永年に生きるように墾田したい。
「永遠」ということばはあるけれども、
その意味とはどういうことなのか?
って、ぼくはよくわからないな。
生物は、みな
いつかは死んでしまうのだし、
食べ物は腐ってしまうし、そして
この大地さえも動いてゆきながら、
そのあいだには、
どの生物も絶滅し、かつ、何十億年後とかには
地球も、太陽も、宇宙も、
無くなってしまう日がやって来るんだろう。
そんなふうに思えば、
永遠なんてあり得ない、
とも考えられる。たとえば、
743年(天平15年)、新たに開墾した土地は
永遠にじぶんのものにしてよい、として制定された
「墾田永年私財法」も、今思えば、
永遠では無かったんだから。
701年(大宝元年)、大宝律令の制定によって成立したとされる
「班田収授法」は、六年ごとに
農地の分配(班田)が行われて、
戸籍に基づいて六歳以上の男女へと
口分田という農地を割り当てられ、その土地は
その人が亡くなると国家へ返させた。
その後、723年(養老7年)に発布された
「三世一身法」では、開墾者から
三代までの墾田私有を認めた。
しかし、以後、人口の増大によって
口分田が不足し始めたこともあり、土地を
新たに開墾することを奨励する政策として、
「墾田永年私財法」が定められた。
これにより、大化の改新で打ち出された
「公地・公民」の制度も崩れた。
なおかつ、「墾田永年私財法」ではのちに
「荘園」と呼ばれる私有地が広がり、
平安時代、鎌倉時代、室町時代、と
荘園制度は移ろい、次第に
解体へも向かいながら、戦国時代を経て、
1582年(天正10年)から1598年(慶長3年)までのあいだ
豊臣秀吉が行った「太閤検地」によって、
荘園は完全に消滅したとされる。
(内容が間違っていたら申し訳ないです。)
太閤検地から約400年経った今、現在の
土地の制度がどのようにしてスタートしたか?
みたいなことはぼくは存じない。
いや、そもそもを言うならば、
今の土地の制度がどのようになっているのか、
ということさえもぜんぜん存じないけれども。
でも、歴史的に見るとすると、
現在の制度だって、いつかは
崩れてしまうものなんだろう。
そのときには、何が起きることで
崩れてしまうかもわからないけど、
それは、つまり、
未来のことは誰にもわからない、
ということを意味しているのかなあー。
「永遠」というものが、
あるかどうかはぼくは知らないが、
明日のことを思いながら、今、
永年に生きるように、
墾田したい。
なおかつ、
コンデンサーは、
永遠に電気を蓄え放ってゆけ!
令和6年10月21日