間接費の持続的削減手法
コスト削減は利益増加に直結するだけに、マネジメントに携わるすべての人が真摯に取り組むテーマです。しかし、その取り組みの多くは一過性の効果をもたらしただけで終わってしまい、しばらくすると再びコストが膨れ上がることを繰り返すことが大半ではないでしょうか。
実はこの現象、経営陣があまり交代しない中小企業より、任期ごとに経営陣が交代する中堅以上の企業でより深刻な事態になることがあります。
新任経営陣の大半は、ほぼ必ずコスト削減を改革テーマのひとつに取り上げます。しかも、任期中に成果をあげなければならないプレッシャーがかかるので、2年くらいでわかりやすい結果が出るものから優先して取り組みがちです。その結果、コスト削減の目的を見失い、いつしか削減目標の達成に血道をあげ始め、本来は削減すべきではない重要な投資まで削減してしまうという成長の芽を摘む愚行に陥りやすくなるのです。
コスト削減は、企業価値を向上させるための土台づくりの一環であり、常に取り組み続けなければならず、ゴールもありません。本稿では、間違ったコスト削減アプローチを正し、持続的削減を実現する方法論について考えをまとめます。
間接費の持続的削減が重要である理由
企業価値向上に効く
1万円のコスト削減は1万円の利益増に直結します。しかし、1万円利益を増やすには売上をどのくらい伸ばさなければならないかを考えると、間接費の適切なコントロールがいかに重要かがわかります。また、間接費のコントロールを重視する企業は、将来的な経済価値を創造するエクセレントカンパニーになる可能性が高いこともわかっています。
要するに、コストマネジメント感度が高い企業は、優れた業績管理体制を整えていることの証左であり、価値創造に関する優れた打ち手を講じることができるケイパビリティを有する可能性が高いのです。
しかし、コストマネジメントを重視していると言っても、必ずしもできているわけではないというのが現実です。
例えば、7割近い経営者はコスト削減に取り組む計画を立てながら、最終的に上手く行くとは考えていないことや、一旦コスト削減に成功しても、1~1年半後には再びコストは上昇すると4割の経営者は懸念していること、そしてコスト削減に着手してから3年にわたってコスト削減効果が持続した企業は4社に1社に過ぎないこと等、一過性の効果しか得られていない企業が多いのが現実なのです。
必要な投資と削減すべきコストの判別
営業部門の間接費削減に取り組むと、営業事務を削減し、事務職が担当していた計数管理、経費精算、経理関連業務を営業担当者に移管することがままあります。
これは悪手です。
営業職は顧客との商談時間をできる限り多くとることが最も重要であり、社内事務で時間が喰われてしまうと、商談機会や受注機会を逃すことになります。顧客折衝が減るにつれて営業スキルも低下してしまいますし、営業担当者の事務品質は事務職と同じ水準になく、ミスが増え、その修正や対応に追われてさらに商談時間が減っていくという悪循環に陥ります。
つまり、行うべきコスト削減策は、営業拠点ごとに分散配置されている営業事務を集約し、MA、SFA、CRM等を活用して自動化・合理化することが妥当でしょう。この施策なら、営業担当者の商談時間を増やすことによる売上増加が期待できるだけでなく、事務品質の高度化、自動化・合理化によるコスト削減のすべてを満たすことが可能です。
また、戦略転換によってこれまでの強みを喪失するリスクもあります。
例えば、同業他社の出店地域に集中出店して成長した企業が、同業他社の未開地域にも出店する戦略へと転換した場合、直面するのがマーケティング機能の脆弱さです。
市場規模、人流、購買行動の傾向、売れ筋、CX、プライシング等、これまで他社店舗の状況観察から得られたマーケティングデータをすべて自前で用意しなければならなくなります。
その費用を捻出するために、かつて市場参入リスクをおさえるために培ってきたケイパビリティを削減したら、二度と元通りの競争力を発揮できなくなる可能性が高くなります。
こうしたデメリットも的確に認識したうえで、戦略転換の再考、もしくはもっと上手く進める施策を再検討すべきでしょう。
A&Rに響く
A&R(Attraction & Retention、優秀人材の惹き付け・引き留め)の観点から見ると、短絡的な人員削減のようなスジの悪いコスト削減は、優秀人材の流出につながります。ある調査によると、9割近くの経営者は、1%の人員削減をすると残った従業員のモチベーションに悪い影響があることは理解していますが、離職率が30%強上昇することは理解していません。
この調査は欧米企業を対象としたものなので、日本企業の離職率が30%強まで上昇するとは考えにくいですが、希望退職を募った場合に想定以上の人員が応募することが珍しくない現実を見ると、二桁の離職率上昇は覚悟すべきでしょう。
これが意味することは、ごく少数の人員削減に留めたとしても、そのリカバリーが必要となり、結局その代償は高くつく、ということです。
例えば、従業員数100名、平均年俸400万円、従業員の補充費用(雇用、研修、生産性低下)平均年俸の20%(80万円)、離職率5%の場合、1名解雇して離職率が10%上昇すると仮定すると、解雇1名、離職者15名となり、リカバリーまで含めた総コストは800万円(80×15-400)となります。誰も解雇しなければ退職者5名分の補充費用400万円で済んだのに、1名解雇して短期的に400万円セーブできたとしても、後々800万円を支払う羽目になります。
しかも、労働人口が激減する今、すぐに新たな人材を採用できるとは限りません。現状回復のリカバリーに時間がかかるほど、低生産性に喘ぐ期間が長くなるわけですから、累計損失額は増えていきます。
さらに、優秀人材ほど真っ先に流出する傾向にあることを考えれば、長期的な競争優位性の源泉を失うのです。新たに採用する人材が、流出した優秀人材と同じくらい優秀であることを期待することも、あまり現実的ではありません。
離職者15名分の年俸総額6,000万円がセーブできるメリットはあるとはいえ、優秀人材15名が将来的に創出しただろう価値を喪失するあまりにも大き過ぎるデメリットを考えると、資金繰りが逼迫して他に打ち手がないなど、よほど窮地に追い込まれているのでなければ、人員削減は自らを窮地に追い込むリスクが高いことを認識すべきです。
間接費の持続的削減における3つのKFS
7つの効率化手法
需要の管理
全社的に見ると重複している機能や業務が多くあるものです。そもそもその機能や業務は本当にそこに存在している意義があるのかという観点から、何らかの付加価値を生み出していないものは撤廃します。統合と集中
バックオフィス機能をシェアードサービスセンターに集約、高度化、専門性を追求することにより、生産性を引き上げます。コストセンターから将来的なプロフィットセンター化を視野に入れて取り組みます。スマート・ソーシング
非コア業務を切り離し、戦略的にアウトソーシングすることを基本として、全ての経営資源をコア業務に集中させることにより、企業価値の向上を加速します。リーンマネジメントとプロセスの最適化
現状の業務とプロセスを、ベンチマーキングを活用して標準化、最適化します。デファクトに照らすことにより、引き摺ってきた負の遺産を断ち切るための大義名分も得ることができるので、抜本的改革が叶います。テクノロジーによる実現と自動化
あるべきCJ(カスタマージャーニー)をデザインし、SFA、CRM等のテクノロジーを導入して、これまで自社で行ってきた取引業務を顧客自身によるセルフサービス化へと転換します。組織構成とガバナンス
組織構造、マネジャーの役割に応じたスパンとレイヤーの最適化、マネジメントポリシーの転換に取り組みます。詳細は後述します。マインドセットとスキルセット
間接費削減に取り組むうえで必要なスキルを習得するカリキュラムを入社時から継続的に実施することにより、正しい間接費削減活動を持続的に実行することが当たり前というカルチャを醸成します。
ゼロベース・アプローチ
このアプローチの特徴は、達成すべき戦略目標を掲げたうえで、すべての項目を詳細かつ正確に調べ上げるので、価格と規模の観点からボトムアップで積み上げ、すべての支出をKPIとリンクして評価する点にあります。
そのメリットは、平均25%もの間接費削減効果が見込めること、巨額予算を付与されることによる既得権者意識をなくすことができること、そしてPMVV(Purpose, Mission, Vision, Value)、全社目標、部門目標等とのリンケージを認識することによって、必要な投資と削減すべき間接費を見極めやすくなることがあげられます。
昨年実績を基準として用いることや、漸増見込みを考慮すること、詳細ではなく大きなまとまりで検討すること、差異に注目すること、そして支出を個々に評価すること等は、ゼロベース・アプローチにおける禁忌事項なので、厳に慎みましょう。
シンプルではなくスマートに解決する
業務の複雑さと高度化が進むほど、スパン(マネジャーがマネジメントする人数)とレイヤー(組織階層)は肥大化傾向にあります。しかし、これではマネジメントが行き届きにくくなるという弊害があるため、適切なスパンとレイヤーに再編する際、効率性と効果性を考慮してフラット化するケースが増えています。
一般的に、最適なスパンとレイヤーは7名✕8階層と言われています。しかし、マネジメントの機能状況を把握することなく、単に機械的に階層を減らすだけでは、マネジャー一人当たりのスパンが過大になり、マネジメントの効率性、効果性は悪いままです。
ここで考えるべきは、マネジャーの役割に即した適正なスパンを設定することです。例えば、マネジャー業務における「プロセスの振れ幅」「業務量」「業務のユニークさ」「スキル構築の必要性」の大小によってマネジャーをPC, C, SV, FT, CDの5つに類型化(PCが最大、以下順を追って小さくなりCDが最小)、それぞれのスパンを以下のように定めます。
・PC, Playing Coach(自らも手を動かしつつコーチも行う役割):3-5
・CH, Coach(上記よりマネジメント比重が多い役割):6-7
・SV, Supervisor(小規模ビジネスユニットのマネジメント):8-10
・FT, Facilitator(中規模ビジネスユニットのマネジメント):11-15
・CD, Coordinator(それ以上のビジネスユニットのマネジメント):15+
このように、シンプルにではなくスマートに解決するという観点から検討すると、そもそもなぜアンバランスな組織構造になっていたのか、その理由を追求して根本的な問題を解決することも可能になり、さらなる間接費削減のヒントを得られるかもしれません。
往々にして、過去の実績や声が大きいだけで、職責に相応しい資質を持っていないマネジャーがその原因であることが多いというのは、ここだけの話にしておいてください。
成功のための5ステップ
1.ゴール・セッティング
成長に必要な要件を考慮した目標設定プロセスにおいて、コスト削減目標を設定します。コスト削減目標だけ単独で打ち出すのではなく、あくまでも戦略目標のひとつという位置づけにすることが大切なのです。
例えば、成長、オペレーション、カルチャに関する戦略的な要件を抽出して戦略目標を掲げ、価値創造の源泉となるケイパビリティ、PMVVを実現するために必要となる人的資本を定義する等、自社の強みと弱みを把握したうえで、業務改善目標やコスト削減目標も同時に設定する、という手順を踏むことを推奨します。
2.プライオリティの決定
次に、コスト、組織の規模、構造・形態、ケイパビリティ、人的資本ニーズの現状について明らかにした後、ベンチマークを活用して評価します。これにより、ケイパビリティに直結するコア業務と、切り離すべき業務を分類できるので、価値創造を加速させるにはどこに注力すべきかを決定できます。
3.プロセス・構造のデザイン
最適なデザインと現状を照らし合わせ、新たに生み出す価値や効果額を特定します。エンド・トゥー・エンドのプロセスを再設計し、合理化・自動化を踏まえて必要な従業員数を算定、組織改編後の人的資本投資(人件費)とその他経費を試算して、ゼロベースで予算を編成します。
詳細は、後述する Appendix の Human Capital Investment(人的資本投資)とWorkforce Design(要員計画等ワークフォースデザイン)をご参照いただきたく存じます。
4.コミュニケーション戦略の策定
全社展開について詳述した実行プランを策定し、いつ、誰が、どのようなスケジュールで遂行していくかを定めます。
また、実行計画を遂行するうえで必要になるスキルを習得する研修カリキュラムをはじめとする社内外コミュニケーションを実施し、コスト削減の取り組みに対する支援を確保しましょう。
スポンサーや変革サポーター、効果測定基準、活動モニタリングの仕組みを構築することも必須です。
5.エンゲージメントの強化
ともするとモチベーションダウンを招きがちなコスト削減施策において、従業員のエンゲージメントを注視しておくことは非常に重要です。
主要事業のKGI、KPIをはじめ、オペレーション状況や主要なマイルストーンの達成状況等を常にモニタリングするだけでなく、流出しがちな優秀人材に対するリテンション施策として、短期及び中長期的なインセンティブを用意することや、素晴らしいEXを提供し続けること、そしてなにより、業績の維持・向上を叶えることで事業の継続性を信じてもらうことが、エンゲージメントの強化につながります。
Appendix
Roadmap to Strategic Cost Management
間接費削減の切り札となる「間接材」にフォーカスしたコスト削減方法について、より詳細に論じた寄稿文です。人件費の取り扱いに関してもガイドラインを提示しています。上記リンク先からPDFをご参照ください。なお、人件費を人的資本投資と捉えてどうマネジメントすべきかについては、下記Human Capital Investment と Workforce Design で詳説していますので、そちらをご参照ください。
Human Capital Investment
短絡的な人件費削減の弊害を理解したうえで、人件費を「人的資本投資」として捉え直し、将来の成長の源泉となる人的資本投資をしっかり確保するためのフレームワークについて述べています。DXインパクトシミュレーションを行いながら、4領域10カテゴリごとに要員数と総額人的資本投資額を定量化、複数シナリオを策定して状況に応じた最適解を導出します。
Workforce Design
人的資本投資の検討に関連して、いわゆる要員数の算定を行いますが、その基準となるのがワークフォースです。レガシーな考え方では1日7時間・週5日勤務で週35時間、月140時間、年1680時間働くヒトを1WF(ワークフォース)と定めていましたが、働き方が多様化した現在、この考え方では立ち行かなくなっています。どのような考え方で要員数を算定するのか、そしてどのような組織編成を行うのかを明らかにします。
最期までお目通しいただきまして、ありがとうございました。ご質問、疑問点、コメントなどがございましたら、お気軽にお寄せいただければ幸いに存じます。皆様にとってなんらかの手蔓となれば嬉しいです。