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第15話「黒電話とカレンダーの失意」

 ベッドの脇に置かれていた松葉杖を使って、僕は病室を抜け出し公衆電話を探した。受付を通り抜けると、廊下の端っこの壁際に公衆電話を見つけた。

 と言っても、誰かに連絡をしたかったわけじゃない。それに小銭どころかお金もない。場所の確認だけしたかっただけなんだ。お金のことはあとで考えればいい。それよりも心配してるのは、僕が骨折したことをあの人に伝えるべきか迷っていたからだ。

 僕は慣れない松葉杖で歩きながら、人気の少ない場所を求めた。ベッドの中じゃ眠ってしまいそうで嫌だったからだ。少しでも外の空気を感じる場所で人気のないところが良い。骨折はどれくらいで治るのか、いつまで病院に居なくっちゃいけないのか、おそらくあとで看護師から説明があると思う。

 エレベーターの前に立って、僕は何となく上行きのボタンを押した。数秒後にエレベーターが来たので、僕はエレベーターに乗り込むと一番上の階を選んだ。そのとき、僕の部屋が二階だとわかった。エレベーターは途中で止まることもなく上昇して、あっという間に六階へ到着した。

 エレベーターから降りると、パッと目に入ったのは屋上へ行く矢印だった。屋上なら一人で考えることができると思い、僕は迷わず屋上への矢印を差す方向へ進んだ。六階には患者の姿はなかったけど、受付で一人の看護師が書類に目を通してる姿が確認できた。

 僕はなるべく足音を立てないように屋上へと向かった。だけど、果たして患者が一人で屋上へ行っても良いのだろうか?

 そんな疑問もあったけど、とにかく僕は屋上へ続く廊下を歩き続けたのだった。節電のため廊下の蛍光灯が何個が消されていたので薄暗かったけど、病院の独特な匂いや雰囲気は壁のシミみたいに残っていた。

 あの角を曲がれば屋上へ行けると思ったとき、僕の後ろから誰かの足音が不意に聞こえた。患者の誰かが部屋から出て来たのか後ろを振り返ると、白衣姿の看護師が早足でこっちに向かって来た。

「どこへ行くの?そっちはダメって、何度も言ったでしょう」と看護師が強めの口調で言ってくる。

 やはり屋上へは行けないみたいだ。僕は諦めてその場で立ち止まると、迷ったことにして説明することにした。そして、注意してきた看護師を見たとき僕は驚くだった。

その看護師の顔と姿を見て、その女性を知っていたからだ。

「月乃さん……!?」

「んっ?」とその女性は立ち止まると、表情を変えた。

「なんだ一路くんだったの。もう、こんなところで何やってるのよ。あなたの病室はここじゃないでしょう」

 月乃さんは会ったとき、いつもそれが当たり前のように普通な態度で話してくる。僕だけが驚いているのに、彼女はそれを予想してたかのように対応してくるのだ。

これって何かズルイような気がした。彼女だけが知って、知らないのは僕だけ。

 真夜中に出会ったから、昼間の彼女の透明感ある瞳に奪われた心が浸透していくのを感じた。だけど、看護師だったなんて驚いた。僕の中で彼女は幻で存在していないかもしれない。なんて思ったりしていたからだ。

でも、彼女は目の前で看護師という仕事をしている大人の女性だった。

「あの、助けてくれてありがとございます。友人から聞いて、月乃さんが救急車を呼んでくれたって」

「そうね。あの夜、夜勤だったから病院に行こうとしてたんだけど、神社を出たとき虫の知らせってやつかな。あの子が、マロンが鳴き止まなかったのよ。それで、一路くんに何か起きたかもしれないと思って戻ったの。だから、一路くんの命の恩人はマロンかもね」と月乃さんが昨晩の出来事を説明してくれた。

 それを聞いて、僕はもう一度お礼を言わせてもらった。たとえ猫のマロンが鳴いて教えたかもしれないけど、それを感じ取って戻ってくれた月乃さんに感謝しかなかった。

 だから彼女は、僕にとって天使かもしれない。そんなことを思っては、澄んだ瞳に心は揺れ動いて止まらなかった。

第十六話に続く