先生っていう仕事
ZOCのYouTubeチャンネルで、にっちやんが高校時代の話をしてくれた。
そこではかつて「生ハムと焼うどん」として一緒に活動したパートナー・東ちゃんのことにも触れていて、少なからず彼女らの活動に好意的な印象を持ち、色々な背景があっての断食にもそれなりの切なさを噛み締めていた一ファンの私にはたまらないインタビューだったのだけれど、それは今回ちょっと脇に置いておく。
私が生うどんの話と同じくらい「あー、ね」と謎の納得を得たのは、にっちやんの学生時代全般の振り返りの中に出てきた「学校が好きだった」とか「先生がこうだった」という諸々の感想についてだった。
にっちやんはよく「圧倒的・陽」という言葉を借りて表現される人で、思ったことはあっけらかんと口にするタイプだ。
それを「毒舌」と捉える人もいれば「無垢」だからだと捉える人もいるわけだけど、なんというか、決してアホというわけでもない。
たとえるなら、頭の中に達観した老人が住んでいて若者の語彙を借りて発言しているような、そういう地頭のよさがある人なんじゃないかと解釈しながらインタビュー内容を聞いていくと、にっちやんが大好きだったと語ってくれた「学校」に関して、自分でも思い出すように共感できることがたくさんあった。
実は今、私は「先生」と呼ばれる仕事についていたりする。
それはにっちやんが語ってくれた範囲にあたる小中高ではなく、しがない美術専門学校で教務をしているというだけの話なんだけど。
でも正直、今年度いっぱいで辞めようと思っている。
いや「思っている」どころか本当は「辞めると心に誓っている」くらいなんだけど、にっちやんの明かしてくれた思い出を聞いていてちょっとだけ心が洗われたのだ。
・ ・ ・
学校という場所に勤めてよく言われるようになった言葉は「意外ですね」だったりする。
それは私が金髪で、アイラインを跳ね上げるようなメイクが好きで、耳の軟骨にピアスをばちばち開けるような人間で、サングラスを持っていたり派手な服を好んで着たりするからなのだけど、裏を返すとそれくらい「先生」と呼ばれる仕事には漠然とした偶像がある。
私はその「意外ですね」を「うちは美術系の学校だし、義務教育じゃないので」とか言ってヘラヘラ聞き流してきたけれど、ぶっちゃけ本当のところはもうちょっと深く考えていた。
先生という仕事では保護者から清廉潔白さを求められる一方で、ある程度の段階からは学生のよき理解者であることも求められる。
それは大抵、義務教育の終盤やそれ以降の話になるのだけれど、そうした場面で「私はエラーと無縁の人間ですよ」といったお高くとまったスタンスのまま学生と接していると、多くの子どもたちは次第にそれが鼻につくようになるし、なんだか大人そのものがとても理解できない何か別の生き物のように思えてきて自分との線引きをしはじめる挙句に、いつしか心の扉を閉ざしていく。
その時期や程度は人それぞれ異なれど、いわゆる反抗期というやつだ。
インタビューの中でにっちやんも言っていた「なんだか無性に反抗するのが気持ちよくて、横柄に振る舞ってみたくなる時期」っていうのは誰にでもある。
誰にでもあるからすごく軽視されがちだけど、私が思うにそれは人生のターニングポイントだ。
人間というのは幸せなときよりも、自分なりの尺度の中でちょっと悩んだり、行き詰まったり、困難に見舞われたり、そういうネガティブな局面に片足を突っ込んだ時にどんな人が近くにいてくれたか、どんなふうに折り合いをつけることができたかで、その後の人生が良きにしろ悪しきにしろ変わってくるというのが、私の持論でもある。
にっちやんは高校時代に遅刻の常習で停学をくらったとき、それまで接してきた中で一番人間味を見せてくれた先生に出会って「先生」という存在が自分と同じ生き物であることを理解したと言っていた。
私がそのくだりで「いい人に出会ったんだな」と感じたのは、先生がにっちやんの停学ペナルティを軽くしてくれたからではなくて、一人の人間としてにっちやんと等身大に向き合ってくれていたからだ。
もしかしたらその先生は「月曜からも通常出勤なのに土日の奉仕活動なんて付き合ってられないよ」なんて思ってたのかもしれないけど、でもそういう一面を見せてくれたことが、放っておいたらコロンと転がってどこかで割れちゃって、ずっとふてくされたままになっていたかもしれない高校生のにっちやんの気持ちを人知れず思い直させていた。
世間的にみれば先生らしくない対応かもだけど、じゃあ「先生らしく」きっちりがっちり奉仕活動を見張って「当然だ」という風に指導していたら、にっちやんはその大事な気づきを得られたのかな?
そう考えると、なんだか違う気がしてくるわけなのです。
ちょっと話がそれたので元に戻そう。
私は、にっちやんが出会った先生のように、学生のちょっとしたターニングポイントに「先生っぽくない」から介入が許される人間になりたかった。
先生と呼ばれて、まさしく基本の正しさをひとまず教えるのは義務教育を担当する全国各地の先生たちが教員免許を持って頑張ってくれていることだし、じゃあ大人になりかけの不器用で繊細なボーイズ&ガールズはこっちに任せてごらんなさいって、もうちょっと胸を張って言える時間を長く持ちたかった。
もう辞めちゃうけど、私は自分の目指したような先生になれていたのかなあ。
まったく自信がないわけじゃないけれど、確信するには短い在任期間だったのでなんとも言えない自分がいる。
やりたかったことをやりきれないのは、いつだって悔しい。
教育を取り巻く環境や思想がもうちょっと改善されてくれたら、いい先生はたくさん増えそうなのにな。
※この記事は2020/05/23にEvernoteでまとめていたものです
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