第36話 不安定な男

 九州弁で駆け寄ってきた金髪指○物語野郎。トラウマを抱えたヒーちゃんの対応に追われている時に、自分のことしか考えてなさそうな金髪野郎に俺は辟易しつつ、『俺たちとコミュニケーションがとれるように工夫しろ』と叱り飛ばすことを考えていた。


 「おいは、ヒューマンたい。ワリャの言葉がよう分からんばい。ヒューマンに分かるよう話してくれんね。」

 金髪に言ってやった。


 金髪はハッとした様子で、

 「すまなかった…。しばらく人と話をしてなかったからな。」

 と言った。


 レナ教官や、ルッソまで息を呑むのが分かった。


 最悪だ。

 急に声までイケメンになりやがった。好感度もだだ下がりだ。こいつにもう喋らせてはいけない。


 「余計分からんばい!元のエルフの言葉で話してくれんね!」

 「「なぜだ?」」

 全員からツッコミが入る。


 金髪野郎には、全く興味がないのだが、パリーという名前で、木こりをして生計を立てていて、森の様子がおかしいことに気づいたらしい。

 トバル山の方へ様子を見に行くと、森が腐ってきていて、山の方はすでに木一つ生えていない状態だった。得体の知れない力を感じたので、いつも取引しているテノワルの町まで出てきたが、すでに壊滅状態で途方に暮れていたところ、俺たちを見つけて声をかけた。と、流暢に話しやがった。


 最初からそう喋れよ。九州弁にムダに好感度上げる必要もなかったのに。

 俺は損した気分になった。


 俺があからさまに膨れっ面をして、パリーを見ていると、ワンダ軍曹が俺に耳打ちしてきた。

 「エルフには、魔物を寄せ付けない結界を張る技があるという。もしかしたら、この男にもできるかもしれない。」

 「…そうなんですか?」


 仮にそうであっても、俺の魂が、パリーに活躍してほしくないと言っているので、どうしようもないのだ。


 「残念じゃが、先を急ぎますのでな。パリーさんとやら、達者でな。」

 「ちょ、待てよ!」


 実に腹立たしい。ここにきてキムタ○だ。


 「お前たちは、このテノワルの町を調査しに来たんだろ。町の事と、森の問題が繋がっているかもしれないだろう。」


 ちっ、木こりのくせに、やたらと知恵が回りやがる。


 「それが、どうした?とばい。」

 「私の家の近くに洞窟がある。洞窟の壁には古い絵が描かれているのだが、町が魔物に襲われている様子もあるんだ。テノワルは、魔物に破壊されたんだろう?」


 こいつ…もしかして…


 「…パリーとやら。妙に事情に、詳しいと思ったぜ。黒幕は貴様だったんだな。魔物を町に仕向けて、タイミングよく俺たちの所にやって来た。貴様はエルフに化けた魔族だな。」

 「いや…違うが。」

 「狙いは何だ?さしずめ、西国に対する魔国の陽動か何かだろう。ケープリアに魔物の大群を差し向けて、その間に、王都セントリアを、密約を交わした火国とともに攻め落とそうとしているんだ。侵略すること火の如しとは言ったものだな!」

 「いや…違うが。そうなのか?」

 「無垢な木こりを装ったところで、貴様の鼻につく存在感自体は消せないものだ。その姿万死に値する。潔く腹を切れ!」

 「え…」


 世界の同志、非モテ諸君。今、一人のイケメンを、いや一人で何人もの女性を誑(たぶら)かしそうな原罪を葬り去る。しかと見届けて欲しい。


 「成敗!!」


 カーン、という脳内拍子木ともに、悪を許さぬ俺の鋭い視線は二人の御庭番、ワンダ軍曹とレナ教官に向けられる。


 「いや、サーノ。もはや、自傷行為だよ。イケメンに嫉妬するの、もうやめようよ。」

 周りにいる全員が哀しそうに俺を見てくる。


 「愚か者!余の顔を見忘れたか…余の顔を…」

 

 お前らみたいな容姿端麗には未来永劫分かるまい。のっぺらごま塩だったんだよ。前世は。

 俺は、およよと、その場で泣き伏せた。


 「…不安定なのか?この男。」

 「少し放っておけば、そのうち落ち着くはずだ。」

 ワンダ軍曹は困った顔で天を仰いだ。


 ルッソはパリーに顔を向けた。

 「サーノの妄想はどうでもいいんだけど、その洞窟は気になるね。」

 「おいも、いや、私も、全くこれまで気をかけていなかったのだが。」

 「その洞窟も魔物で危険なの?」

 「いや、私の棲家を含めて、洞窟の周辺はなぜか魔物が寄り付かない。不思議なのだが…」


 なるほど。

 この金髪野郎は、エルフの魔物を寄せ付けない秘術について、あくまでもシラをきるつもりのようだ。ますます怪しい野郎だ。


 「サーノ。そんなに人を睨むものではない。お前には、怪しい奴かどうか位分かるんだろう?」

 ワンダ軍曹は俺に目くばせした。


 あっ、そうだった。

 イケメンへの嫉妬に駆られて、鑑別スキルがあるのを忘れていた。魔物なら体にある魔石に反応して赤く光るはずだ。


 唸れ!俺の鑑別スキル!そして野郎の魔石をあぶり出せ!!


 ー 名前:パリー、種族:ハーフエルフ、Lv:20、状態:空腹、弱点:なし、鑑定職:木こり、スキル:木こり ー


 「…あれ、おかしいな。調子が悪いのかな。」


 レントゲンモード、エコーモードにしても、魔石は見つからない。


 「うん?なんかこそばゆか…」


 パリーの言葉に反応して、ルッソが俺を哀しそうに眺める。

 「サーノ…人間には使わないって約束したじゃないか…もう気が済んだかい?」

 俺は、その場で泣き伏せた。


 「…不安定なのか?この男。」

 「とりあえず、魔物がいないパリーの家の方へ案内してくれないかな。少し不安定なメンバーが多いので。そのあと腐っている森も見せて。」


 パリーは心配そうに俺とヒーちゃんを見た後、

 「分かった。ただ、私の棲家まで少し距離がある。」と言ったところで、パリーの腹の虫がなった。

 「危急を伝えに来たので、食事を…持ち合わせていないのだ。」


 飢え死させるチャンス到来か?

 俺の目がキラリと光った。


 木こりのパリー野郎は、テノワルの町に来れば、食材はあると考えて、携行食を持たず森のことを伝えに来たという。

 俺は、『それじゃ仕方ないから、木陰で昼寝でもして、俺たちが食事をするのを待っていろ』と言おうとしたら、ルッソが、『僕たちの食事を分けてあげようよ』なんて言う。

 『アンダンテの女神様が、パリーさんに空腹の試練をお与えになったのだよ』と言おうとしたら、もうレナ教官が、ハニカミながら『これ食べなさい』と干し肉を渡している。


 いやいや、レナ教官、その乙女のようなハニカミは誰得だよと、レナ教官を見たら、同じ視線をレナ教官に送っていたワンダ軍曹が既に殴られていた。


 俺はワンダ軍曹のそばに、チョコチョコチョコと移動し、小声で囁いた。


 「ワンダ軍曹。あなたが悪いのではありません。これはイケメンがいけないのです。あなたは、憎きイケメンを根絶やしにする神がいるとしたら信じますか?」

 「うるさいぞ、サーノ。ちなみに私は、女にモテる。」

 「何と罰当たりなことをおっしゃる…おお、神よ。願わくば、全てのイケメンに七難八苦を与えたまえ!」


 全員の凍てつく視線を浴びながら、俺は前世のことを思い出していた。


 俺が入会していた童貞学術団体の梵楽社では、まずコジラスという役職の人間が『神よ。願わくば、全てのイケメンに七難八苦を与えたまえ!』と祈りを捧げて、集会は始まった。 怪しい祈りだけをする宗教組織ではなく、参加した学識者からは、公的機関のポストや昇進についてイケメンが優遇されているかの米国の論文を紹介したりと、ルックスによる差別偏見を撤廃するような訴えもあった。

 童貞文学に対する学識者の切り口も鋭い。童貞たちが迸(ほとばし)るパッションを以て記述した最大のベストセラーが聖書であるし、明治の文豪は童貞しかモチーフにしていない。「坊ちゃん」なんて「童貞ちゃん」と言い換えてもいいくらいだ。列強の脅威に晒されていた明治維新直後の日本など、国自体が童貞だったという主張だ。

 とまぁ、梵楽社の童貞大会は内科系の学術大会のようなもので、興味深い情報に溢れていた。

 俺にも『職場でのブサイクハラスメント』がテーマの一般口演で、ブサメン救急医として座長依頼もあった。何となく悔しかったので固辞した。梵楽社代表の八田君は、いつも驚くような依頼をしてきたものだ。


 能力に関係なく、ルックスがいいからと優遇されるということは許されないし、俺が許さない。とはいえ、ここにいる連中は、イケメン、美女ときているから、入会条件がないのだ。


 「ふん!仲良しこよしで昼ごはんにすればいい。」

 俺は鼻をならした。

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