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お題【田打桜】小説

先日、疎遠になっていた幼馴染みから
『ちょうど東京に行くから会おう。見せたい写真もあるし、近況報告しようよ』
というメールが届いた。
俺は嬉しくなりすぐに了承の返事をした。

今日がその約束の日だ。

浮き立つ心を抑えられない俺は、公園の真ん中で白い花弁を咲かせ、その影に緑をひそませている田打桜を見に向かう。

「今年も綺麗だ」

俺は心を落ち着かせるため、白い花を見ながら、幼馴染みと出会った日に思いを馳せる。


__

小学三年生の春休み。俺は田舎にある、ばあちゃんとじいちゃんの家で田植えや畑の手伝いをしていた。

「ばあちゃん!トマトどこに植えれば良い?」
「こっちにお願いして良いかい」
「わかった!」

植える野菜はじいちゃんの好きなものが多く、それを美味しく料理するのがばあちゃんの役目だった。
そんなばあちゃんを遠目から見ているじいちゃんは、無口で表情も豊かな方ではなかったが、その眼差しは優しく、幼心にばあちゃんのことが大好きなんだなと感じる。

「じいちゃん!」
「どした?」
「トマトこれで良いか見て!」
「任せろ」

ナスを植え終わったじいちゃんは、ゆっくりとした足取りで俺とばあちゃんの方に歩いてきた。

一樹かずきも植えるのが上手くなったなぁ」
「ほんと?!」
「あぁ」

微かに土のついているごつごつとした大きな手で、俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

「そろそろ休憩にしましょうかね」
「冷えたサイダーがあっからな」
「やった!」

そのとき「ごめんくださーい!」と玄関から女の人の声が聞こえてきた。
じいちゃんは人付き合いが苦手なので、俺とばあちゃんで声の主を確認しに行くと、黒髪が綺麗な女の人と俺と同い年くらいの少年がいる。

「あっ、初めまして。先日引っ越して来た相模さがみと申します。これからよろしくお願いします。あ、これカステラです」
「あらあら。ご丁寧にどうも。早川はやかわといいます。こちらこそよろしくね」

緊張したような面持ちの相模さんに対し、にこやかに挨拶を返すばあちゃん。
俺はその後ろに隠れ、少年を見つめていた。
少年も同じようにしていて、なんだかおかしくなって二人して同時に笑い出す。

「そうだわ。立ち話もなんだからお茶でも飲んできなさいな」
「えっ!いや、そんな。ご迷惑では」
「迷惑なんかじゃないわよ。カステラもいただいたことだし、一緒に食べましょ?」
「……ではお言葉に甘えて」

若い人の話を聞くのが大好きなばあちゃんは相模さんたちを中に招き、俺たちは日当たりの良い縁側でのんびりと話をする。

相模さんの下の名前は春美はるみさんといい、少年は春美さんの息子で涼太りょうただと教えてくれた。
じいちゃんは最初、居心地悪そうにしていたけれど、ばあちゃんと春美さんが楽しそうに話すのを見て嬉しそうにお茶をすする。

相模家はいわゆる転勤族で、一年に一回は引っ越しをするそうだ。
引っ越しにはなれたけれど、挨拶周りはいつも緊張すると春美さんは苦笑いをしながら話していた。

小一時間ほど話しただろうか。
俺と涼太はすっかり仲良くなり、明日も遊ぶ約束をする。
ばあちゃんたちも仲良くなったようで、一緒に料理をする約束をしていたみたいだ。

__

春休みが終わるまで、俺たちはたくさん遊んだ。
お互いの夢も語り合った。
俺は植物の研究者に。涼太は景色を撮るカメラマンに。

夢物語のようなことを満足いくまで話し、なんの迷いも無かったあの頃。

たった二週間だったけれど、今でも俺の宝物のような記憶だ。

__

俺と涼太は離ればなれになったあとも、ばあちゃんたちや親を通じて連絡を取り合っていたが、いつしか疎遠になってしまった。

そんな昔馴染みと、今から会う。

こんなに心が落ち着かないのは、たぶん今の俺が格好悪いから。
子供の頃から語っていた夢を、未だに叶えられていないからだ。

短く息を吐き、もう一度田打桜を見上げる。

「俺もお前くらい咲きたいなぁ」

ぽつりと呟いた言葉は風にのまれ、誰にも届かないようにかき消してくれた。
その自然の優しさが、俺の心を少しだけ穏やかにしていく。

__

約束の時間が近づき、待ち合わせた店に向かう。
上京したての頃、背伸びして二人で入ったお洒落なバーだ。
酒だけではなく料理も楽しめるからと、一人になったあともたまに通っていたが。

「ここも全然来てなかったな」

無意識にドアを開ける手に力がこもるが、大丈夫だと心に言い聞かせ、俺はゆっくりとドアを開けた。

目に入ったのはテーブルの配置もマスターの定位置も変わっていない、懐かしい光景だった。
そのことに僅かながら安堵を覚え、店内を見渡そうとしたそのとき。

「一樹!こっちこっち!」

俺を呼ぶ、懐かしい声が聞こえてくる。

「涼太!久しぶり」
「久しぶり」
「何年ぶりだ?」
「さぁ。でも五年以上は経ってるよ」

他愛もない話をしながら、料理と酒を注文する。
久々に食べた店の味は、先程まで緊張していた俺の体を緩めていった。

「カメラマンの仕事はどうだ?」
「やっと軌道に乗ったって感じ。一樹のほうは?新種の植物を作るってやつだっけ」
「正確には色の配合だけどな。なかなかに難しい」

話していて気分が落ち込むのが分かった。
俺はまだ研究結果を出せていない。

「まぁ今日は飲もうよ。一週間くらいこっちにいるからさ」
「……そうだな」

俺と涼太は仕事の話から離れ、流行りの音楽や好みのタイプ、それ以外にも色々な話をした。

__

少しだけ酔いが回った頃。
涼太は鞄から写真を三枚取り出し、俺に渡してきた。

「一樹に見てもらいたくて」

渡されたものを見ると、そこには目の覚めるような青い空と夏の風を感じるような新緑の森。そして悠々と咲き誇る田打桜が写っていた。
俺は三枚の写真に一瞬にして心を奪われる。

「……すごい」

呟いた言葉の裏には嫉妬心が宿ってしまったが、賞賛するように酒の入ったグラスを持ち上げた。

「こんなに良い写真を撮るなんて、俺も負けてられねえな」
「ありがとう」

照れくさそうに笑う涼太もグラスを持ち上げ、俺たちは軽やかな音を鳴らす。

「本当は最初に見せようと思ったんだけど。なんか一樹が思い詰めた顔してたから」
「あー……まぁ……なんだ。こんなに結果が出ないなんて思わなくて……一歩進んだと思ったら三歩くらい下がるときもあるし」

自嘲気味に笑い酒を煽り、もう一度写真を見つめる。

「俺もこんな色出してえなぁ」

鮮やかな青と艷めく緑。心が澄んでいくような純白。
あの春休みのときに見た、ばあちゃんとじいちゃんの家にあったような。
輝かしい宝物のような色。

じっと写真を見ていると、涼太が軽く咳払いをし話し出した。

「一樹なら出来るよ。もし10年経って結果が出なくても、僕が出資する。結果が出るまでずっと」
「なっ?!お前いくらかかると思ってんの?!」
「分からない。分からないけど、僕は一樹に助けられて来たから。困ってるなら、助けたい」

真剣な眼差しと嘘を言っていない声に、俺は言葉が止まってしまう。

「お金で解決しないなら、僕の人脈を使えば良い。それくらいのことを一樹は僕にしてくれたから」
「ちょっと待て!俺は何もしてないぞ」
「いや、君に自覚がなくてもたくさんのものを僕にくれたよ」

涼太曰く、初めて出会ったとき。転勤族だからといっていなくなる前提で接しなかったこと。
別れたあとも連絡をとってくれたこと。そのおかげで友人を手放していたのは自分だと気が付けたこと。
風景写真家になる夢を馬鹿にしなかったこと。

「あげたらキリがないけどね」
「そんな……それは涼太が諦めなかったから出来たことだろ?それなのに」
「僕がやり遂げた結果ではあるけど。きっかけをくれたのは君だよ。一樹が諦めなかったから、今の僕がいるんだ」

涼太は言いたいことは言ったとばかりに、再び酒を飲み出した。

俺の心の中はぐちゃぐちゃで、なんて言っていいのか分からない。

でも……。

深く深く息を吐き出し、涼太に向き直る。

「ありがとう」
「どういたしまして」

俺たちはもう一度グラスを鳴らした。
明日のことはどうなるか分からないけれど。

「……もう少し頑張ってみる。でも、それでもダメなときは涼太に泣きつくぞ」
「それでいいよ。それに見栄を張ったけど、僕もまだまだだからね。出資できるよう頑張る」
「お前出来ないのに言ってたのかよ!」
「それくらいの心意気はあるってこと」

俺たちは笑い合い、お互いの未来に向かって懸命に歩き出す。

「もし俺が出したい色が出せたら、涼太に撮ってもらいたいな」
「じゃあその花と一緒に一樹も撮って、僕の風景写真集の表紙にするよ」

ときには夢を語り、ときには現実に挫き。
俺は研究者の道を。涼太はカメラマンの道を。

たとえ心が折れても、何年かかったとしても。
表現したいものは、その先にあるのだから。



あとがき
『美しい季節のことば365』から「田打桜」をお題として書きました。
是非自分でも実物を見てみたいです。

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雪畑はずき - yukihata hazuki
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