第45話 最終奥義

 「っ!」

 前腕の切断面から噴水のように血が吹き出す。

 「サーノ!!」

 悲鳴にも似たルッソの声が響いた。


 ちがう。ルッソこっちじゃない。クソ竜に警戒しろ!


 「痛ってーー!!」

 俺は叫んだ。早く止血しないと、死ぬ。



 「フハハハハ…矮小ナル者…」

 黒い瘴気に雷を纏って、アンデッドドラゴンがその威容を誇る。


 「これからが本番というところか。」

 ワンダ軍曹がキッと睨みつけて言う。


 (ちくしょう…)

 左手がないだけで随分とバランスが崩れやすい。

 切り離された左手はどこだ。

 俺は激痛に耐えながら、あたりを見回した。

 するとだいぶ離れたところに俺の左腕が転がっていた。


 ルッソに取りに行くように目で合図を送り、俺は左脇を布を使ってキツく縛り、アンデッドドラゴンを見据えた。



 「今ノハ痛カッタ…痛カッタゾーー!!」

 アンデッドドラゴンが咆哮し、さらに黒い瘴気が体全体から吹き出すところに、俺は駆け出した。


 「申し訳ありませんでしたー!!」

 隻腕ヘッドスライディング土下座を決めた。その場の雰囲気が白けていく。


 「…許スワケガナカロウ。ソレ二貴様、吾輩二オカシナ真似ヲシテイタダロウ?」

 「滅相もございません!私はただただ怯えるばかりでございます。後生ですから教えてください。あのヒーラーめが貴方様の目的ですよね。おい、そこのヒーラー、おとなしく身を捧げて食べてもらいなさい。そして何卒、私だけをお助けください。」

 「「クサレ外道ガ!」」

 ヒーちゃんとアンデッドドラゴンの声がハモった。

 

 なぜか、アンデッドドラゴンから噴き出る瘴気が落ち着いたかと思うと、邪悪に顎門を歪ませた。


 「マァヨカロウ、冥土ノ土産二教エテヤル。ソノ方ガ、面白ソウダ。感応者ガ、オーク二変身シタトイウコトハ、接触者二処女ヲ散ラサレタトイウコトダ。」


 …これはまずい。

 

 ギリギリまで三文芝居で粘って、ワンダ軍曹の体力回復方法を考えたかったが、これ以上の話はヒーちゃんのメンタルがもたないだろう。


 「アンデッドドラゴン様、流石の御慧眼でございます!やはり貴方様は、神様!よっ!神様!憎いねこのッ!」


 アンデッドドラゴンは、侮蔑を含んだ目でちらりと俺を見た後、またヒーちゃんに視線を戻した。

 「無理矢理犯サレタ憤怒ガ、オークヲ作リ出シ、接触者ヲ追イカケヨウトシタノダロウ。哀レナ女ダ。」


 このクソ竜聞いちゃいねぇ。

 ヒーちゃんはブルブルと震え始めた。


 「サ、死ニタクナッタダロウ。ヒトオモイニ食ッテヤロウ。絶望シロ。哭ケ。喚ケ。」


 ヒーちゃんが口を開いた。

 「…思い出した。いや思い出せない。でも後を追った。殺してやろうと…」

 ヒーちゃんの口ぶりが明らかに変わった。


 「フハハ!イイゾ!思イ出シテ、イイ声デ哭ケ。」


 「許せない、信じていた人なのに、許せない。」

 「ヒーちゃん、もういい!帰って来い!」

 俺は思わず、大声をあげた。

 すると意識が遠のく感じがした。それもそうか、この出血だからな。


 「フハハハハ…矮小ナル者達…絶望シタカ?ジャ、死ネ!」



 「そこまでだ、アンデッドドラゴン!!トウ!」

 ワンダ軍曹のパンチが繰り出され、アンデッドドラゴンを弾き飛ばす。

 しかしアンデッドドラゴンのダメージはほとんどなかった。


 「マタ貴様カ。探ッテハイタガ。」


 ワンダ軍曹…もう戦えるのか?


 その時、ルッソが後ろから駆け寄って来た。

 (サーノ、これを早く!)

 俺の切り離された左腕を寸部違わないように接着させ、回復液をその上から垂らしかけた。


 「うまくいけばいいけど…」

 「指が壊死して、動かなくなったら辛いな。」


 「そんなことよりヒーちゃんが、魔物の大群の原因…」

 「そんなことよりっていう言葉はひっかかるが、そうだな。ヒーちゃんのメンタルが危険だからルッソ、サポートしてくれ。俺は、できる範囲で、ワンダ軍曹の応援に入る。」

 「その出血じゃ無理だよ!」

 「中年らしく、無理はしないさ。」

 ルッソに微笑んで、アンデッドドラゴンとワンダ軍曹の対峙する場に駆け出した。



 「貴様ハ、モウ限界ダロウ。」

 「…」

 「最初ノ猛攻デ、力(ちから)ヲ使イ果タシタハズダ。」

 「…かもしれんな。」

 「矮小ナル者ノ宿命ダ。吾輩ハ神ユエ二無尽蔵ノ力(ちから)ト、不死身ノ体ガアル。」

 「…」


 え?やっぱりそうなの?

 俺は擦り傷のある額を触り、最後の土下座はどんなスタイルでいくか思いを巡らせた。


 「貴様ハ目障リダ。感応者ノ命ヲ呑ミ込ミ、完全ナ復活ヲ見セ、本当ノ恐怖ヲ味アワセテヤリタイガ、マズ最初二殺シテヤロウ。」


 一気に瘴気が溢れ、辺り一帯が暗黒に飲み込まれる。

 その時である。


 「ブレイブハート…零(ゼロ)式!」

 ワンダ軍曹の体からこれまでと違う赤いオーラが放たれた。

 そう。例えるなら、これまでがナトリウムの炎色反応だとしたら、まるでストロンチウムのような…

 「うおっ!」

 黒と紅のオーラが混じり合い、竜巻のような風圧に俺は弾き飛ばされた。


 「フハハ、面白イ。ドコマデモ神ニ歯向カウカ。」


 ワンダ軍曹は、鞘から細身の刀剣を抜き、正眼の構えをとる。その剣も、紅い輝きを放つようになった。


 「獣王無尽拳弍式!多斬!!」

 紅い稲妻がアンデッドドラゴンに斬りかかる。


 「3倍速い!」

 思わず叫んでしまったが、実際はテノワルに斬り込んだ時の3倍以上の速さだ。

 俺の目では、ワンダ軍曹を捉えきれない。


 「コザカシイ!!」

 黒い炎が爆発する。

 ワンダ軍曹は吹き飛ばされつつも受け身を取り、ダメージを軽減する。

 見ると、アンデッドドラゴンの斬り離された手足が、再生しつつある。


 「一気二カタヲツケテクレル!!」

 急に周りを覆っていた黒い瘴気がアンデッドドラゴンに口元に収束し始め、大地が揺れる。


 これは…RPGで有名なドラゴンブレスというやつでしょうか?

 テレビ画面の前でも震えたが、いざそのエネルギーの集中具合を見ると…

 「ちびりそうだ!」



 「させるか!獣王無尽拳弍式!刺突!!」

 ワンダ軍曹は猛烈な突きをアンデッドドラゴンに浴びせるが、バリアなのだろうか、剣が通らない。

 そうしている間にも、アンデッドドラゴンの口元の暗黒球は大きく膨らんでいく。


 ワンダ軍曹は不意に後ろに飛びのいた。


 まさかここで逃亡する気ですか?

 それなら俺も医学生時代に鍛えた逃げ足を見せてやろうと、全力逃走の体勢に入ったところで、ワンダ軍曹と目が合った。

 フッとワンダ軍曹は微笑んだ。


 俺は直感した。


 「ワンダ軍曹、ダメだ!」

 俺は、自然とワンダ軍曹に向かって全力で駆け出した。


 その時、アンデッドドラゴンの動きが止まった。口元の暗黒球はすでに、ドラゴンと同じ大きさになっていた。


 「準備ハイイカ?貴様ラ全テ灰二シテクレヨウ!ダークブレス!!!」

 暗黒球から一筋の細い暗黒線がワンダ軍曹に走った。


 「獣王無尽拳最終奥義…」

 ワンダ軍曹は、剣を投げ捨てた。


 ああダメだ…

 厨二のワンダ軍曹のことだ、最終奥義なんて見開き2ページに渡る必殺技名を言ってしまうに違いない。それを言っている間にブレスにやられてしまうぞ!


 「ワンダーキック!!!」

 「シンプル!」

 ダークブレスに向かって、ワンダ軍曹は飛び蹴りした。

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