第47話 戦いのあと

 俺たちが、訓練所に到着したのは、それからアンデッドドラゴンを破ってから、数日経ってのことだった。

 ワンダ軍曹の殉職は、訓練所職員にとってもショックなことで、特に帰り道の途中で合流したレナ教官は、しばらく喋れなくなるほどであった。

 古代竜が遺したバカでかい魔石もあったが、ワンダ軍曹やヒーちゃんを失った悲しみを補えるものでは到底なかった。とはいえ、アンデッドドラゴンのことや、祠のことも含めて、国が至急調査をしなくていけないこと、報告すべき事が山ほどあった。悲嘆に暮れる時間は、俺たちにはなかった。


 「サーノ!」

 「ベーラ!お前、ケープリアに行ってなかったのか?」

 「行ってたわよ。あなたたちが、訓練所に帰ってくることを知ったから、急いでやってきたの。」

 「そうだったのか。」


 ベーラのスカートの後ろからひょこっとフンドが顔を出した。

 「フンドも来てたのかい?」

 「はい!あの、お父さんは?」


 ワンダ軍曹の殉職は一部の職員や訓練生を除いて、緘口令が敷かれていた。そのため、関係者でなければ、ワンダ軍曹の死は知らない。


 「…お父さんはね、ちょっとね…」

 

 あぁダメだ!

 練習してたのに、いざフンドを見ると、何て言えばいいのか。


 「何、どうしたのよ?」

 「ベーラ、フンド君、しっかり話したいことがあるから、空いてる部屋に案内するよ。」

 ルッソは、訓練所内の応接室に二人を案内した。廊下を歩いている間、明らかにベーラと、フンドは顔がこわばっていた。そりゃそうだ、ワンダ軍曹に何かあったと言ってるみたいなものだ。


 「ルッソです。失礼します!」

 「入れ。」

 応接室には、訓練所長のベイズと副訓練所長のターニャが打ち合わせをしていた。ルッソ自信満々で歩いてたから人払いしているかと思ったら、アポなしだったの?


「どうした?ルッソ訓練生。」

 ベイズは問うたが、フンドがいることに気付いて、明らかに緊張した面持ちになった。


 「今から、フンド君に、ワンダ軍曹の状況を話したいと思います。」

 「そうか…私も同席させてもらってよいか。」

 「もちろんです。」


 応接間のソファーに、ベーラとフンドが腰掛け、対面する形で、ベイズとルッソと俺が並んだ。ターニャがおかしな動きをしないようにルッソから引き離そうとしたが、さすがに神妙な顔つきで、ベイズの後ろに立った。


 ルッソが口を開こうとしたところで、扉の向こうからレナ教官の声がした。

 「レナです。入ってもよろしいでしょうか?」

 俺とルッソは顔を見合わせた。そしてベイズも頷いたので、「入ってください」と答えた。

 おずおずと部屋に入ってきたレナ教官は、憔悴しきった表情で、見ている方も辛くなるくらいだった。レナ教官はフンドのちょうど後ろくらいに立った。


 場は整った。


 ルッソが俺の方を見る。俺は少し考えたが、首を横に振った。


 「フンド君。君のお父さんについて話をしなきゃいけないことがある。辛くなることもあるかもしれないけど、よく聞いて欲しいんだ。」

 ルッソが順を追って、ワンダ軍曹がテノワルに向かい、そしてトルバ山の戦闘で殉職したことを伝えた。フンドは途中からうつむいて、膝の上の拳をギュッと握り、震えていた。


 俺は唇を強く噛んだ。


 AYA世代というのがある。一般的には15歳から39歳で、俺も当てはまるわけだが、この世代の癌になることもある。俺みたいな場末の救急医が、AYA世代の癌治療に関わることはほとんどないが、腹痛を訴えて朝4時くらいに救急外来にやって来た20代の男がいた。

 どうせ尿管結石だろうとルーチンで腹部CTを撮ったら、腹部リンパ節がゴリゴリ腫れた精巣癌だった。俺は恥ずかしいやら、申し訳ないやらという気持ちでCTを撮った後に、睾丸の診察をした。右側が左側に比べて、それこそ一目瞭然で腫れていた。

 『なんで放っていたんですか?』と俺は患者に問いかけようとしていたが、患者の目は怯えていた。『とにかく泌尿器科の先生に診てもらいましょう。炎症で腫れているだけかもしれませんし』とカラ元気に紹介状を書いたが、患者が椅子から立ちあがろうとした時、言った言葉は忘れられない。

 『ずっと腹が痛くて、病院に行ったほうがいいと思ってました。オレもうダメですか?』

 年下の男性が癌で、一人痛みと不安を我慢していたことが不憫で、こちらも辛くなった。

 精巣がんはそれほど予後が悪い病気じゃない。だから、『…大丈夫ですよ。』そう答えることで精一杯だった。

 それ以来、何となくがん告知が苦手になった。感情が揺れる。救急医であることを良いことに、『この検査結果だけでは何とも言えませんので、専門の先生にも診てもらって最終判断しましょう』と99%癌だろうという場合でも、逃げるようになった。


 なので、ダメなのだ。

 この子に、父親が死んだことを伝えられない、感情が制御できない。


 医者失格だ。


 ルッソの話は分かりやすく、フンドの気持ちを推し量りながら丁寧に話してくれた。

 「とても辛いと思うけど…お父さんの事分かってくれたかい?」

 ルッソが心配そうにフンドの様子を伺う。


 「父は…」

 フンドは震える声で、絞り出すように言った。

 「父は…立派な最期だったのですね?」


 クソッ、クソッ!


 こんな小さな子どもでさえ、涙を堪えて父の最期を聞いているのに、ここでこんな中年がおいおい泣き始めたら、シャレにならない。

 俺は必死で目を見開き、天井を見上げた。


 その時、フンドの後ろにいたレナ教官が、しゃがむようにして、フンドの首を抱き、

 「お父さんは立派でした。世界を救ってくれました…」

 「…はい。」

 「おばさんが泣いてごめんなさいね。泣きたいのはフンド君なのに…」

 「…」

 「いいのよ、フンド君だけじゃないの、此処にいるみんなお父さんの仲間で、みんな泣きたいの。お父さんは『涙を見せるな』って言ってたかもしれないけど、今は…みんなのために、お父さんとの約束を一度だけ忘れてちょうだい…」

 フンドは、もう堪らないという様子で、レナ教官の優しい腕に顔を埋めた。

 「…お父さん…お父さーん!」


 フンドの泣きじゃくる様子に、俺の中年涙腺は崩壊した。



 翌日、俺とルッソは、訓練所を出ることになった。

 テノワル偵察から古代竜の討伐、その竜の解体したお宝や魔石やらで、保釈金を十分に払えるようになったからだ。訓練修了の証として、ベイズから俺たちは指輪を贈られた。保釈金を払ってもまだ余裕があったが、金に糸をつけられるのもよくないと思い、ルッソと相談して、ケープリアまでの駄賃を残して、訓練所に寄付した。


 ワンダ軍曹はユバル騎士団長の次の位にあたる騎士団副団長の称号を与えられた。死んで昇進する騎士団の因習は良くわからないが、ベイズ訓練所長が言うには、獣人でここまで昇進したものはいないし、将官として戦没者遺族給金も与えられるのは初めてだという。

 フンドの教育費のこともあり、給金を受け取るためにどういう手続きが必要なのか、細かく確認をした。証書まで作らせたので、ルッソとベーラがドン引きしていた。

 

 まぁ、君たちも親になったら、分かるだろう。教育費の管理は厳しくしないといけない。


 あれだけ、蔑まされて過ごした訓練所だったが、離れる時には、一緒に魔物と戦った仲間たちが、熱烈な見送りをしてくれた。


 ケープリアに着いたのはその夜のことだった。


 フンドから、ワンダ副騎士団長…言いにくい。やはりワンダ軍曹はワンダ軍曹だ。ワンダ軍曹の友人が営んでいる「熊のねぐら」という酒場に、ワンダ軍曹は生前よく行っていたという。

 ささやかながら、『出所ご苦労さん会』をベーラとルッソの3人でやることになった。フンドは、夜遅いということでユドルスク商会が用意してくれた宿に一足先に帰ってもらった。


 ジョッキにエールビールが注がれる。

 前世では、コロナの事もあったから、久しぶりの酒屋で飲む酒だなと感慨深かった。


 「じゃ、俺たちの出所を祝って、かんぱーぃ…」

 「ゲロゲロゲロゲロ…」


 俺の乾杯の挨拶に見事に被せて、隣の席の男がゲロゲロ吐き出し、倒れ込んだ。


 おいおい、飲み過ぎだろ!

 周りの連中もその様子を見て、ゲラゲラ笑っていたが、

 「おい!倒れてるのは、ロビンじゃねーか!」

 ということで、いきなり店の様子が変わった。


 一人の剣士風の男が、ロビンに駆け寄り、腹を露出した。

 「…腹蛇だ。残念だが助からねぇ…」


 「腹蛇だってよ。」という言葉が酒場に広がり、一人二人と金を置いて酒場から出ていく。


 何だよ。腹蛇って。


 酒場のマスターが困ったように、ロビンを介抱し、

 「今日は店じまいだ。」と俺たちを見て言った。

 「どうしてですか?」 

 「聞こえなかったか?腹蛇だよ。こいつの腹を見てみろ。これが出ると、まぁ命が助からないからな。いろいろ準備が必要なんだよ。」


 俺は、ロビンの腹を見た。すると、腹から腸管の動きが見てとれた。


 これは…


 俺はすぐに鑑別スキルを用いて、腹部をレントゲンイメージで眺めてみた。やはり、小腸襞(しょうちょうひだ)が目立つ典型的なイレウス像だ。


 「サーノ?」

 ルッソが俺に尋ねてくる。


 「ルッソ、ベーラ、これは典型的な腸閉塞だ。」

 「腸閉塞?」

 「あぁ」

 「助けられるの?」

 「それは俺たちの腕にかかっているぜ。」


 俺は一息つき、言った。

 「さぁ、救急医療(ワークアップ)だ!」


第2章 完

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