そして二年とすこしの月日が流れ去り。
令和4年(2022年)の年末、テレビ番組「徹子の部屋」にて
タモリさんがゲスト出演され、番組の最後、黒柳徹子さんより
【来年(令和5年)は、どんな年になりますかね?】
と問われたタモリさんは、
【誰も予測できないですよね、これはねえ。】
とおっしゃってから、さらに
【でも、なんて言うかなあ、
新しい戦前になるんじゃあないですかね。】
とのようにお話しされていた。
そして、それから
二年とすこしの月日が流れ去り、
街でベージュのコートを見かけても、ぼくは
指にはめたルビーの指輪は探さないけれども、
そのとき、タモリさんがおっしゃっていた
「新しい戦前」のことは、
今もなお、折に触れて考える。
つまり、令和7年となった現在、
さらに、どのぐらい
「新しい戦前」となっているかどうか。
世界においては、引き続かれて
凄惨な戦争が行われており、
未来から見れば、この今の時代は
「第三次世界大戦」として、
歴史の年表に載っているやもしらない、
とも言われていると存じあげますが、
日本列島の地域においては、いまだ
戦争による空爆等は起きておらない。
しかし、世界情勢を思うならば、
日本でも、いつ、
戦争が行われてしまうかどうか、
わからない、とも言えるのかもしれない。
「新しい戦前」ということばが語られた翌年、
内田樹さん×白井聡さんの共著
『新しい戦前 この国の〝いま〟を読み解く』
が刊行されて、この書籍の中で
思想史家・政治学者の白井さんは、、
そのとき、すでに
ほとんど「戦中」であり、そして
「台湾有事」の可能性において、
2025年、2027年などと挙げられている、
とおっしゃっていた。
2025年と言えば、今年、なのだから、
今年、もしかしたら、そのような
重大な事態は起きてしまうやもしらない。
仮に、台湾有事が起きる場合には、
日米安全保障条約は機能せず、その直後
日本列島へ水爆が落とされるところまで、
ありうる、とのことではあるのですが。
このような情勢における緊張感の中で、
日々を過ごしている、
とも言えるのだろう。
だからと言って、ぼくには、
どうしたらよいのか? とか、
できることはあるのか? とか、
そういうのはまったくわからないし、
なんにも語れないけど。。。
ともすれば、
くもり硝子の向うに見える
風の街を眺めながら、
切なさを感じるほかないものか。。。
令和7年1月8日