掌編小説【今、私に出来ること】
この懐中時計で時間が巻き戻せるのなら、あの秋の日に戻りたい。
少しだけ寒さを感じさせながらも、まだ暖かさを纏った光が降り注ぐ、あの秋の日に。
私は、古ぼけながらも錆びが一つもない、丁寧に使い込まれた懐中時計を握りしめながら、そう願った。
しかし、溢れた水が盆に返ってこないように、通り過ぎた時間は戻ってこない。
赤や黄色の枯れ葉を脱ぎ捨て、新たな命を芽吹かせながら新緑に着替える木々でさえ、いつかは終わりを迎えるのだから。
「当然か」
愛のキスでは目覚めない。
悪を倒しても解決はしない。
おとぎ話のように上手くはいかない。
結末は誰にも分からない。
「今、私に出来ることをしよう」
手の中で、淡々と時を刻み続ける懐中時計をもう一度握りしめながら、私は無理やり笑顔を浮かべた。
弱気な心は隠せないけれど。
それでも、あの秋の日のように、笑っていよう。
歩くことすらままならない雨の日のように、涙を流すかもしれないけれど。
あなたの記憶の中で、私は笑顔でいたいから。
あの秋の日のように、笑っていよう。
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