「自分のことば」を言うこと。
【自分の歌を歌えばいいんだよ】
と、岡本太郎は言っていた。このことばとは、
そう、今年7月に放映された
「TAROMAN」の第二回で言われていたのだった。
さくじつのブログではね、岡本太郎さんの
【自分の歌を歌えばいいんだよ】
というこのことばをね、
ビートルズが存在しない世界が描かれる映画
『イエスタデイ』をあらためて観ながら、
思い出していた、のことを記したのですが。
この「自分の歌」というのはさ、
どういうことなのだろう?
ってえのは、よくわからないの。
たとえば、カラオケでね、
大好きな歌を歌う、ってゆうのは、
その歌は自分で作った歌ではないけれども、でも、
「自分の歌」だと言ってもよいぐらいに、
大好きだし、お気に入りだし、よく口ずさんじゃうし、
大事にしているような歌もあって。
そういう歌でも、厳密に言えば
「自分の歌」と言えるのかどうか。
はたまた、
「歌」ではなくって、たとえば、
「自分のことばで言う」
という言い方もあって。このときの
「自分のことば」ってゆうのもね、
よくわからないと言えばよくわからないな。
「自分のことば」って、
何なのだろう?????
考えてみれば、
自分自身だけで考えたことって、
どれだけあるのか。
いや、もう、なんとゆうか、
本を読んだり、
他人の話しを聞いたり、
することによって、
考えたことばっかりだ。
ことばって、ある意味では、
言おうと思えば、どんなことでも
簡単に言うこともできるから、
「受け売り」だっても、「うそ」だっても、
言おうと思えば、言えてしまう。
しかも、そのことばをね、
「受け売り」だとも、「うそ」だとも、
自分で思わないままに、
言ってしまうことだってもあるんだろう。
さらにはさ、そもそも、
ことば自体が、
自分の生まれる以前から存在していて。
つまり、あらゆることばとは、
誰かによって作られている。
ならば、
「自分のことば」だからと言って、
自分で、勝手に、気のままに、
ことばを作って言おうとしても、それは、
「ことば」とは言いがたい、やもしれない。
そのような状況の中で、
「自分のことば」を言うなんて、
できるんだろうか。
「自分のことば」というのが、
どういうことなのか?
ってえのはさ、まだ、
よくわかんないけれども、でも、
たとえば、自分が、
「受け売り」のようなことばだったり、
「うそ」のようなことばだったり、を、
言おうとしてしまうときには、
そのことばが、
「受け売りである」とか、
「うそである」とか、をね、
自分で気づけられるようでありたい。
なんだか、
「自分のことば」というものを考えるときには、
ぼくは、これぐらいしか言えないんだなあ。
令和4年10月5日