが、決定的に変わっているような気がしますね。
島田:そうかもしれませんね。私の子どもが今2人とも小学生なんですが、同じコンテンツのマンガと映画があったら必ず映画を選びますし、何なら映画を観ながら別のデバイスでYouTubeを視聴したり、ゲームをしたりもしているんです。そして不思議と、両方とも頭に入っているんですね。
ボヴェさんがおっしゃった、情報処理の能力やプロセスが根本的に変わっているというのはうなずけます。大学生や中高生の手前の、小学生からもうそんな傾向が出始めていると感じています。
ボヴェ:人間はいつの時代も変わらない、といった言説も聞きますが、私自身はそれも一理あると思いつつ「OSのバージョンが違う」と感じることが多いですね。
同じ人でも“どのモードのときに届けるのか”が重要に
ボヴェ:では、そんな若者に対する商品開発やコミュニケーションは今後どうしたらいいのか、島田さんと考えてみたいと思います。私が紹介した大学生の傾向だけでなく、中高生にも、時間管理や効率重視の反動で「趣味には時間をかける」様子がありました。この二極化に注目すると、企業は自分たちの商品やサービスがどのようにユーザーを助けるのかを明確にした上で、どちら側から接触するのかを意識することが大事なのかなと思いました。
島田:ボヴェさんのお話に「複数の顔を使い分けている」指摘がありましたが、当社のアプリは学習アプリなので、当然ながら使用中は勉強をしているんですね。すると「勉強する人格」になっているので、我々がゲームの広告などを入れると「勉強中なのに」と怒られてしまうんです。一方、スマホで遊んでいる最中ならゲームの広告に怒ったりはしないと思うので、その人を一面的に見て理解したつもりにならず、シチュエーションを踏まえて感情を推し量らないといけないですね。
ボヴェ:同感です。何をしている最中か、あるいはどのコミュニティにいる時間かによって、自分の中でモードが切り替わっている感じがありますね。それによって気分も、言葉使いも変わったりする。最近、印象的だったのは、以前からSNSで“裏垢(アカウント)”を持って愚痴などを言う人はいましたが、複数のアカウントをすべて表として使い分けている人が増えていることです。裏・表ではなく、「別垢」「専用垢」なんていう言い方をするようになっていますね。
企業が接するとき、そのすべてを理解して応えようというのは難しいですが、この人のどのモードに向けるのか、は意識する必要がありそうです。
Studyplusだと、勉強しているモードに遊びの広告がそぐわないというお話がありましたが、たとえば勉強を応援したり、勉強をサポートする商品や企画などだと受け入れられるのでしょうか?
島田:そうですね、4年ほどStudyplusに携わっていますが「応援されてうれしい」気持ちが湧きやすいというのは日々感じています。
裏を返すと、これは学習アプリ特有かもしれませんが、勉強にはやはり孤独感があるんですね。たとえ皆で勉強しても、自分の成績を上げるのは自分だけだという側面があるので、どこまでいっても孤独はつきまとう。だから友達とつながって、あきらめないで頑張ろうとしたりしています。なので、そこに「応援」という文脈は有効ですね。
何を切り口にユーザー理解を深めるか
ボヴェ:“つながる”ことがモチベーション維持になっている点に、大きな可能性を感じます。オンライン授業なども広がり、今ではデジタルでも十分つながる実感を得られるようになって、同じ時間に誰かとつながっていることがモチベーション維持に結びついている。これは勉強以外にも生かせそうです。
私たちは、たとえば数人で協力して荷物を運ぶといったことが自然にできますが、相手とタイミングを合わせてひとつの作業をするのはロボットにはすごく難しいそうです。この身体的な連動性は、皆が勉強していると自分もできそうな気がすることにも通じると思うんですね。そして映像でつなぐことで、さらに発動しやすくなったりしている。今、メタバースにも注目が集まっていますが、デジタル化によって身体感覚がどう変わるかを考えることも大切になりそうです。
島田:興味深いです。Studyplusはもう10年ほど運営していますが、実はその前身のサービスにはSNS機能がなく、自分だけの学習管理アプリだったんです。それがまったくヒットせず、内容を見直した経緯がありました。そこから口コミ中心で伸びていったので、基本的な体験と“つながる”機能、コミュニティをセットに提供するのは重要なテーマだと思っています。
ボヴェ:ブランディングという大きな概念においても、ブランドコミュニティの存在が重要だと最近改めて言われています。何らかの対象を好きな人同士、あるいは何かに向かって頑張っている人同士がつながっている感覚をどうつくるか、考えていきたいですね。
若い人の変化や悩みなどに目を向けるのは企業にとってもチャンスですし、よりよい社会をつくるという意義もあると思います。今回はひとつの切り口として「時間」をテーマにしましたが、島田さんのお話も含めて時間との向き合い方がかなり変化していて、時代を反映するものでもあると感じました。
島田:そうですね。私自身も「時間」を切り口に今回の発表を用意する中で、得られたことや考えたことが多かったです。同時に、ユーザーに向き合う際に「何を切り口にするか」を検討することが、さらなるユーザー理解やサービス改善に結びつくと思うので、ぜひ企業の方々もそうした意識を持たれるといいのではないかと思いました。Studyplusでは学習意欲の高いユーザーに向けて、企業との取り組みも多く展開しているので、今後もいい事例をつくれればと考えています。
スタディプラス株式会社 執行役員CPO 島田 豊
2018年にスタディプラスに入社。Studyplusのプロダクト企画に従事した後、2020年執行役員就任。スタディプラス参画前は、KLab株式会社にて広報および新規事業に従事したのち、マーケティング部を立ち上げて部長に就任。その後、株式会社DonutsにてWebメディアの事業責任者担当。
博報堂若者研究所 リーダー ボヴェ啓吾
法政大学社会学部社会学科卒。2007年(株)博報堂に入社。マーケティング局にて多様な業種の企画立案業務に従事した後、2010年より博報堂ブランドデザインに加入。ビジネスエスノグラフィや深層意識を解明する調査手法、哲学的視点による人間社会の探究と未来洞察などを用いて、ブランドコンサルティングや商品・事業開発の支援を行っている。2012年より東京大学教養学部全学ゼミ「ブランドデザインスタジオ」の講師を行うなど、若者との共創プロジェクトを多く実施し、2019年より若者研究所代表を兼任。著書『ビジネス寓話50選-物語で読み解く企業と仕事のこれから』
※本記事は博報堂WEBマガジン センタードット https://www.hakuhodo.co.jp/magazine/97662/ からの転載です。