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ブックレビュー:『「本をつくる」という仕事』稲泉連

源流の岩からしみ出た水が小さな流れとなって集まり、次第に一本の川に成長して海に流れ込む最後の一瞬と似ている。

『「本をつくる」という仕事』p11

「本づくり」の過程を経て、読者の手にわたる書店をこのように表現している。
ノンフィクション作家である著者が、「本づくり」という川を遡って一冊の本ができあがるまでの工程に携わる人々から話を聞いた記録である。

描かれ方

僕は、本のタイトルと帯紙から、本の制作の各工程が体系的に説明してあるのかと思っていた。
実際は、各工程の携わる人物や企業に焦点を当てて、その人物の仕事ぶりや想いを通してその工程を間接的に説明している描きかたである。
なので、一般的とは言えないところもあると思う。
しかし、焦点を絞っているぶんその企業の歴史やインタビュイーが仕事にどう向き合っているのかという心の部分と、それがどのように仕事として表れているのかに気づくことができる。

そもそも、一般的に説明しようとすると内容が薄くなりがちで、仕事内容を知りたいだけならググれば済んでしまう。
むしろ、人物や企業に焦点を当てて書かれていることで、その仕事がより深く、鮮明に描かれており難しさや喜びが具体的に伝わってくる。
なので、各人物と企業だけで1冊の本にしてほしいくらい、もっと知りたい、もっと読みたいと思わせるような内容であった。

本書では以下の工程について書かれている。

  • [活字書体]大日本印刷 秀英体

  • [製本]青木製本所 

  • [活版印刷]FIRST UNIVERSAL PRESS

  • [校閲]矢彦孝彦(元新潮社校閲部)

  • [用紙]三菱製紙

  • [装幀]日下潤一

  • [海外著作権エージェント]タトル・モリ エイジェンシー

  • [絵本]角野栄子

消耗品ではなく作品

本は想いや考え、体験、出来事を伝えるための媒体であるから、文章が読者に読めるかたちで受け取られれば本という役割を果たしたことになるのかもしれない。
僕も、読めることが第一というスタンスで本を購入するので、多少汚れていいたり、経年劣化していても構わない。また、できる限り安く済ませたいとも思うから、単行本よりも文庫本を選んでいた。
改訂されない限り中身は変わらないし、文庫化されればその際に新たにあとがきが追記されていたりして少しお得な気がするのはその理由である。

しかし、こういう読めればOKというのは本の楽しさ、価値を十分に享受できていないのかもしれない。
著者が書いた中身がまずあって、本という形になっていく。言い換えれば、中身がそれ以外のものを形成していくから、中身が何よりも大事であると同時に、書かれていること以外の要素というのは中身が派生したものと言えるかもしれない。
装幀は何を意図してこのようなデザインにしたのか、活字をこの書体にしたのはどのような理由からなのか、用紙は何を意識して選んだのか。
著者が原稿を書き終えてからも、本になるまでには様々な人々が携わり、中身に想いを重ねるようにそれぞれの工程で工夫が施されている。
そこに気づくか、気づかないか、気づいてもスルーするかによって、1冊の本の見方は異なってくるのではないだろうかと考えさせられた。

僕の友人に、好きな作家の本は必ず初版の単行本で購入する友人がいる。そのこだわりを聞いたとき、好きな作家だから発売されたらすぐに読みたいのだろうかと思ったが、それらの本を大切に保管して、わざわざ僕にみせてくれたりもした。
なぜそこまで初版の単行本にこだわるのか分からなかったが、本書を読んでなるほど、そういうことだったのかもしれないなと腑に落ちた。

文庫にも装幀はあるが、出版社からすればやはり単行本に力を入れているだろう。
中古の文庫本を選ぶことは間違っていることではないが、それはただ本を読んで”消費”しているだけなのかもしれない。
僕の友人のように初版で単行本を購入する方々には、本は消耗品ではなく、ひとつの作品として見ているのかもしれないなと思った。
読んで終わりではなく、飾ることができるもの、本としての価値が持続し続けるものと見ているのかもしれない。

紙の本が残るには

紙の本の売れ行きは芳しくないと何年も前から言われている。ブックオフやメルカリなど中古で購入でき、電子化も進み、将来的にV字回復を期待することすらできない状況である。
むしろ紙の本は無くなっていく傾向にあるのかもしれない。
完全に無くなるということはないと思うが、ではどのような本が残っていくのか。というより、どうすれば本が紙として出版され続けられるのか。

それは装幀家の日下潤一さんが本書で述べられていた以下のような想いが大切なのかもしれない。

「たとえお金をかけなくても、宝石みたいな本はつくり手たちが必死に手間と時間をかけて工夫すれば、つくれるはずなんや。それを見て「こんな本をつくりたい」と思う人がいる限り本は残っていくやろ。そのためにはやっぱり紙の本が美しくなければあかんのですよ」

『「本をつくる」という仕事』p198~199

本をどう扱うかは、人それぞれであるが、本が店頭に並ぶまでにはいくつもの工程を経て、それぞれの想いが込められている。
本を購入するときに、中身を読むときに、そのことに少し思いを馳せるだけでも本がただの読み物から、ひとつの作品に近づくことができて、各々であらたな価値を見いだせるかもしれない。本がつくられる過程を知ること、気にかけることで、余すことなく野菜を料理に使うように本をより楽しむことができるのではないだろうか。
このような扱われることによって、紙の本が残ることに繋がるかもしれない。

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