第37話 パリーハウス

 俺たちは、魔物が周囲にいないことを確認し、ひとまず干し肉などを使って昼ごはんにした。携帯食はあまりおいしいわけでもないが、それでもないよりはマシである。


 「うまか~、いや、おいしいな。」

 パリーの言葉にレナ教官、ルッソ、ワンダ軍曹が微笑む。


 ちっ。


 パリーがまんぷくふ〇る君みたいなら、俺も微笑むのだがな。

 俺は、干し肉を何度も噛み締めながら、レナ教官に膝枕されているヒーちゃんを見た。今は、痙攣など起こさず、静かに眠っている。意識を戻したところで、トラウマ処理をしていくか。


 俺たちは、昼ご飯を食べたところで、パリーの案内する森の中へ駆け出した。



 「何か心が安らぐような森だね」

 ルッソはヒーちゃんを背負って、そう言った。


 「ここらは、いい森たい!生命力があふれちょる…溢れているのだ。」

 パリーは先導しながら、ルッソの言葉に反応する。


 ルッソは小柄だが、レベルも上がっているので、身体能力は高い。

 途中までレナ教官がヒーちゃんを同性ということで背負っていたが、少し疲れたということで、ルッソが背負うことになった。そこからは、小走りで移動している。

 駆け出して、4時間くらいか。テノワルを発ったのが正午くらいだったので、かなり移動している。ちなみに小走りと言っても、体感で時速20kmくらいあるので、鬱蒼とした森の中では、パリーの先導がなければ、すぐ木にぶつかってしまうだろう。


 ちなみに、俺が背負ってやろうとヒーちゃんに触ると、うわごとのように「ググレカス…」と言うので、やめておいた。

 ヒーちゃん、人語を喋れるようになったよね?


 俺の心は傷ついた。


 「まぁ、逆にすごいよ、ルッソが。ヒーちゃんが心を許しているっていうことなんだから。」

 ルッソとヒーちゃんの様子を見ながら、俺はひとりごちた。



 「あれだ。」

 パリーが指さす方向を見ると、何とも味わい深い、まさに男のログハウス的な建物がある。


 ちっ。


 段ボールに新聞紙を敷き詰めて、「意外とこれで、あたたかとばい。」などと言う、地方から出てきて、東京ですってんてんになった親父のような段ボールハウスであれば、逆に好感度が上がっていたのに。

 俺は舌打ちを繰り返しながら、ログハウスの中に歩を進めた。


 中は意外と広く、奥にある暖炉を中心に、作業をする場所や、台所など整理整頓されている。なんだろう、このあたたかみのある雰囲気は、手作り感がもたらすものなのか。


 「パリー、この棚とかお前の手作りなのか?」

 「そうだ。」

 「フーン、いい作品だな。」


 パリーを含めて周りにいた全員が、驚いた顔をして、

 「お前が褒めるなんて、思わんかったと。」

 「イケメンがいい仕事をすること自体は腹立たしいが、それでもいい作品はいい作品だ。大きな棚だが、一人で作業するのも大変だろうに、どうやって作ったんだ?」


 俺は、梵楽社の学芸員でもあり、童貞作品に対する造詣は深く、審美眼はあるのだ。


 パリーは少し考え、答えた。

 「じゃ、おいの工房も見てみるか。」

 「ああ。」


 ログハウスから少し離れたところに、小さな小屋があった。中に入ると、木の作品に加えて、魔物の解体したものや、様々な容器が並べてある。


 「これは何だ?」

 「それは、にかわたい。…にかわだ。」

 「パリー、俺にはお前の話し言葉は分かる、別に気を使わなくていいぞ。」

 「そうね、助かるばい。」

 「どうやって作るんだ?」

 「アントの唾液とスライムの体液を混ぜるったい。そげんしたら、ゼリーみたいになると。混ぜる比率によって、いろいろ性質が変わるったいね。」


 訓練所の近くでも、アントやスライムはよく出没するが、こんな技術はなかったな。


 「混ぜるだけいいのか?」

 「あっ、トロントの成分を含んだ器が必要たい。」

 パリーが木の器を手に取る。


 「トロントは、この周辺にいる木の魔物ったい。それをおいの斧で細工する。」

 「他の容器では無理なのか?」

 「無理たい。何度も他の容器で試しとったが、無理たい。」


 ふーん。たぶんトロントの成分と、他の魔物の成分が重要なんだろうな。


 「どんな風に使うんだ。」

 「ゼリーにしたら、水を加えて溶けるものにしたり、強い糊にしたりすると。」

 「すごいな!」


 混合比率で、溶けたり、粘着剤になったりするってどんな物質だよ。


 「家を組み立てたりする時に、組み木するたい。一人で作業するとき、このゼリーがあると重宝するたいね。」


 水を加えて、溶かしたり、糊にしたり、用途は多そうだ。


 「それに少し甘いったいね。」

 「食ったのか!?」

 「水で溶けるやつを、飲み水と間違って呑んだことがあったと。ばってん、うまくて時々食べるったい。」

 「下痢とか、おなかの調子が悪くならなかったのか?」

 「大丈夫たい。」


 生体には、無害ということか。


 俺は、水を加えたら溶けるというゲル化した物質を触ってみた。

 前世には、外科手術によく使った癒着防止シートというセルロースを成分にしたものがあった。体内に入れておくと、時間とともに消える特徴がある。これで、腹膜と腸管が手術後にくっつくことを防ぐのだ。

 それと同じ使い方ができるかもしれない。


 「パリー、もしよければこの品、いくつか譲ってくれないか?金は出す。」

 「よかとよ。それに金もいらんとよ。」


 いい奴だな。

 

 それから、パリーにどれくらいで溶けるか、時間によって溶け方が違うものをいくつかもらい、更にありがたいことに、トロントの器もサービスでくれた。

 太っ腹だね。


 「しかし、感動した。素晴らしいな。こんな研究はなんでしているんだ。」

 「ひとりで暮らしてっと、えらいことが多か。研究は生活をよくするためたい。魔物を利用するのは、おじいちゃんに教わったと…」


 パリーの表情が少し暗くなった。

 踏み込んではいけない話題かもしれない。

 ちょっとした沈黙が俺たちを包んだ時、ルッソの声が響いた。


 「ヒーちゃん、目を覚ましたよ!」

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