ブルーノ・タウトの地下室
その地下室は熱海駅から海側の高台を登った東山エリアの相模湾を望む斜面にあります。実業家日向利兵衛の別邸の人口地盤の庭の下の地下コンクリート空間に、1936年ブルーノ・タウトが設計した地下室です。タウトはそのロケーションについて次ように述べています。
「すでに引退した老実業家日向氏の別荘は、ちょうど日本の『リヴュラ』といったような風光明媚な太平洋沿岸の、断崖が急勾配で海に落ちかかっているようなところに立っている。
断崖がけわしいために平地は家の建つだけしかなく、庭としては少しも残らなかった。
そこで建築主は鉄筋コンクリート構造を用いて、いわば『架空庭園』をつくらせることを思いついたのだ。」
参考文献
・SD編集部、1982、ブルーノタウト、鹿島出版会
地下室は、2003年DOCOMOMO選定建築物に選定され、2006年重要文化財に指定されました。住宅ではなく、住宅の庭の下の地下室が建築として評価されているのですね。熱海市のホームページによると、現在は大規模保存修理工事に伴い2023年3月までの予定で長期休館中。私は工事前の2018年11月に見学しました。
たまたま予約時間まで少し間があったため、その敷地の隣にある隈研吾設計のATAMI海峰楼を拝見させていただきました。斜面を活かした3層構造で、たった4室のスモールラグジュアリーリゾートがコンセプト、その3階のウォーターバルコニーからの相模湾の眺めはものすごいことになっていました。ホテルのホームページはこちら。
そして予約した時間に旧日向亭を訪ね、日本家屋の玄関から入り、和室でガイドさんから説明を聞いて階段を降りていざ地下室へ。地下室は社交室・洋間・日本間という3つの部屋から成ります。その中で、熱海市のホームページやチラシ、雑誌特集記事で必ず紹介されるのが写真映えする洋間です。洋間の階段と上段の間壁面には絹織物が貼られています。タウトによると「壁は濃い赤葡萄色の、目の粗い絹織物ではってある」とあります。私はこの壁に貼られた絹織物の実物がどうしても見たくなり見学したわけです。
その絹は、かなり褪色しほつれや傷みが目立ちましたが、社交室と日本間の間にある何とも不思議な洋間の雰囲気をつくっている重要な要素であることがはっきりとわかりました。壁紙や塗り壁ではなく、絹織物の壁が必要だとタウトは考えたのだと想像します。1936年から何度か貼り替えられたのでしょうか、一度も貼り替えられていないとすると80年超経過していることになります。保存修理工事でどう蘇るのか、楽しみ半分、不安半分です。なぜ不安かというと、洋間と日本間の間仕切りの戸襖がちょっと悲しい感じで新しいものに貼り替えられていたからです。洋間の壁の絹織物が忠実に復元されることをお祈りします・・・。
ところで、隈研吾のウォーターバルコニーとブルーノ・タウトの地下室から見えるのは連続した相模湾なのですが、それぞれの空間から見る海は全く別物に見えました。建築の力ってすごい!と思いました。そして、タウトはなぜ地下室の洋間の壁に壁紙ではなく絹織物を貼ったのでしょうか?興味が尽きない室内装飾織物という世界の旅に私を招待してくれた、建物がたりです。