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毎朝ドリップ#048 お父さんの鍋焼きうどん 2024.12.02
最近、急に寒くなった。
土曜日、旦那さんが友達と飲みに出るというので、夕飯を一人で取ることになり、何か温かいものを食べようと逡巡していてふと、父が作ってくれる鍋焼きうどんのことを思い出した。
私の父は料理が好きで、特に、手の込んだ料理を、時間をかけて作ることが好きなようだった。
フルーツからタレを作ってじっくり煮込むチャーシュー、前日から仕込む「すじこん(牛すじとこんにゃくの土手煮)」、七輪とダッチオーブンで作るアクアパッツァ…
ケーキなんかも、得意。
どれも絶品だが、寒くなってくると、決まって作ってくれる料理があった。
それが、鍋焼きうどん。
鍋焼きうどんは、簡単なようでいて、実はそうではない。
しいたけのうま煮や、牛のしぐれ煮や、きつね揚げなど、時間をかけて味を含ませる具材を、たくさん乗せるから。
うどんつゆも、出汁を引いて、いい塩梅で調味しなければいけない。
海老天やかまぼこなんかも用意しなくちゃいけないし、仕込みをしてから食卓に出すまでに、時間と手間がかかるのだ。
実家には、ひとり一台、一人前サイズの土鍋があった。
父はせっせと具材の下準備をし、いつもその土鍋で、煮込みうどんを仕上げて、食べさせてくれた。
土鍋がひとりに一台ずつあるということは、仕上げも一人前ずつ。
「ちょっと待っててな~」と言いながら、最後のひと手間をかけてくれる。
つゆを温め、柔らかくなるまでうどんを煮込んだら、頃合いを見て卵を落とす。
黄身はトロっと半熟がいいので、完全に固まってしまうことがないよう、そばに付いて、目を離さない。
いい具合に卵に火が入ったら、他の具材も乗せて一緒にあたためる。
最後にネギと海老天を乗せたら蓋をして、アツアツの状態で食卓へ。
「あったかいうちに食べや」
蓋を開けると、立ち上る湯気が冷えた鼻先をジンと温めて、同時に感じる、強い出汁の香り。
においだけで、もうすでに美味い。
取り皿に取って、フーフー、ハフハフ、言いながら食べる。
うどんにはつゆの味が染みていて、一噛みごとに出汁のうま味がじわじわと口に広がってくる。
椎茸やしぐれ煮から出るあまじょっぱいタレ、海老天のあぶらや、かまぼこのうま味なんかが、うどんつゆにじんわりと溶け出し、一口ごとに味わいが変化していく。
土鍋が長く熱を保つから、うどんも具材もなかなか冷めず、口の中を火傷しそうになるけれども、美味しくて食べる手が止まらない。
しまいには土鍋ごと傾けて、つゆまで残らず飲み干す。
食べ終わるころには冷えた指先までがポカポカとして、お腹からじんわりと、幸せな気持ちが広がっていく。
それが、お父さんの鍋焼きうどん。
一口目にすする出汁の味を思い出し、鍋焼きうどんが食べたくなって、居ても立ってもいられない。
しかし手元に土鍋はない。今から椎茸やしぐれ煮を仕込む元気もない。
私はフラフラとコンビニに吸い寄せられて、冷凍食品が並ぶコンテナを覗き込む。
アルミ皿のまま火にかけて食べる、冷凍の「鍋焼きうどん」と目が合ってしまった。
君か、今日のお供は。
うちに帰ってコンロでうどんを温める。10分くらいで食べられるようになるらしい。君は、随分と手ごろな鍋焼きうどんなんだな。
出来上がるのを待ちながら、キッチンでちびちびとビールを飲む。
コンビニの「鍋焼きうどん」は温かく、関西風の出汁で作られていて美味しかったが、お父さんの鍋焼きうどんには、遠く及ばない。
お父さん、いつも私や弟の分を先に作って、自分が食べるのは最後だったな。
いつだったか、仕事で遅くなった時も、私が帰るまで起きて待ってくれていて、アツアツを食べさせてくれたな。
あの時の鍋焼きうどん、美味しかったな。
アルミ皿に残ったつゆをすすりながら、お父さんに連絡しようかなあ、と思っていると、見ていたようなタイミングで、父からLINEが入る。
「今日、実家の晩ごはんは、鍋焼きうどんです。」
今日、実家の晩ごはん、鍋焼きうどんなんかい。笑
嘘みたいな偶然に、血の濃さを感じて笑ってしまう。
送られてきたメッセージと一緒に届いた、何枚かの写真。
お父さんの鍋焼きうどんと、それを美味しそうに食べる弟の姿。
いいなあ~。
「うまい!」と言いながら土鍋にがっつく弟の姿を想像して、また少し笑ってしまう。
わかる、美味いよね、お父さんの鍋焼きうどん。
手元には、すっかり空になって冷たくなったアルミ皿と、ビールの缶。
なんだか少し申し訳なさそうに、こちらを見ている気がした。