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第68話「真夜中の飛行船」

果たして赤潮学はどこへ向かっているのか。渋谷方面へ歩き続けて、駅のホームまで尾行してみたが全く見当はつかない。このまま自宅へ帰る可能性もあったけど、ここはあの黒い影を信じるしかない。わざわざ俺に赤潮学の居場所を教えてくれたのだから。

駅前のタクシー乗り場の方を見て、赤潮学は立ち止まった。時刻は深夜を越えようとしている。電車は終電が残っているけど、ここまで来てタクシーに乗られたら追跡するのが難しくなってくる。

それに手持ちのお金が心配だった。

乗らないでくれよーーと心の中で願った。だが、俺の願いも虚しく赤潮学はタクシー乗り場へ向かって歩き出した。最悪な展開になってしまった。

それでもこんなところで見失ったら、それこそミホの居場所を探し出すことは不可能だ。キーマンは赤潮学で間違いない。俺は姿勢を低くして、赤潮学の背後へ近寄った。

すると、赤潮学が一台のタクシーに乗り込んで上野方面へ向かってタクシーを走らせた。

俺は急いで次の停車しているタクシーに乗り込むと、運転手に向かって前のタクシーを追うように指示した。

運転手はのんきに「刑事さんですか?」なんて質問して来たが、適当に交わしてとにかく追えと声を荒げた。

しばらく両者のタクシーは走り続けて上野を過ぎた頃、目的地の場所がわかり始めた。さらに走り続けること三十分、タクシーは世田谷の閑静な住宅街へと入った。

この時点で俺は、赤潮学の目指している場所がわかった。

数日前、真夜中に待ち合わせした南北寺だ。俺の予想どおり、赤潮学を乗せたタクシーは南北寺の目の前で停車した。俺を乗せたタクシーは曲がり角の付近で停車してもらって、財布から泣けなしの全財産で何とか支払いを済ませた。

内心、ここまでの距離メーター分を払えることができてホッとはしている。

白い息を吐きながら、早足で南北寺に向かって歩き出した。赤潮学はすでに南北寺の階段を登っている。ここまで来たら見失うことはないが、慎重に彼のあとをつけた。

思い出したことがあった。ここに来たとき、ミホは南北寺の本堂の鍵を借りていた。

あのとき、誰に借りたのか気にしてなかったけど、どうやら借りたのは赤潮学で間違いない。じゃなければ、こんな真夜中にこんなところへ来るはずがない。

境内は恐ろしいほど薄暗く、俺が足を踏み入れたとき、すでに赤潮学の姿は無かった。

だが、彼がどこに居るのか見当はついている。南北寺の裏手から本堂の中へ入れる扉があるからだ。俺はゆっくりと足音を立てないように裏手へと向かった。

おそらくミホは、本堂の中で監禁されているに違いない。

急に緊張感が襲う。自分の心臓の音がハッキリと聞こえてくる。相手は俺より若い男だ。もしも、赤潮学が襲って来たら打ち負かす自信はない。

念のためにリュックサックから包丁を取り出すと、俺は包丁をしっかり握りしめて本堂の中へ入れる扉の前に立った。中から物音は聞こえないが、誰かの気配は感じた。

赤潮学がここへ来たってことは、まだミホは無事だということだ。

もしかして今夜、赤潮学はミホを始末するつまりかもしれない。それか様子を見に来たか他に用があるか。

どちらかだと予想した。無事でいてくれよ。俺は引き戸に手をかけて、そんなことを思い浮かべながら行動に移そうとした。

いきなり扉を開けたら驚いて、きっと赤潮学は戸惑うに決まってる。そしたら一気に彼を取り押さえるか、包丁で脅したら良い。頭の中でシミュレーションをして、俺は意を決して引き戸をおもいっきり開けた!

バタン!

引き戸が全開にひらいた次の瞬間、俺の目の前でミホが驚いた顔して立っていた!?

「せ、先生……」

「ミホ……だよな?」

本堂の中は以前と変わらず、埃っぽい匂いと萎れた花が目に入った。驚いたのは、今まで点いていたのか、ミホの足元に石油ストーブの灯りがあった。

キョトンとしてミホの顔を見て、どう考えても、今の今まで監禁されていたという雰囲気は一切なかった。

どういうことなんだ?黒い影は確かに俺へ向かってタスケテと言ってきた。それなのにこの状況はおかしい!?

「あ、赤潮くん!」とミホが俺の背後に向かって名前を呼んだ。

俺は後ろを振り返って悲鳴をあげる。そんな俺とは対照的に、赤潮学は冷静に落ち着くよう話しかけて来るのだった。もう何がなんだかわからない。赤潮学はミホを監禁した犯人じゃないのか?

この状況に対して、意味もわからず戸惑っているのは俺だけ。そんな俺に向かって、赤潮学はあの冷静な口調で話し始めるのだった。

昨日の夜から今日までの夜の出来事。

そして俺は、もう一つの真実を知ることになるのだった。

第69話につづく

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