
人間中心設計導入ノウハウ No.01「市場タイプを見極めろ!」
多くの企業で、人間中心設計を導入したり、そのお手伝いをしたりしてきました。そのノウハウを紹介していきたいと思います。第1回は「市場タイプを見極めろ!」です。人間中心設計の計画を立てる際、市場タイプを考慮する必要があるからです。
人間中心設計プロセスは改善プロセスである
人間中心設計を導入し、「まずはペルソナだ!」と意気込んで進めていると、上司から「時間をかけてペルソナを作ったのに、目から鱗のアイデアが出てこないじゃないか」と言われた経験がある方もいるかもしれません。それは、実はその通りなのです。以下の記事でも触れましたが、人間中心設計プロセスは「改善」のプロセスだからです。もちろん、改善のためのアイデアは出せると思いますが、新規事業開発を行おうとしているのに、改善アイデアで十分でしょうか? 人間中心設計の取り組みと、市場タイプとのミスマッチが起こっていないでしょうか?
市場タイプ
スティーブン G.ブランク著『アントレプレナーの教科書』では、次のような市場タイプが挙げられています。
既存市場で競争
低価格で市場を再セグメント化
ニッチで市場を再セグメント化
新規市場を開拓
製品やサービスを開発する際、既存市場では、現行機種の改良が中心となることがほとんどではないでしょうか。一方で、新規市場の場合、アントレプレナーシップを発揮し、リスクに果敢に立ち向かう姿勢が求められます。このような違いがあるにもかかわらず、どの市場タイプに対しても同じ人間中心設計の取り組みを適用することができるのでしょうか?
「人間中心設計プロセスは改善プロセスである」と述べましたが、これを踏まえた上で、各市場タイプに応じた取り組みを具体例を交えて考えてみましょう。
1. 既存市場で競争
ダイソン:既存の掃除機市場で、サイクロン技術を用いて吸引力による差別化を行い、高価格でも市場を席巻した。デザインが良いので、部屋に置いていてもオシャレ。片付けなくてもよいのも魅力。
基本的には性能の向上によって差別化を図ったケースだと考えられます。しかし、「片付けるのが面倒だ」というニーズは、インタビューや行動観察、フォトダイアリーといった調査手法によって発見できる可能性があります。この市場タイプでは、性能向上が主軸となる一方で、人間中心設計は、いくつかの新たなセールスポイントを見つけ出すことができる重要な取り組みと言えます。
2. 低価格で市場をセグメント化
サウスウエスト航空:フルサービス航空会社との差別化を図り、低価格短距離路線に特化。
ローコストキャリアというセグメントが生まれました。この市場タイプの場合、人間中心設計では何ができるでしょうか?「ペルソナが満足する新しいサービスを追加しましょう!」というのは、現実的には難しい選択かもしれません。この状況で人間中心設計が果たすべき役割は、新しいサービスを追加することではなく、ユーザーの本質的なニーズを深く理解し、それに基づいて価値を最大化しつつ無駄を最小化することです。
具体的には、ペルソナが重要視する予約やチェックインなどの搭乗体験を向上させる一方で、ペルソナにとって「なくても困らないサービス」(例:無料の機内食やエンタメサービス)を削減するといった提案が求められるでしょう。
3. ニッチで市場をセグメント化
ライカ:高価格帯のプレミアムカメラで、プロや写真愛好家をターゲットにしたニッチ市場を構築。
趣味で活動しているが、プロフェッショナルに近い高いスキルや知識を持ち、情熱も並々ならぬユーザー。デザイン性やストーリー性に魅力を感じ、憧れから購入したものの、実際にはほとんど撮影していないユーザー。このようなエクストリームユーザーの深掘り調査を行うことによって、ニッチ市場を見つけるための手がかりが得られる可能性が高いです。この市場タイプにおける人間中心設計の役割は、絞ったターゲットに対する徹底的なリサーチを通じて、彼らのニーズ、期待、消費行動を探り、一般的なユーザーでは気づかない隠れた価値や未充足の需要を発見することだと言えるでしょう。
4. 新規市場を開拓
ネスプレッソ:カプセル式コーヒーマシンという新カテゴリーを創出し、手軽に高品質なコーヒーを楽しむ文化を広めた。
ソニーのウォークマンが、屋外で音楽を楽しむという文化を創り出したことと似ていますね。音楽を楽しむとは何か? コーヒーを楽しむとは何か? こういった答えのない問題に挑むには、仮説検証型のリサーチではなく、仮説抽出型のリサーチが必要になります。例えば、「コーヒーの味を楽しみたいだろうから、好みの味について聞いてみよう」とか、「コーヒーを飲みながら読書をするのが楽しいに違いないので、コーヒーを飲みながら何をしているか聞いてみよう」という仮説を立て、インタビューシートを作成してリサーチを始める、といったアプローチでは、リサーチ結果をいくら分析しても「これって前から分かっていたことじゃない?普通だよね」という、ありきたりな結論に終わる可能性が高いのです。なぜなら、そのリサーチはすでに頭の中にある知識や想定の範囲内にとどまっているからです。
では、どうするか。例えば、「最近、眠れないんだけど・・・」という答えのよくわからない問題を解決しようとしたら、気になることは何でも列挙して、それらをすべてリサーチするしかないですよね。寝具が合わないのか、仕事のストレスなのか、アルコールのせいなのか、どこか体に問題があるのか…新規事業に向けたリサーチも同じです。
「コーヒーを楽しむとは何か?」
味を楽しみたいのか?産地を気にしているのか?本を読みたいのか?勉強したいのか?それで効率は上がるのか?周りが気にならないのか?そもそも、コーヒーショップの雰囲気が好きなのか?儀式になっているのか?わざわざコーヒーショップに行くのが面倒じゃないのか?途中に別の店があるのになぜここに来るのか?
ここで「それって**だからじゃないかな」と自分で解釈してしまい、列挙するのをやめてしまっては、仮説検証型に近づくので注意が必要です。人間中心設計というより、人間中心設計専門家として「何でもリサーチしてやろう!」という姿勢を持つことが重要です。
なお、せっかく良いリサーチができたとしても、頭の中にある知識で、リサーチ結果の分析とアイデア発想をやってしまうと意味がありません。←しかし、この話は長いのでまたの機会に。
まとめ
市場タイプを見極めろ!
既存市場で競争:
既存市場では、現行機種の改良や既存のニーズに対する最適化が求められます。人間中心設計は、ユーザーの本質的なニーズや不満を深掘り、競争優位性を作り出すために重要です。既存の製品やサービスに対して、どのような小さな改善が有効かを見極め、ユーザー体験を最適化します。低価格で市場を再セグメント化:
低価格帯で市場を再セグメント化する場合、コストパフォーマンスを最大化することが求められます。人間中心設計は、ユーザーが本当に必要としている機能を見極め、不要な部分を削減して、無駄のない価値を提供するために活用されます。新たなサービスを追加するのではなく、ユーザーにとって本質的に重要な部分に焦点を当て、最適化を図ります。ニッチで市場を再セグメント化:
ニッチ市場では、ターゲットとなる顧客層に対して深い洞察を得ることが重要です。人間中心設計は、徹底的なリサーチを通じて、一般的なユーザーでは気づかない隠れたニーズを発見するために活用されます。特定のユーザー層に対する価値提案を洗練させ、そのニーズに特化した製品やサービスを提供することが成功の鍵となります。新規市場を開拓:
新規市場を開拓する場合、仮説抽出型のリサーチを通じて、既存の枠にとらわれない新しい価値を創出する必要があります。人間中心設計は、ユーザーの潜在的なニーズや期待を発見し、革新的な解決策を模索するために重要です。リサーチを通じて、ユーザーの複雑な情報を整理してモデル化し、それをベースに新しい体験を考えます。
このように、市場タイプによって人間中心設計に求められるものは異なります。冒頭の「時間をかけてペルソナを作ったのに、目から鱗のアイデアが出てこないじゃないか」という疑問について、市場タイプが「1. 既存市場で競争」であれば、そもそも目から鱗のアイデアを出す市場ではないということになります。一方、市場タイプが「4. 新規事業を開拓」であれば、リサーチのやり方が良くなかったと言えるでしょう(とはいえ、そう簡単には新規事業アイデアは見つかりませんが)。市場タイプが「2. 低価格で市場を再セグメント化」や「3. ニッチで市場を再セグメント化」のときにこのようなことを言われたのであれば、人間中心設計専門家としての腕をもっと磨かなければならないかもしれません。