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お葬式で//「ありがとの」

このお話は、私が18か19くらいに体験したお話です。

季節は忘れてしまったのですが、長袖の礼服を着ていた気がするので秋か、春の終わりだった気がします。

暑くも寒くもない、丁度良いカラッとした空気で、青い綺麗な空が民家の頭上に見ていた気がします。

この日はお世話になっている先輩のお父さんのご葬儀でした。

私は中学校三年間、美術部だったのですが、その美術部の二個上の先輩にとても仲良くしていただきました。今でも地元に住んでいる関係で、時々コンビニや近くのモールで遭遇し、「最近どぉ?」とたわいもないお話をする間柄です。

お気に入りのCDやゲーム、マンガの貸し借りや、お互いの家に遊びに行ったり泊りに行ったり。映画を観たり、一緒に犬の散歩に行ったり。

妹とはちょっと違うのですが、そんな感じでとても仲良くしていただきました。

その先輩のお父さんも、私にとてもよくして下さり、夏には何度も先輩たちと一緒に山の上の(実は立ち入り禁止だった)川に連れて行ってくださったり、色々なお話を聞かせて下さったり、とてもやさしくたくましいお父さんでした。

川遊びに行くと、ちょと高い5mくらいの岩場から「ライダー、キーック!!」と飛び降りて水しぶきを上げて笑っている、バイクと家族をとても大切にされていたカッコいいお父さんでした。

先輩が中学を卒業し、高校に進学しても、先輩もお父さんも変わらずとても仲良くしてくださいました。

私が高校に入ってしばらくして、先輩のお父さんがご病気で入院されているという話を先輩から聞きました。先輩たちご姉妹もほぼ毎日のように病院に通っていらっしゃる中で、訃報を伝えられました。

着なれない礼服に、数珠は右か左か。芳名帳に名前を書いてきちんと挨拶をしなければ、と緊張しながら参列をし、ご葬儀が始まりました。

粛々と進行するご葬儀で、家の中にはご親族。とても広い立派なおうちでしたが、先輩のお父さんのお人柄を表すように、たくさんの人が訪れ、おうちの中に入りきらないほどの人数でした。おうちの外の駐車場にパイプ椅子を敷き詰めて、私は後ろの方の通路側に座らせてもらった気がします。

ご親族からお焼香が始まり、おうちの外で列席している方々も前の方から順に最期のご挨拶をさせていただくことになりました。私の前の人の順が終わり、隣の人が動き出したので、私もそろそろと移動しました。

門扉を通って、玄関までのアプローチを進むと、和室の戸が開けられており、仏間が見えます。仏間にはお坊さんと先輩たちとおばあ様、ご親族の方が並ばれていて、その和室の窓際の縁にお焼香代が設けられていました。

前の人の様子を見て、同じようにお焼香をしながら、

「おじさん。本当にお世話になりました。先輩とはこれからも仲良くさせてください。今まで本当にありがとうございました」

と心の中で呟いて、元の席に行くためにその場を離れました。

四歩くらい歩いて、門扉の前に差し掛かる時、

ぽんぽん、っと右肩を叩かれました。
「ありがとの」

顔の横。右方向。片が叩かれたその直ぐ傍で、はっきりくっきりおじさんの声が聞こえました。

私はびっくりして振り返ったのですが、そこには急に立ち止まった私を怪訝そうな目で見るおばさんの姿があるだけで、声の主のおじさんはどこにもいませんでした。


あれから数年経つのですが、やはりあれはおじさんだったのだろうな、と奇妙にも確信めいた思い込みがずっと残っています。

お茶目で豪快でとても素敵な先輩のお父さん。

その節は、声をかけていただき、本当にありがとうございました。


(追記。「ありがとの」と書いたのですが、「の」の音が「よ」だったのか「の」だったのか、その中間だったのかいまいち判然としません。ただ、ありがと、というのははっきり聞こえたので、「ありがとの」の方で表記しております。)


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石野@マクラメアクセサリー作家
天然石を極細の糸で編むマクラメクリエイター。天然石をマクラメの技法を駆使して宝石いっぱいのペンダントにしています。