第11話「蛇夜」
口の中で舌を動かして確かめる。奥歯がグラグラしていた。昔から歯だけは丈夫だったのに。昨日より歯茎も腫れている。一昨日の夜、口の中で異変を感じて、奥歯がグラついているのに気づいた。
虫歯かと思ったが痛みはなく、ただただ奥歯がグラついている。抜けたら抜けたで困るが、明日も仕事が忙しくって歯医者へ行く暇もない。
不規則な生活が続いたから、俺の身体も年々衰えてきている。仕事が生き甲斐なところもあって、この歳まで独身を貫いていた。同い年の奴は所帯を持って当たり前。子供だって高校生だ。
嗚呼、俺はこのまま独身なのか。
洗面所の鏡の前でグラつく奥歯を舌で舐めながら考える。時刻は真夜中の二時を過ぎていた。かれこれ三十年以上も夜型の生活を送っている。
こんな生活を続けていたら、きっとそのうちポックリと死んでしまう。
少しは生活を改善しなければ。
フゥと溜息交じりの息を吐き、コップに入った歯ブラシを手に取った。気を付けて歯を磨かなきゃ、奥歯が根元から抜けるかもしれない。歯磨き粉をつけて歯ブラシを口の中へ入れると、俺は力を加減しながら丁寧に歯を磨き始めた。
ゴシゴシ、ゴシゴシ、ゴシゴシ。
ゴ、ゴシゴシ、ゴゴ、ゴキュン!?
ブブ、ブチン!
洗面台に手を置きながら、グラつく奥歯を確かめながら慎重に磨いていた。洗面台の鏡に向かってゴシゴシと歯を磨く。鏡に映る自分を見つめながら歯を磨いていた。そんな真夜中の場面だったはずなのに。
突然、頭を誰かに掴まれて、力一杯に首を真後ろに捻られた!前を向いていたのに、俺は後ろを振り向く。いや、いやいや、違うだろう。俺の首は半回転しているんだ。
心の中でそんなことを思っていた。何秒ほど過ぎたのか。口の端から歯磨き粉の泡が垂れてきた。ダラリと舌が口から出た瞬間、首から俺の身体が離れて背中から倒れるのだった。
首だけが浮いた状態で、俺は眼球を動かして首の無い自分を見下ろした。夢なのか?首だけになっても生きてる俺って何!?
誰かが洗面所の天井から俺の頭を掴んでいた。いつの間にか照明が消えて、部屋の様子がわからない。だけど、誰かが俺の首を捻って生首だけにしてしまった。
痛みもなく、薄暗い洗面所で俺の首はぶらぶらと揺れていた。
夢で、夢であってほしいと願う。
そのうち、俺の意識は遠い暗闇へと沈むのだった。
第12話につづく
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