第37話 パリーハウス
俺たちは、魔物が周囲にいないことを確認し、ひとまず干し肉などを使って昼ごはんにした。携帯食はあまりおいしいわけでもないが、それでもないよりはマシである。
「うまか~、いや、おいしいな。」
パリーの言葉にレナ教官、ルッソ、ワンダ軍曹が微笑む。
ちっ。
パリーがまんぷくふ〇る君みたいなら、俺も微笑むのだがな。
俺は、干し肉を何度も噛み締めながら、レナ教官に膝枕されているヒーちゃんを見た。今は、痙攣など起こさず、静かに眠っている。意識を戻したところで、トラウマ処理をしていくか。
俺たちは、昼ご飯を食べたところで、パリーの案内する森の中へ駆け出した。
*
「何か心が安らぐような森だね」
ルッソはヒーちゃんを背負って、そう言った。
「ここらは、いい森たい!生命力があふれちょる…溢れているのだ。」
パリーは先導しながら、ルッソの言葉に反応する。
ルッソは小柄だが、レベルも上がっているので、身体能力は高い。
途中までレナ教官がヒーちゃんを同性ということで背負っていたが、少し疲れたということで、ルッソが背負うことになった。そこからは、小走りで移動している。
駆け出して、4時間くらいか。テノワルを発ったのが正午くらいだったので、かなり移動している。ちなみに小走りと言っても、体感で時速20kmくらいあるので、鬱蒼とした森の中では、パリーの先導がなければ、すぐ木にぶつかってしまうだろう。
ちなみに、俺が背負ってやろうとヒーちゃんに触ると、うわごとのように「ググレカス…」と言うので、やめておいた。
ヒーちゃん、人語を喋れるようになったよね?
俺の心は傷ついた。
「まぁ、逆にすごいよ、ルッソが。ヒーちゃんが心を許しているっていうことなんだから。」
ルッソとヒーちゃんの様子を見ながら、俺はひとりごちた。
*
「あれだ。」
パリーが指さす方向を見ると、何とも味わい深い、まさに男のログハウス的な建物がある。
ちっ。
段ボールに新聞紙を敷き詰めて、「意外とこれで、あたたかとばい。」などと言う、地方から出てきて、東京ですってんてんになった親父のような段ボールハウスであれば、逆に好感度が上がっていたのに。
俺は舌打ちを繰り返しながら、ログハウスの中に歩を進めた。
中は意外と広く、奥にある暖炉を中心に、作業をする場所や、台所など整理整頓されている。なんだろう、このあたたかみのある雰囲気は、手作り感がもたらすものなのか。
「パリー、この棚とかお前の手作りなのか?」
「そうだ。」
「フーン、いい作品だな。」
パリーを含めて周りにいた全員が、驚いた顔をして、
「お前が褒めるなんて、思わんかったと。」
「イケメンがいい仕事をすること自体は腹立たしいが、それでもいい作品はいい作品だ。大きな棚だが、一人で作業するのも大変だろうに、どうやって作ったんだ?」
俺は、梵楽社の学芸員でもあり、童貞作品に対する造詣は深く、審美眼はあるのだ。
パリーは少し考え、答えた。
「じゃ、おいの工房も見てみるか。」
「ああ。」
ログハウスから少し離れたところに、小さな小屋があった。中に入ると、木の作品に加えて、魔物の解体したものや、様々な容器が並べてある。
「これは何だ?」
「それは、にかわたい。…にかわだ。」
「パリー、俺にはお前の話し言葉は分かる、別に気を使わなくていいぞ。」
「そうね、助かるばい。」
「どうやって作るんだ?」
「アントの唾液とスライムの体液を混ぜるったい。そげんしたら、ゼリーみたいになると。混ぜる比率によって、いろいろ性質が変わるったいね。」
訓練所の近くでも、アントやスライムはよく出没するが、こんな技術はなかったな。
「混ぜるだけいいのか?」
「あっ、トロントの成分を含んだ器が必要たい。」
パリーが木の器を手に取る。
「トロントは、この周辺にいる木の魔物ったい。それをおいの斧で細工する。」
「他の容器では無理なのか?」
「無理たい。何度も他の容器で試しとったが、無理たい。」
ふーん。たぶんトロントの成分と、他の魔物の成分が重要なんだろうな。
「どんな風に使うんだ。」
「ゼリーにしたら、水を加えて溶けるものにしたり、強い糊にしたりすると。」
「すごいな!」
混合比率で、溶けたり、粘着剤になったりするってどんな物質だよ。
「家を組み立てたりする時に、組み木するたい。一人で作業するとき、このゼリーがあると重宝するたいね。」
水を加えて、溶かしたり、糊にしたり、用途は多そうだ。
「それに少し甘いったいね。」
「食ったのか!?」
「水で溶けるやつを、飲み水と間違って呑んだことがあったと。ばってん、うまくて時々食べるったい。」
「下痢とか、おなかの調子が悪くならなかったのか?」
「大丈夫たい。」
生体には、無害ということか。
俺は、水を加えたら溶けるというゲル化した物質を触ってみた。
前世には、外科手術によく使った癒着防止シートというセルロースを成分にしたものがあった。体内に入れておくと、時間とともに消える特徴がある。これで、腹膜と腸管が手術後にくっつくことを防ぐのだ。
それと同じ使い方ができるかもしれない。
「パリー、もしよければこの品、いくつか譲ってくれないか?金は出す。」
「よかとよ。それに金もいらんとよ。」
いい奴だな。
それから、パリーにどれくらいで溶けるか、時間によって溶け方が違うものをいくつかもらい、更にありがたいことに、トロントの器もサービスでくれた。
太っ腹だね。
「しかし、感動した。素晴らしいな。こんな研究はなんでしているんだ。」
「ひとりで暮らしてっと、えらいことが多か。研究は生活をよくするためたい。魔物を利用するのは、おじいちゃんに教わったと…」
パリーの表情が少し暗くなった。
踏み込んではいけない話題かもしれない。
ちょっとした沈黙が俺たちを包んだ時、ルッソの声が響いた。
「ヒーちゃん、目を覚ましたよ!」