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第26話「アネモネ」

フロントガラスの正面から見える景色。芦ノ湖が静寂を漂わせて広がっている。数年前、隣に座っている樹里と見た景色と何ら変わっていない。あの時、樹里が献花した花がアネモネなんだと気付かされた。

「アネモネ買って来たのね」と樹里が静かな口調で言う。まるで目の前に広がる静寂な芦ノ湖へ遠慮するみたいだ。

「アネモネの花言葉。カルマはどうして言ったんだ」とようやく出た言葉だった。

「さぁ、わかんない。君、本気でカルマが死んだ理由を知りたいの?」

僕の質問が的を得てない。アネモネの花言葉よりも、何故ここへ樹里が居るのか。神宮寺はどこへ行った?ダッシュボードにアネモネを置くと、僕は横目で樹里の顔を見つめた。

済ました顔をしているが、瞳の奥は哀しみに満ちたように渦巻いていた。

「数年前、君とここへ来た時、二人して泣く事もせずに眺めるのが精一杯だった。カルマが死んだなんて現実味もなく、ただ哀しみを避けるようにカルマが最後に見た景色を眺めていたんだよ」

「樹里、ずっとカルマの命日に花を供えていたのか?」

「君が忘れようとしていたから」と樹里はそう言って僕の顔を見つめて来た。

「忘れようとはしていない。カルマは俺にとって大きな存在だった。でも、前を向いて生きなきゃいけなかったろ。カルマだって、そう思ってるに違いない」

「そうかもね。本人に聞かなきゃわかんないもんね。あのさ、私の秘密知ってる?」と樹里が突拍子もないことを言う。

「何だよそれ?そんな事より、神宮寺さんはどこへ行ったんだ」と僕は少し強い声を出して聞いた。

「なんで君なんだろう。ねぇ、私の事も抱けるの?」

次の瞬間、樹里がブラウスのボタンを一つ一つと外していく。僕の方へ身体を斜めにして口許は笑みを浮かべていた。外されていくボタンを見つめながら、僕は不思議と何も言えなかった。

樹里の秘密なんて知らないけど、ボタンを外した時、何となく秘密を知る事ができるような気がした。


「前にさ、『無言の交差点』を見に行った時、君のことが気になるって言ったの覚えてる?」

樹里の質問に対して、僕は無言のまま黙っていた。樹里の秘密って、本気で僕の事が好きという事なのか!?沈黙が流れたまま、僕の目の前で樹里がブラウスを肩から脱いだ。

綺麗な鎖骨が目に映り、ブラウスの下は肌着も着てなかった。淡い水色のブラジャーを露わにして樹里は微笑みながら、背中に手を回すとブラジャーを外すのだった。

「樹里、止めろって」と僕は目を逸らして言った。

「君の秘密と私の秘密は共有してるの」

「はぁ、どう言う意味だよ!?」と樹里の言葉に驚いて顔を振り向いた。

次の瞬間、上半身裸のまま、樹里が飛びついて抱きしめて来た。そのまま勢いよく、僕と樹里は唇を重ねるのだった。僕と樹里の秘密は共有している。謎めいた言葉が頭の中で巡る中、僕たちのキスは激しく重なり合うのだった。

キスを繰り返す中、本能で樹里の乳房を触っていた。昨夜に続いて、僕はあやまちを犯すのか?

しかも、他人の車で行為をしようとしている。その時、突然、車のクラクションが鳴った!!樹里の肘がハンドルの方へ動いてしまったからだろう。

「ねぇ、あの人もカルマみたいに溺れ死んでるかもしれないわよ」と樹里が唇を離して言った。

「あの人!?」と僕は言ってから、我に返って後ろを振り向いた。

まさか、神宮寺の事を言っているのか。樹里の方を見ると、口許に笑みを浮かべたまま見つめ続けていた。


もしかして、カルマの死の真相は・・・・・・


「樹里、お前・・・・・・」僕はそう言って、車のドアを開けて勢い良く外へ出て行った!!

カルマが亡くなった現場に向かって、僕は神宮寺の名前を呼んでいた。静寂な芦ノ湖に響き渡る声だけが虚しく突き抜けていく。

さざ波さえも起こらない。その場で膝をついて芦ノ湖を眺める事しかできなかった。

嫌な予感しか浮かばない。カルマの死の真相は樹里が殺したのかもしれない。

そして彼女は、もう一人殺めてしまったのか!

第27話につづく