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第56話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

二十歳だった、長谷川千夏の言葉を思い返す。


『鍵のない扉を開けなさい』


『帰る場所を失ったと思いなさい』


この二つの言葉を信じた。僕らは一歩踏み出せば何かが変わる。そして美鈴の言葉によって、僕は真実に近づいたような気がしていた。更衣室で僕らは欲望のままに交わった。


その数分前、美鈴は更衣室の鍵を閉め忘れていた。つまり、僕は鍵のない扉を開けて入ったのだ。

これは、『鍵のない扉を開けなさい』を意味している。

次に美鈴の言葉から、『帰る場所を失ったと思いなさい』と通じるものがある。

僕らは二つの条件を満たしていた。

『帰る場所を失ったと思いなさい』

は、本来帰る場所じゃない場所で交わる情事。そう仮定したら、長谷川千夏が言った言葉と繋がる。あとは、これから起こる出来事を待てばいいだけ。


僕の中で、答えは見つかったような気がした。


潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く。これも意味を考えるんじゃなくて、宛てのない道を歩いて、辿り着いた場所で答えを導くのではないだろうか。

これで、大人の成人式の存在する理由もわかるかもしれない。そしたら、千夏先生の言ってた、寂しさの寒さの意味もわかる。


一人で納得しては、僕は仕事中、その考えを頭の中で繰り返していた。そして、どこかで大人の災いの存在感を忘れていたのだった。

これから降りかかる、大人の災いも知らずにーーーー


閉店時間が過ぎた頃、僕はマスターに戸締りを任された。先に上がったマスターを見送り、店内の最終チェックに見回った。すべて見終わり、着替えようと更衣室へ向かった。

扉を開けると、美鈴がロッカーの前でしゃがんでいた。上半身は制服を着ていたが、下半身はパンツ一枚という格好だった。


「お疲れ様、マスター先に帰ったよ」


「そうなんだ」と言いながら、美鈴はバックの中へ手を入れて、探し物をしていた。


「どうしたの?」


「家の鍵が無いの。いつもバックのポケットに入れてるんだけどね」と美鈴が言う。


そんな美鈴を見て、僕はパンツ一枚という格好に欲情していた。マスターも帰ったし、店には僕と美鈴だけの二人っきりだった。

鍵が無いってことは、マンションに戻れない。だったらーーーー


気持ちの切り替えができなかった。昼間の場面が、僕の頭の中でスライドされる。美鈴に触れたいと、欲情が湧き上がっていた。白い肌が艶っぽく見えたのは、きっと美鈴の魅力がそうさせたのだろう。

僕は後ろから抱きしめると、美鈴の魅力あるうなじに触れた。そして、美鈴の顔を横にしてキスをした。


「ちょっと海ちゃん、ダメだって言ったでしょう」と唇を離して言う。


それでも僕は、キスをしたくて美鈴の顔を見つめた。子犬みたいな表情をしていたのか、美鈴が「そんな顔をしないでよ」と呟いた。

だからと言って、僕の欲情が抑えられるわけなかった。我慢できないと、唇を重ねてはキスを何度も繰り返した。美鈴の柔らかい舌を吸って、誰もいない更衣室で僕らはゆっくりと身体を密着させた。


鍵なんてどうでも良かったんだ。僕はブラジャーを外すと、魅力ある胸に顔をうずめた。そして、再び美鈴に溺れていったーーーー


「海ちゃん、ここじゃないとダメ?マンションに帰ってからしよう」と美鈴が色っぽい声で言った。


『鍵のない扉を開けなさい』と『帰る場所を失ったと思いなさい』二つの言葉が重なったとき、僕は願望の世界へと旅立つことになるのだろう。

それは大人の成人式が、また終わっていないことを教えてくれる経験になるのだ。


そして、北城美鈴がどうやって処女を失ったのかわかるのだった。


第57話につづく

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