第38話 PTSD治療

 西国と魔国が停戦状態になってから久しい。

 西国首都セントリアは、魔国からの距離があることもあり、その美しい町並みは、何百年と他国の侵略を受けることなく、繁栄を謳歌していた。街には活気が溢れ、市街地の中心には、王宮がその威容をたたえながらそびえ立つ。


 エリミナル城。

 西国の者であれば誰もが知る、その白亜の王宮は、見るものすべてが感嘆し、嘆息するといわれている。現在は、名君アーサー・エリミナルⅣ世が治め、政治の中心地でもある。

 その王宮の一角にある素晴らしい調度品が並んだ宰相執務室にて、ガインズ西国宰相と、ザク財務相が会談していた。


 「それでザク、例の準備は進んでいるのか?」

 「ぬかりなく。」

 「ケープリアに厄災級の魔物が現れると教皇が予言した。国王陛下に上奏し、ユバルをケープリア近辺から引き上げさせた。そして、首都セントリアの警備につかせた。この意味が分かるな。」

 「分かっております。」

 ガインズ宰相は、軽くうなづき、ザク財務相は話を続けた。


 「荒れ果てたケープリアに、我が傘下にある商会を復興の象徴として向かわせ、スクラップアンドビルド、様々な利権を一手に引き集める準備は、ぬかりなく進めております。」

 「ケープリアには、面倒な商会があるからな。」

 「ユドルスク商会でございますか?」

 「ザク、お前は頭がいいが、盗聴の可能性を忘れるな。」

 「この王宮にあって、防諜できないことはありえません。」

 「…それもそうだな。」


 ザクは雰囲気を変えるために、二の句を継いだ。

 「しかし、ユバル団長を引き上げる際には、教皇台下は怒っていらっしゃいましたね。『無辜の民を見殺しにするつもりですか!?』って。」

 「教皇は俗物だからな。『戦死者負傷者が増えると、白魔導士の需要が増え、教会の威光を復権させるチャンスです。』とでも言って、清濁併せのむ度量を見せてくれれば、こちらもやりやすいのだがな。」

 「宰相も、人が悪いですね。」

 「これは、ビジネスだ。災いや戦争がなければ人民は怠惰になり腐敗する。国家百年の計を立てることが、宰相としての務めだと思わんか。」

 「ガインズ様、どこまでもお供します。」

 ザクが、わざとらしく平伏する。


 「もうよい。」

 「はい。しかし、厄災級の魔物がそのままセントリアにまで及ぶことはないのでしょうか?教皇台下がおっしゃるには、無数の魔物の群れは序章に過ぎないと…」

 「それはなかろう。魔物の群れは既に、ユバルが葬っているし、セントリアとケープリアの中間に教会軍と国王軍を配置する。この防衛線で、必ず殲滅できる。」

 「軍部には頑張ってもらわないといけませんね。」

 「軍人を飼うのには、金がかかるからな。平和を謳歌する腹の肥えた軍人には、軒並み死んでもらいたいものだ。」

 「ふふ、ガインズ様、盗聴の可能性をお忘れなく。」

 「ザク。私は公の場でも、同じことを言っている。これでもオブラートに包んで言ったつもりだぞ。」

 「ガインズ様は戦争がお好きなのか、お嫌いなのか良くわかりません。今も、魔国と火国に草を放って、工作しているのでしょう。」

 「魔力に優れる魔国と、魔道具に優れる火国が同盟を組んだら、それこそ、我が国の主権が脅かされる。魔国には火国人が破壊工作を行い、火国では、魔族が破壊活動をする。それでお互いの国民感情は険悪になる。これでいいのだ。我が国にとって、魔国、火国単独相手なら取るに足らぬ。少々の小競り合いは、国民に適度な緊張感を与えてちょうどいい。」

 「なるほど。全ては宰相のさじ加減ということですね。しかし、我が国に都合のいいことをしてくれる、魔族や火国人を用意できるものなのですね。」


 ガインズ宰相は、ジロリと蛇のようにザク財務相を睨んだ。

 「ザク。痛くもない腹を探られるのはどんな気持ちか分からせてやろうか?」

 「滅相もございませんっ。」

 雰囲気を読んだザク財務相が慌てて頭を下げる。


 「…とにかく、魔国と火国は分断しておく。その中継ぎ貿易拠点が、ケープリアだ。ケープリアを何としても押さえる必要がある。魔国と火国から、貿易で金を巻き上げ、戦火の種は消しておく。これが文官の戦争の仕方だ。」

 「ガインズ様、どこまでもお供します。」

 「ふん。もうよい、いけ。」


 ザク財務相が退室した後、執務室の窓辺に寄りかかり、ガインズ宰相は眼下に広がる市街地を眺めた。

 「厄災級の魔物か…」

 ガインズ宰相は、小さくつぶやいた。




***




 ヒーちゃんが目を覚ましたということで、俺とパリーは離れの工房から、ログハウスに戻ってきた。ヒーちゃんは、やや気だるそうに椅子に座っていた。


 「気分はどうだ?」

 「オナカイタイ、ハキソウ…」


 ルッソが俺に耳打ちした。

 「少し回復薬を飲ませたんだけどね。効果がないみたい。」

 「そうか。」

 「サーノ、鑑別スキルで何が原因か分からないかな?」

 「…ルッソ。対人では、おいそれとは使えないんだ、この技は。」

 俺は、渋い表情で遠くを見つめた。


 「パリーには魔物でいてくれと、必死のパッチでスキルを使っていたのに?」

 「…。ヒーちゃんの、不調の原因を探ることにするか…」


 俺は、サッとヒーちゃんをスキャンした。

ー 種族:オークヒーラー、Lv:30、状態:PTSD、弱点:炎、スキル:回復術Lv2、備考:ルッソの仲間 ー


 PTSD。

 Post Traumatic Stress Disorderの略語で、「心的外傷後ストレス障害」という。東日本大震災で人口に膾炙した言葉でもある。


 ヒーちゃんの場合、何かしらの性暴力を受けて、心の底に閉じ込めていた体験が、あのオークの繁殖シーンでフラッシュバックして、こうした吐き気とか腹痛が起こってるんだろう。

 なかなか難しい病態であるのだが、このパリーの家は、魔物が来ない安全地帯なので、治療に踏み出してもいいかもしれない。


 まずは、体の症状を楽にして、フラッシュバックを処理していく。

 Thought Field Therapy(TFT)という治療や、鍼灸治療も取り入れられることが多いが、要は、ツボを押さえて、精神状態をよくしちゃおうというものだ。


 再度、ヒーちゃんに鑑別スキルを使って、『フラッシュバックに効くツボ』と念じながら体をスキャンすると、下腹部に青く光る場所が見つかった。

 青い点は治療のポイント、赤い点は急所ということで、この鑑別スキルは、医者にとって便利なものなのである。


 ルッソにも協力してもらって、ヒーちゃんに分かるようにツボの期待される効果を説明し、いざ鍼を使って、青く光るポイントに差し込んでいく。


 ピカッ。

 白くフラッシュする。この深さでいいのだろう。


 ヒーちゃんを見やると、驚いた表情だ。


 「どうだ?」

 「オナカイタクナイ。ハキケナイ」


 スゲーな、鍼治療。

 プラセボだけでは説明できない本当の効能があるな、こりゃ。


 すると、スッとワンダ軍曹が傍に来て、

 「ヒーちゃん、結局テノワルで、何をされたのだ?」

 とぶっ込んで、俺の腫れ物を触るかのようにやってきた、繊細な精神療法を踏みにじってきやがった。

 案の定、ヒーちゃんは、冷汗が噴き出し、おなかを押さえて痛がるようになった。

 フラッシュバックだ。


 この人、バカなのかな?


 俺はワンダ軍曹を睨んだ。

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