「誰のためのデザイン?」を読んでみて
はじめに
現在、ストラスブール大学の修士課程に進んでおり、私が特に勉強したかった UX に関しての授業を数回受講しました。
講師からは UX に関して6冊の推薦図書があります。
読むこと自体は任意ですが、授業の内容が英語ということもあり、授業だけでは完全に理解を深めるのは厳しいと思ったので、いくつかを読んでみることにしました。
幸いにも出されたリストのうち、2冊は日本語に翻訳されていたため、この
2冊を読むことにしました。
今回はその中の一つ
「The Design of Everyday Things」(意訳:誰のためのデザイン?)
を読んでみました。
本の概要
1990年に初版が発売され、UX に関してのフレームワークや概念を提唱しています。私たちが使うもの(ex 電話、スマホ、PC)は変わっていくものの、根本的なデザインの原則は変わらないため、ロングセラーとなっている本です。
著者は認知科学者であり Appleでも働いた異色の人で(執筆後に Apple に入社)、Apple のデザインは心理学者によって考えられていたと思うと、なかなか興味深いと感じます。
オリジナル版の表紙は「マゾヒストのためのコーヒーポッド」という「注ぐ部分」と「持ち手の部分」が同じ向きにあるデザインのポッドが使われています。UX に関しての皮肉が込められていて、なんとも面白いです。
今回はその本をさらに現代向けに改訂したものを読んでいきました。(テクノロジーの進化により、本に出てくる例のいくつかが古くなってしまったため、改訂版が出ている。)
こちらが日本語版はこちらになります。
全体で500ページほどで、謝辞や引用を除けば400ページほどです。
個人的には、章によって面白い・つまらないが分かれるような本だと感じました。概念的な話を飲み込んだりするのに時間がかかる場合もあれば、スッと頭に入ることもあります。
ゆっくり読んだので2週間ほどかかったと思います。章ごとに話は分かれていますが、章の内容はリンクしている場合が多いので、一気に読んでしまうことをオススメします。
興味深かった内容
思っていたより長かったので、一部を抜粋してまとめました。
- 発見可能性
良いデザインとは何か?を考えた時に、人が初めて何かを使うとき「どういう行動が可能か」「どの部品をどうすればよいのか」を考えます。これらを見つけれることを指します。
→ 結局、多すぎるとよく使う1つか2つだけを覚えて、後は使わなくなります。例としてリモコンを私は想像しました。
ちなみに高齢者は、ボタンが多い方が良いらしい…
- 発見可能性とその要素
発見可能性には6つの要素(5つの心理的概念 & 概念モデル)があります。
① アフォーダンス:物理的なものと人の関係(関係性)
② シグニファイア:アフォーダンスの存在を示す特性
→ 人々に適切な行動を与える、マークや音、知覚可能な標識全てを示すもの
例えば、人はドアを前にすると、多くの行動(アフォーダンス)を想像できます。そこにPSUHのようなサイン(シグニファイア)があれば、それができる(アフォード)できると人は考えます。
③ 制約:新しいモノの扱い方を判断するための手がかり
デザイン側で制約をつけることで、行為を限定して導くことができます。さらに制約には4種類あります。
物理的制約:物理的な制約(先の鍵やアラートの例)
文化的制約:国、地域、宗教など(ex エスカレーターの立ち位置)
意味的制約:状況が意味する制約(ex 前車のランプが赤の場合は止まる)
論理的制約:論理的な結論の制約(ex パズルの残りのピース)
④ 対応づけ(マッピング):制御と行為の関係を位置関係でわかりやすくする
例では、コンロのつまみの配置が、左側①ではどれが対応しているのか覚える必要がある。右側②では実際のコンロの位置と同じように配置してあるため、覚える必要がなくうまく対応づけがなされています。
⑤ フィードバック:行為の結果を知らせる
意味そのままに、行為に対して結果を伝えることで、人は行為が正しかったと判断します。しかし、フィードバックが弱かったり、過度なフィードバックは、逆に悪でしかないです。
⑥ 概念モデル:極めて簡素化された、あるものがどう動くのかの説明
例として、パソコンのごみ箱アイコンは、実際にパソコンには物理的なごみ箱があるわけではありませんが、動作をごみ箱アイコンを使って上手く表現しています。
人は何かを使うときに、過去の経験や外部の情報などから、既に固定概念(メンタルモデル)を持っており、これがデザイナーが考えた概念モデルと一致したとき、使いやすいデザインになるのです。
- スキューモーフィックデザイン
質感や特徴など現実世界のモチーフを模倣したデザイン。ユーザに馴染みのないものの外見を、馴染みのあるものにすることにより理解を促進するために使われます。
キューモーフィックデザインは、見た目にかかわるデザインだけではない。例えば、スマホのカメラシャッター音などは、本来なくても良いが、「カシャ」っとした音を再現している。
- ヒューマンエラー(スリップとミステーク)
人はミスをする(ヒューマンエラー)。これは分類することができます。
スリップ:ゴールは正しいが行為が適切でない
ミステーク:そもそも行為のプランが間違っている
これらはさらに細かく分類できます。
(割愛しますが気になる人は調べてみてください。)
問題が起こった時のために、ヒューマンエラーと呼ぶものは、単にテクノロジーに人の行為が適していない場合が多いです。テクノロジーには欠点があるので、ゴールやプランに合うようにテクノロジーで支援することを考える方が良いでしょう。
- ダブルダイヤモンド発散収束モデル
2つのダイヤモンドを描くように発散と収束を行う課題解決方法です。
以下の記事を読んで、プロセスを追うのオススメです。
このフレームワークを使うことで、フェーズごとのタスクが明確で集中しやすくなります。
-ウォーターホールとアジャイル
開発プロセスの手法です。
ウォーターホール:前のフェーズが完了した場合にのみ次のフェーズに進むことができる。ここにステージゲート法(「ゲート」と呼ばれる審査ポイントを設ける)を取り入れるパターンもある。
アジャイル:変化が多い開発環境や、ユーザーのフィードバックをもとに逐次改善する方法
現実ではうまくいかないことが多いので、手法をハイブリッドで運用することも見られています。
- インクルーシブデザインとユニバーサルデザイン
インクルーシブデザイン:多様な人々のニーズや背景を考慮してデザインをする手法
ユニバーサルデザイン:できるだけ多くの人が利用可能なデザインを目指す手法
例として、「肌の色に合う絆創膏」を考えたときに、ユニバーサルデザインでは、すべての人が絆創膏を利用できる必要があるため、色を透明にする。インクルーシブデザインでは、特定のユーザーの肌と同じ色の絆創膏を作る。
- 人間中心デザイン(HCD = Human-Centered Design)
人間のニーズ、能力、行動に合わせてデザインすることです。
人間が技術やデザインに合わせるのではなく、デザインが人間に合わせていく方が、良い UX を体現できるそうです。
- 人間中心デザインプロセス
プロセスはISO 9241-210として国際規格化されています。
パッと見は PDCA に近いですが中身は違います。プロジェクトではなく人中心であるということです。それぞれが単発ではなく、繰り返し行うことで「HCDサイクル」として表現されます。
ダブルダイヤモンド発散収束モデルを実際に進める時、これを行うと良いでしょう。
終わりに
この本は1章だけでも読む価値があるなと感じました。以降の章は基本的にこの章に書いたことをより詳細に掘り下げているから、という点にもあります。
2章は少し抽象的であり、特に行為の7段階理論に関しては、これを知ったからといって、これを仕事で意識的にこれをやるのは相当難しいと思っており、自分の中では少し消化不良という感じです…
6、7章では、実施の現場は理想だけではうまくいかないことを説明しており、一人の作業者(エンジニア)として、納得いく部分も多かった。
その他
この本を読んだ多く人が、インターネット上にまとめ記事を書いています。特に以下のサイトはわかりやすかったのでオススメです。
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