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誰も教えてくれない発音の秘訣 ~フランス語をやるなら絶対に知っておいた方がいい「同化」とは?~

こんにちは、お元気ですか?元気なわけないですか?明るい話題の少ない昨今ですが、ひとまず命あることに感謝したいと思います。

大勢の人が影響を受けているなか、フランス語教師である僕はどうかというと、仕事が激減したりということは今のところありません。もともとSkypeでのレッスンなどもしており、こうしたオンラインのインフラの強さに助けられている部分もあります。

とはいえ、やはり対面でのレッスンなどは見送りになることも多く、微小ながらも収入減、それと引き換えに少しばかりの時間を手にしています。ということで、せっかくなのでこの時間を何かに使えないか、同じように急に時間ができた人のためになり、かつ僕にもなにかメリットがあるようなことはできないかと考え、このnoteの執筆に至りました。

さて、今回のタイトルは「誰も教えてくれない発音の秘訣 ~フランス語をやるなら絶対に知っておいた方がいい「同化」とは?~」です。眩暈がするようなキャッチコピーで、普段なら恥ずかしくてこんな言葉遣いはできないのですが、今回ばかりは本当にそうなのでこういうタイトルにしています。

「フランス語」と聞けば、二言目には「発音が難しい」と口にする人は後を絶ちません。そしてそれはフランス語を勉強している学習者にしても同じ、というか学習者こそ、一部の人は勉強すればするほどその印象を強め、足を絡め取られているようにも感じます。
「難しい」ことに直面したとき、取るべき作戦は二つに一つ、逃げるか、克服するかです。けれど殊フランス語に関しては、この一つ目のオプション “逃げる” を選択できる人は多くありません。
なぜならフランス語と聞けばみな、三言目には「発音が綺麗」と言うからです(ちなみに一言目には「おしゃれ」と言いますがいったいあれは何なんでしょう?)。ともかく「フランス語をやるなら発音がよくてなんぼ」「発音が綺麗じゃないと話せていることにはならない」みたいな価値観が、誰が決めたわけでもなく広く共有されてしまっているのです。
このあたりのことについては、こちら平野暁人さんのnote、「音と相性」「音と偏愛」「音と価値」「音と特権」にこれ以上なくわかりやすく(かつ面白く)まとめられていますので、気になる方はぜひ読んでみてください。

そんなフランス語の発音、“逃げる” が無理ならもう “克服する” しかありません。いや、そんなことはもうみんなわかってます。わかってて、Podcastを聴いてみたり、音読やシャドーイングをしてみたり、自分の発音を録音してみたり、口の動かし方を研究してみたり、ネイティブに聞いてみたり、できる限りのことをやられているはずです。なのに一向に上手くならない。そういう人が僕のもとに相談に来ます。そしてこう言うのです。「あれもこれもやったのに、いまだにネイティブの発音が聞き取れないし自分の発音も伝わらない。どうしたら自然な発音ができるようになるんでしょうか?」

一味足りない

ここまでやってもできないのには何か理由があると考えるのが当然です。そう、あともう一歩なのです。たとえば最高のカルボナーラを作りたいとします。厳選された卵やベーコン、高級スパゲッティを買い揃え、牛乳にもこだわって一生懸命クリームの研究をする…そして出来上がったパスタ、食べてみると何かが足りない…なんだろう?あ、、、胡椒がない

こういうことが勉強でもあり得ます。やれることはやったはず、だけどあと一歩のところで何かが足りない。それは勉強量を増やして手に入る類のものであることもあれば、そうではなく、単に知識として知っておかなければならないこと、というのも往々にしてあります。胡椒はがんばって作らなくてもいい。必要なのは買うお金と、どこに行けば買えるかという知識です。

なので今回、僕はみなさんに、“フランス語のスパイス” (いま名付けました) こと「同化」についてお話しします。タイトルにもあるように、今からここに書くことは誰も教えてくれません。というのは大袈裟にしても、ネイティブ非ネイティブ問わずフランス語教師の中でもこれを知っている人は少数、その中で体系的に教えられる人はさらに少数、その中で教える時間と余裕がある人はさらにさらに少数です。でもフランス語をやるなら絶対、絶対に知っておいた方がいい。だから僕が書きます。

なぜこれだけ確信を持って「知っておいた方がいい」と言うかというと、とにかくよく起こることだからです。フランス語で喋っていたらもう、まばたきするのと同じくらいの頻度で「同化」が起こります(数えたわけじゃありません)。こんなによく起こることだと言うのに、フランス語教育の現場でほとんど教えられていないことが僕には不思議でならないくらいです。

ということで「自分でできることは一通りやった、けれどフランス語の発音について音声学的な知識はゼロ」という方は、必ずや何かしらのヒントが得られると思います。そうでなくとも、これから発音の勉強をがんばるという方にも一つの道しるべになるだろうし、すでにかなりのレベルに達しておられる、またはフランス語を教えてらっしゃる方にも参考になるはずです。

ポッサラッチュ

目次を見て何だ?と思った方、調味料の名前じゃありませんよ。あれは外語大時代、当時同じ大学の修士課程にいたフランス人の友人と廊下を歩いていたときのこと。ゼミの後だったかフランス語の発音、そして「同化」について話していると、突然「これ聞き取れる?」と、彼はこう言いました。

ポッサラッチュ. (※フランス語です)

その頃は僕も言語学、および音声学の世界に足を踏み入れて間もなかったのでフランス語の発音についても今より理解も浅かったし、そもそもこれだけじゃ手がかりとなる文脈すらない…わからないのも当然と言えば当然なのですが、それにしてもパッと聞いただけでは一単語もわからなかったので、今でも鮮明に覚えているくらいにはショックでした。

では彼はなんと言ったかというと、こうです。

Pose ça là-dessus.  (「それ、その上に置いといて」の意)

???

無理を承知でこれをカタカナに書き換えてみると (よい子は真似しないでください)、綴りから考えれば普通「ポーズサラドゥスュ」になりそうです。これが何をどうやったら「ポッサラッチュ」に…?

けれど、この音声変化はすべて説明可能です。より詳しく見ていくために、先ほどのカタカナを今度は発音記号を用いて書いてみます。

「ポーズサラドゥスュ」 → 「ポッサラッチュ」
               [pɔzəsaladəsy]   →   [pɔssalatsy]

どこが変わっているかを見てみると、[zə] [s] に、そして [də][t] になっているのがわかりますね ( [ə]  はアルファべ "e" に対応します)。これは典型的な同化の例です。以下、なんでこうなるのかを順を追って詳しく見ていきますが、参考までに上文の音声を読み上げたものを貼っておきます。
( [pɔzəsaladəsy] × 2 → [pɔssalatsy] × 2 、スマホ版アプリだとダウンロードできないみたいなのでご注意ください)

「同化 assimilation」とは?

そもそも「同化」(フランス語では "assimilation" )とは?というのを今の今まで何も説明せずに来てしまったので、この辺でひとまず、僕なりの定義を紹介しておきます。
(この定義は簡易版で、本当はまだバリエーションがあります。しかしここではあくまで何も知らない方に読んでもらうのを前提とし、会話でもっとも頻繁に起こり、かつもっとも重要な部分についての概観としたいので、専門家、プロのみなさん、ご容赦ください)

では改めて、

「同化」とは、発話中にじかに二つの子音が並び、かつその二つの子音の有声/無声の属性が異なる場合に、一つ目の子音が二つ目の子音に合わせて有声化、あるいは無声化する現象のことを言う。

「何も知らない方に読んでもらうのを前提とし」ているくせに、ゴリゴリの説明口調ですみません。でもなんとか最後まで根気強く読んでもらえればこの三行が、小学校の教科書の如くはっきりと鮮明にわかっていただけるはずです。

子音のあらまし、子音とは “雑音” である

本題に入る前にまず断っておかないといけないのは、「子音」というのはあくまで「音」です。つまり「二つの子音が並ぶ」というのは、綴りの上で「二つの “子音字” が並ぶ」のとは厳密に区別されるのでご注意ください。(テストに出ます!)

その上で、さらに子音について詳しく見ていきたいと思います。

ところで僕と廊下を歩いているときに突然「ねぇ子音って何?」って聞かれたら、なんと答えますか?…ちなみにこの難問をクリアできた人は今まで誰一人としていません(そもそも廊下を歩いていません)。

とにかく、「子音とは何か」を説明するのは意外と難しいんです。そして今のところ、僕が一番いいと思っている子音の定義は、「母音ではない音」です。はい、、、、ろん、、p  、、

そうなると、次の問いが問題になるのは火を見るよりも明らかです。

「じゃ母音って何?

こういうのを、フランス語では "déshabiller Pierre pour habiller Paul" 「ポールに服を着せるためにピエールを脱がす」 と言ったりします。ポールは晴れて身を包む布を手に入れたですが、おかげでピエールは一糸まとわず、文明社会からは追放ですね。これでは根本的な解決にならないわけです。 
でも、僕もバカじゃありません。わざわざ問題をすり替えたのにはちゃんと理由があります。それは「子音って何?」より、「母音って何?」の方が定義が比較的簡単だからです。

母音とは、「肺から出る空気が何にも邪魔されず、ただ声が出ている状態の音」のことです。では声はどこから出るか?声を出すのに必要な器官、それが声帯です。人は、というか喉を持った脊椎生物はだいたいこの声帯を震わせて声を出します。この声がただ出ている、口の中に何も遮るものがない状態のとき、これを母なる音、母音と呼びます。ためしに喉元に手を当てながら「アー」とか「オー」とか言ってみると、声帯が震え、口全体が一つの楽器のように鳴っているのがわかると思います。

子音は「母音ではない音」であると定義しました。それはつまり、子音が「肺から出た空気が口の中の “どこかしらで邪魔される” 音」であるということです。母音とは違い、ただぽかーっと口を開けていても子音は出ません。子音の発声には、上あごと下あごを近づけ、唇、歯、舌、喉のいずれかを使って空気を妨害する必要があるのです。だから子音は “声” と言うより、声を出そうとしたらどこかに空気が当たって出ちゃった雑音と捉えた方がよさそうです。

子音の属性、有声音と無声音

そんな子音にはいくつかの主要な属性がありますが、その一つに「どこを使って発音(調音)するか」というのがあります。つまり、たとえば [m] なら両唇、[f] なら歯と唇、[t] なら舌と歯茎という具合に、口の中のどの部分を使っているのか、言い換えればどの部分で空気を遮っているのかを特定するのです。この、調音に使う場所のことを “調音点” と言います。

次は「どのように調音するか」です。具体的には、たとえ口の中の同じ部分を使っていようと、つまり調音点が同じであろうと、調音の仕方=“調音法” が異なれば異なる子音になります。主な調音法の種類に破裂音、摩擦音、鼻音などがありますが、破裂音([p], [d] など)は「一度完全に止めた空気を一気に破裂させる音」、摩擦音([s], [v] など)は「空気を完全には止めず、狭い隙間から擦って流し続ける音」、鼻音([m], [n] など)は「空気を鼻に送り、鼻腔を共鳴させる音」です。

そして、特に(子音の中でも大部分を占める)破裂音と摩擦音についてはとても重要な、三つ目の要素があります。それが有声/無声の区別です。勘違いしないでほしいのですが、無声音(または無声子音)は “読まない音” ではありません。そうではなく、読んでいるけれど声が出ていない音のことなのです。「声が出ていない」というのはつまり「声帯が震えない」のと同義。声ならぬ声、声帯を使わないのに出せる無声子音は正真正銘の “雑音” です。

無声子音の代表格が、たとえば p [p] です。ためしに小声で、誰にも聞こえないように「プッ」と言ってみてください(「ウ」の母音は発音しないように注意)、このとき、たしかに音が鳴っています。けれど(喉元に手を当ててみると)声帯は震えていません。これが “無声音”
ではこのまま、同じ調音点、つまり両唇を閉じ、同じ調音法、つまり破裂音を意識して、そのまま声帯を震わせてみてください。もう [p] の音は出せず、代わりに [b] の音が鳴ると思います。これが “有声音” です(声帯が鳴っているので、有声子音には母音に近い性質があります)。

整理すると、子音にはいくつかの重要な属性があり、
①「調音点」と、
②「調音法」によって分類される。
なかでも調音法が「破裂音」または「摩擦音」の場合、
③「有声か無声か」つまり「声帯が震えるか震えないか」が問題となる。
といった感じです。

これで(やっと)「同化」の国へと飛び立つ滑走路が整いました。シートベルトの締め忘れにご注意ください。

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