見えなかった「敵」の正体とは。
先日のブログでは、Mr.Childrenの
1996年リリースのアルバム『深海』収録、および、
のちにシングルカットされました
『マシンガンをぶっ放せ』という曲と、
2015年リリースのアルバム『REFLECTION』収録の
『Starting Over』という曲について、
どちらとも「銃」がモチーフとなっていて、
この二曲はリンクしているやもしれない。
ということをしるしました。
とは言ってみても、
『マシンガンをぶっ放せ』は
「機関銃(マシンガン)」、
『Starting Over』は
「散弾銃(ショットガン)」なので、
銃の種類がちがうし、そして、
『Starting Over』制作時のドキュメントを
観たこともあるし、そのように、
つまり、作為的にリンクされている、
とは思わないのですが、でも、
やはり、どこか関係していそう、
って想ってしまうなあー。
仮説として、この二曲が
関連していると考えるともすれば、
感慨ぶかいと思われるのは、
『マシンガンをぶっ放せ』では
【見えない敵にマシンガンをぶっ放せ】
と歌われていたのが、
『Starting Over』では
【肥大したモンスターの頭を
隠し持った散弾銃で仕留める】
と歌われる、ここでの「モンスター」とは、、
あいつの正体は虚栄心?
失敗を恐れる恐怖心?
持ち上げられ 浮き足立って
膨れ上がった自尊心?
【Starting Over/Mr.Children】
「虚栄心」だったり、
「恐怖心」だったり、
「自尊心」だったり、つまり、
じぶん自身の内部にある「心」を、
銃によって、仕留めようと試みる。
このことから、たとえて言うとすれば、
『マシンガンをぶっ放せ』のときには、
「敵」とは何なのか、
目に見えていなかったのが、
それから約20年が経った
『Starting Over』のときには、
その正体が何なのか、目に見えて、
はっきりわかるようになっている。
そして、目に見えなかった
「敵」の正体とは、じつは
「じぶん自身」であり、今日もその
「敵」と戦っている。
そういうふうに批評するとすれば、
なんだか、すごい!!! というか、
そう想いながら、あらためて
『Starting Over』を聴いてみれば、
これまでとはちがった気持ちを感じられて、
ちょっと、なんだか、泣きそうになった。
そう考えると、たとえば、
これまでずっとわからなかったことが、
長い月日が経つことによって、
見えてくるようになる、つまり、
わかるようになる。
というような解釈もできるかなあー。
もしかしたら、そういうこともね、
年齢を重ねることの
ひとつの希望なのやもしれないか。
ぼくだっても、いつか、
わからなかったことが、
わかる日が来るならば。。。
今日も 僕だけが行ける世界で銃声が轟く〜
令和4年10月24日