第44話 ぎこちないツッコミ
アンデッドドラゴンに鑑別スキルを使い、その戦闘力を見抜こうとした俺。しかし、鑑別スキルは通用しなかった。
「フハハハハ…矮小ナル者。ソンナ小細工(コザイク)ガ吾輩二通用スルワケナカロウ。」
アンデッドドラゴンはそう言いながら、翼を広げた。
何をする気だ?
バザーッッッ!!
翼をはためかせたところで、周囲一帯に竜巻が起こる。黒い枯れ木が巻き上げられ、黒い石礫(いしつぶて)として、俺たちに襲いかかった。
「伏せろ!」
ワンダ軍曹は俺とルッソの間を駆け抜けていく。
「獣王無尽拳壱式 飛翔脚!」
ワンダ軍曹は、襲いかかる竜巻を蹴り上げ、その真空波がアンデッドドラゴンにヒットする。
グェェェーー!!
黒い血飛沫を上げながら、アンデッドドラゴンは悲鳴に近い、咆哮をあげた。
勝てるんじゃないですか!
あのアンデッドドラゴンを圧倒してますよ。ワンダ軍曹!
「サーノ、一気に畳みかけるぞ!」
「はい!」
「ブレイブハート!」
きたよ、コレ!
体が燃えたぎる!
アンデッドドラゴンに直接触ると、腐りそうだから、黒魔法でサポートしますよ!
「アンダンテの名において。四肢の動きを封じ込めよ。パラリシス!」
ギャ…?
アンデッドドラゴンの動きが止まる。
久しぶりに本気の詠唱ですからね!俺の黒魔法が地味に効いて嬉しい。
次々行きますよ!
「アンダンテの名において。心を掴まれる恐怖を与えよ。アンジーナ!」
ギャーーーー!!!
アンデッドドラゴンが悲鳴を上げる。確実に効いている。
横を見ると、ワンダ軍曹がさらに光り輝くオーラを身に纏っていた。
「獣王無尽拳壱式 無影拳!」
目にも止まらぬ速さの徒手空拳が、アンデッドドラゴンのあらゆる部位に打ち込まれる。
拳が放たれている間、俺は何度もパラリシスとアンジーナをかけ直し、ワンダ軍曹の鬼気迫るラッシュをサポートした。
ギョエーーーー!!!
ついに、アンデッドドラゴンの体が跳ね飛び、動かなくなった。
「やりましたね!」
俺が駆け寄ると、ワンダ軍曹は満身創痍の様子で、膝を折るようにへたり込んだ。
「そうだな…ただ油断はならない。とにかく軍部に急いで報告しよう。」
「はい!」
さすが、ワンダ軍曹だ。
勝って兜の緒を締めるというやつだ。
『やりましたね!』とか雑魚キャラがよく使うフラグを立てるなんて、恥ずかしい。
そっと後ろを振り向く。
アンデッドドラゴンが起き上がって…
こないよね。
いやー、ここで起き上がってくるのが、少年漫画のおなじみのパターンで、ヒヤヒヤしたぜ。
「ぐっ!」
「肩を貸しましょうか?」
「すまない。」
俺は、ワンダ軍曹の手を肩にかけ、体を引き上げた。
「うっ!」
「だ、大丈夫ですか?」
「少し、無理をしただけだ。時間と共に回復する。」
「そうなんですね…」
ヒーちゃんも駆け寄ってくる。
「ワタシ、ナオス」
「ありがとう。」
ヒーちゃんの掌が輝き、その輝きがワンダ軍曹全体を包んでいく。
本当にナイスだよね。
ルッソの最初の怪我は、ほぼ治っているし、こうして、ワンダ軍曹の疲労も回復している…
「ナオラナイ…」
えっ?回復しないの?
「ハハハ。ヒーちゃんありがとう。この疲れは体力だけの問題じゃないからな。精神力も使うんだ。」
「ゴメンナサイ…」
「だから、気にしないでくれ。なーに、あと5分もあればムクっと起き上がる。」
ワンダ軍曹がウインクをして、サムズアップする。
わずかにヒーちゃんの頬に赤みがさす。
なんだよ。ムクっと起き上がるって、卑猥なサムズアップをしてさ。
セクハラ親父かよ。
そもそも『セクハラを男はするものだ』という風潮になっているのは許し難いものだ。職場の権威勾配によって、弱者が追い込まれるケースは山ほど見てきた。要は、幼稚な中年の男が、無自覚に権力を振るっているというのが大問題なのだ。
俺が救急外来の医長をやっている時には、3ヶ月に一回は、360度評価といって、現場の看護師や事務スタッフ、掃除業者に至るまで、医長としてどうなのかという評価をしてもらう。また、スタッフには積極的に話をしてほしいという声かけをして、なるべく、『無自覚な権力者』にならないように心を配っていた。しかし、毎回の評価で、『腹黒さが透けて見えます』というコメントが増えていって、微妙に悩んだこともあった。
俺はジト目でワンダ軍曹を見た。猥談でモテると思うなよ。
(うん?)
それにしても、ワンダ軍曹の呼吸数が速い。1分間で24回超えている位だ。
「…」
(すまない、ルッソ。)
「ムクって起き上がるって、何が起き上がるっていうんですかぃ!」
他人の胸元に手の甲を当てる「ツッコミ」というものを見様見真似で試みた。
パシッ!って言う瞬間に鑑別スキル発動!
ー 名前:ワンダ 種族:犬族、Lv:55、状態:瀕死、弱点:特になし、鑑定職:拳闘士、スキル:ブレイブハートLv2 ー
(…瀕死だと?)
俺のぎこちないツッコミに、不審な目を向けていたワンダ軍曹だったが、雰囲気でバレたかもしれない。
「…サーノよ。私のことで何か気になる事でもあったか?」
「あ、いや。それにしても、獣王無尽拳とか、よく戦闘中に舌噛まずに言えますね。」
「…子どもの頃から、技の名前を言うことも訓練してきたからな。」
俺の苦し紛れの誤魔化しに、ワンダ軍曹は真面目に答えた。
「…結構、厨二ですよね。」
「なんだ、厨二というのは?」
「日常生活でロマンというか、男の本懐を忘れないということですよ。」
「なんだそれは?」
「そういえば、サーノも、訓練所のベッドで、『天の怒りを知れ、サンダー』だの『聖水飲みたい、ウォーター』とか練習してたもんね。」
え、ルッソ。
そんな爽やかな笑顔で、いきなり黒歴史暴露しちゃうのダメだよ。
「ナンカ、キモイ…」
ヒーちゃんは、時間を経るごとにディスリの微妙なニュアンスも表現できるようになってきている。
って、いい加減泣くよ、おじさんは。
その時、黒い刃が俺を切り抜けていた。
俺の左手は、切断されていた。